随談第644回 休載の弁

先月末、ちょうどこのブログを書く時期に、わがPCのメール送受信の機能に原因不明のトラブル発生、余儀なく休載ということになった。だからこの第644回は二カ月ぶりということになる。ワープロとしての機能は無事だったから、8月10日締切りの『演劇界』の10月号特集に載せる原稿を仕上げ、メールでは送れないからFAXでと思ったら、これも何故か「送信できませんでした」という機械音に冷酷にも送信拒否され、ならばと、速達郵便という最も古典的にして最も確実な手段で原稿を送ってから、近所のYAMADA電機に二泊三日で検査入院させて、どうやら無事、退院してきたのが終戦記念日の二日前だった。一介のフリーランスの老いぼれ物書きから大手銀行のATMのトラブルと、事の大小を問わず、通信からマネーの流通その他その他、コンピューターという神サマに世の中のありとあらゆる手段をこんなにおんぶにだっこをさせてしまって大丈夫なのかという疑念を、私は今もって拭えずにいる。... 続きを読む

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随談第643回 勝手にしやがれ

開催自明、というムードになったのに歩調を合わせる如く、東京のコロナ感染者の数字が日に日にじわりじわりと上がるという、綱渡りを見るような日が続く。勝手にしやがれ。もう、どうなったって知らないからね、と高みの見物を決め込んで眺めるなら、なかなかスリリングな日々である。一介の市井の民としては、せいぜいワクチンでも打って眺めているしか、本当になんにも仕様がない。五輪開催中にハルマゲドン到来となった時の、SさんやBさんの顔が見られるのはオリンピックの競技を見るより、いとおかしきものであるかもしれない。先ごろの国会で本当に五輪は開くのかと迫る野党議員に対して「私はさっきから何度もお答えしています。いいですか、よく聞いてください」と念を押した上で「安心安全」を唱えている。そう、かの仁の中では開催宣言は自ずから疾うになされているのである。紋切り型の念仏と言うが、同じことを訊かれるから同じことを答えているまでなのだ。... 続きを読む

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随談第642回 五月のもろもろ

このところ芝居の話をあまりしていなかったから、今回はそのお噂から始めよう。五月の歌舞伎座では、3部の中で売れ行きが一番良かったのは第一部であったらしい。松緑の『土蜘』が人気というか注目の的であったという。まあ、祖父の二代目が兵隊から帰ってすぐつとめたのが、六代目菊五郎から「後世畏るべし」と評されたという話が残っているほどだから、当代としても期するところあってつとめたのであろう。猿之助が頼光を付き合っていたが、芸はもちろんちゃんとしているがどうしてもいたずきにある人という感じがしないから、見ている内に時々、智籌を猿之助がしているような錯覚が起こる。つまり猿之助と錯覚するほどの僧智籌であり土蜘の精であったということになる。... 続きを読む

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随談第641回 ワクチンと朝鮮人参

三度目の緊急事態宣言が発出となったが、彼れを見、此れを見、腰の定まらない手の内が見え見えで、いずれ期日が切れれば延長必至という情けない切り札である。本降りになって出てゆく雨宿り、という川柳がありましたっけ。大手町に自衛隊が出動、マンボウ実施地域から緊急事態宣言実施地域へと高齢者を移動させてワクチン接種をするというのは、英断といえば英断だろうが、ワクチンさえ何とかなればオリムピックも何とかなるかもしれないという実は神頼みの一手。そこで思い出すのが、かつての歌舞伎・講談・落語から時代小説・大衆劇等々によく出てきた朝鮮人参という不治の病も治すという特効薬である。親が不治の病にかかって明日をも知れぬ命、朝鮮人参さえ手に入れば、と医師に言われても及びもつかぬ高値(コウジキと読みます)、そこで孝行な娘が吉原に身を売って・・・という風にストーリーが展開するというのがお定まりであった。嗚呼、ワクチンさえ間に合ったなら!(嗚呼、朝鮮人参さえ手に入ったなら!)緊急事態宣言下のオリムピック開会式という光景は、世界史に残る“人類の英知の証し”となるであろう。本降りどころか、暴風になって出てゆく雨宿り、か?... 続きを読む

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随談第640回 マンボウ騒ぎ

テレビのワイドショーやニュースを見ていると、マンボウマンボウと頻りに言う。魚のマンボウのことかと思うと、コロナ対応の話で「蔓延防止特別措置」の略称と知れた。それなら、「金棒」とか「願望」などと同じフラットなイントネーションになる筈だが、魚のマンボウと同じく頭にアクセントを置いている。私などの世代の者には、北杜夫の「どくとるマンボウ」を思い出したりしてちょっぴり懐かしくないこともないが…と、ここまで書いて、後は明日ゆっくり書こうと寝てしまい、一夜明けてテレビを見、新聞を開くと、このマンボウ一件のことが俄かに問題となっている。政府にとって重要なコロナ対応策を茶化したような言い方を政府関係者やマスコミまでが無自覚に使うのはおかしいではないか、というのが論調であるようだ。私はてっきりSNFかどこかで茶化したのが広まったのかと思っていたら、聞いているとどうやら言い出しっぺはかの専門委員会の尾身会長で、ご自身としては、若い人にも親しみやすいようにと、いいつもりで言い出した、ということであったらしい。おやおや、である。... 続きを読む

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随談第637回 本年最後の不要不急の話

あっという間の歳末である。齢のせいだけでなく、時の経ち方が今年は何かイレギュラーに感じられる。原因はもちろん、コロナ騒動のためである。去年の今頃、歌舞伎界では何が話題だったかといえば、菊之助が『ナウシカ』をやっていて、舞台上で大けがをしたという一件だった。これを遠い昔のことのように思うか、それとも、ついこの間のことと思うか、人さまざまに違いない。いや、同じ人間が、遠い過去のように思えたり、最近のことのように思えたりするのだ。... 続きを読む

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随談第636回 坂田藤十郎をめぐる不要不急の話

坂田藤十郎が亡くなった。昭和6年の大晦日の生まれということは前々から知っていたが、いつの間にか現役最年長となっていたことには今度改めて思い至った。芝翫・富十郎といった、昭和ひと桁でも5年より前の生まれの世代は、この二人の大物がちょうど歌舞伎座の建替えの間に相次いで逝ったのを最後にいなくなっていた。この世代は、戦後間もなくのまだ世の中が定まらない時期に世に出た人達で、歌舞伎界に限らず、映画界などでも取り分け女優にはこれといったスターは見当たらない。個々には懐かしい存在もあるのだが、「個性派」だの「清純派」などと体よくひとからげにされてしまいがちで、何かと損の卦があるように見える。(同じ昭和ひと桁でも6年以降だと、山本富士子だ有馬稲子だ岸恵子だと続々出てくる。登場するのが、やはり独立回復後の社会の安定というところが大きいのだろう。)... 続きを読む

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