随談第385回 海老蔵の舞台復帰について

大震災と原発のニュースでほとんど埋め尽くされた間隙を縫うように、海老蔵が七月から舞台復帰という報が伝わってきた。ちょっと意表を突かれた。何故ともなく、もう少し先のように思っていたからだ。というより、あまり急がない方がいいと思っていたからだ。

五月の團菊祭で、ということがひと頃しきりに言われた。もっともこれには、私も一枚、われ知らずこの流説に関わっていなかったとも言い切れない。出演した某番組で、あくまでもあり得るとすれば、という条件付で、比較的近い時点でひとつポイントとなるのは五月の團菊祭だろう、ということを言ったら、それから五月復帰説というのがひとり歩きし出した感じがあったからだ。私個人としてはあまり急がない方がいいと思いますが、と言い添えたものの、この手の発言というのは、こういう場合、聞き捨てにされてしまうのが、世の常、とりわけテレビの、更にとりわけワイドショーというものの常というものだろう。

もっともそのころは、まだ事件がどういう展開を見せるのかも予断が許されず、海老蔵の受けたケガもどの程度のものなのかも、よく分からない状況だった。

事件のこと、その後の推移のこと、裁判とその判決、事態の決着といったことについては、ここでは触れまい。もっとも、裁判は相手側の人物についてのものだから海老蔵には直接関わることではないが、裁判官が、海老蔵の方にも芳しからざるものがあった、というフシのことを言っているのは、それなりに重く受け止めるべきだろう。つまり、この裁判は、決して相手方だけに関わるものとは言えないことになる。そうしたことを踏まえて、さて、問題は復帰の仕方である。復帰の時期、よりも、復帰の仕方の方が肝心だ、と私は考える。

海老蔵が、だけでなく、歌舞伎ファンをも含めた世間が、あの事件を通じて海老蔵をどう見ているか、ことはかかってそこにある、と私は考える。そのことは、当時も、二、三の週刊誌に問われるままに述べておいた。よほど熱狂的なファンならともかく、かなり厳しい、という以上に、シビアな目で見たのだ、ということを知らねばならない。ここで意味を持ってくるのは、市川家が荒事の家ということであり、とりわけ、海老蔵が再三行い、世間の耳目を集めた「にらみ」の持つ意味である。(あの「にらみ」というものに世間がどれだけ関心(好奇心も含めて)を持っているか。あのとき、私がテレビ取材の記者に最初に受けた質問は、「海老蔵さんは目にケガをしたそうですが、「にらみ」は大丈夫でしょうか」というものだった。)ありがたいことに、いまという時代のこの世の中に、海老蔵のあの「にらみ」というものを、とにもかくにも、世間は「関心」を持って見てくれていたのである。

さていま、私が気になるのは、このまま海老蔵が舞台復帰して、またいずれ、「にらみ」をして見せたとして、以前と同じインパクトを世の人々に与えることが出来るであろうか、ということである。海老蔵の側もまた、以前と同じ心で「にらみ」を行なうことが出来るだろうか、ということである。「にらみ」によって邪気を払い、瘧を落すことが出来るだろうか、ということである。睨んでもらった人たちが、邪気を払い瘧を落してもらったと、素直に思うことができるだろうか、ということである。

それはちょっと、難しいのではないか、と私は思う。そうして、それが難しいとすれば、役者海老蔵の持つ意味は、随分薄れてしまうのではないだろうか、ということである。(これが、単なるひとりの人気役者に過ぎないのだったら、こんなことはさほどの問題ではない。しかし海老蔵は、私の考えるに、単に一個の人気役者、というだけの存在ではない筈なのだ。そうでなければ、現代というこの世の中に、「にらみ」などという「非条理な」ことをやってのけて世人の関心を集めるなどということが、ありえようか?)

海老蔵は是非とも、復帰の前に、元の海老蔵とは違う海老蔵になったのだ、ということを世人に示す必要がある、と私は思う。別に、品行方正の優等生や人格者になれ、ということではない。(そもそも、そんなものになれる筈もないし、仮になったところで、そんな海老蔵に魅力はない。)助六が、夜な夜な吉原に現れ雷門で喧嘩相手のヘソを取って闊歩したように、これからだって、海老蔵は海老蔵らしく、自由闊達に闊歩すべきである。(但し、灰皿で酒を飲ませたりするのはやめるべきだが。)だがそのためにも、海老蔵自身が、みずからの瘧を落し、邪気を払わなければ。幸い、市川家には成田山という存在がある。七月に復帰をするのなら、その前に、せめて一ヶ月でもいい、世俗を離れ、坊さんたちと一緒に、修業の生活を送ってきてはどうだろうか。いや、是非、そうしてもらいたいと思うのだ。

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