随談第9回 観劇偶談(その3)

「野球噺」はまだ続くのだが、ときに別なものも突っ込むことにしよう。「観劇偶談」というのは、もちろん、最近岩波文庫から復刊された近代劇評家の祖といわれる三木竹二の『観劇偶評』のもじりである。まあ、偉大なる大先達への「トトまじり」ですね。「その3」としたのは、最初の勘三郎の話と、前進座の話をを「その1」「その2」と数えることにしたいからだ。... 続きを読む

随談第8回 上村以和於野球噺(その2)更につづき

阪神時代の新庄というのは、まあ、一口に言えば、情けない男だった。スター性はあるが、本当には、まだスターとはいえなかったろう。相撲でいえば平幕である。もっとも、平幕でも、ちっとも面白みのない役相撲よりはずっと見るに値した。横綱と当たれば、一応、それなりに期待が持てる。どうなるだろう、とともかくも思わせる。むしろ、それだけが取り柄だったといってもいい。だから平幕でも役相撲なみの人気があった。... 続きを読む

随談第8回 上村以和於野球噺(その2)つづき

吉井だの小宮山だの少し渋いところから話が始まったが、メジャーから帰ってきた選手たちの中で、何といっても面白いのは新庄である。あのキャラクターは、たしかにプロ野球選手の中でとび抜けている。もともと特異な存在ではあったが、「アメリカ」という体験がなかったなら、いまのあのキャラクターはなかったに違いない。キャラクターもまた成長する。体験を成長に結びつけたところに、端倪すべからざる聡明さを、私は新庄に感じている。もしかするとそれは、世の人たちの見ている「新庄」とすこし違うかもしれない。... 続きを読む

随談第7回 上村以和於野球噺(その1)続きの続き

よく覚えているのは、巨人の攻撃で走者一塁のとき、誰だったか痛烈なゴロを一、二塁間に放った。一塁手が横っ飛びに取って二塁へ投げてホースアウト、二塁手がすぐ矢のような送球を一塁へ。誰もがハッとしたが、ワール投手という、おなじみのシールズから大リーガーとなったピッチャーが、いつの間にか一塁塁上にいてパチンと球を受けて(という表現は、そのころ愛読していた『おもしろブック』に載ったルポ風観戦記の一節の記憶による再現である)ダブルプレイが成立した。... 続きを読む

随談第7回 上村以和於野球噺(その1)つづき

小学生のころ、サンフランシスコ・シールズというのがやって来た。メルトン投手とか、スタインハウアー選手とかいう名前を覚えている。格好いいというより、名前からして凄味があるような感じだった。オドール監督というのはヤンキースのディマジオの師匠で、ディマジオの弟弟子のミッキー・マントルというのもついこないだまでシールズにいたのだが、今度は来ないらしいという話だった。... 続きを読む

随談第6回 ここらでちょっとひと理屈

随談を書き始めて一週間。これが6回目だから、開店の売り出しのように短い間に詰めて書いて店先を賑わしたが、第1回にも書いたように、そろそろ週一回程度にペースを定め、連載のコラムでも書くようなつもりで書いていくことにしよう。それも、これまでのように、雑然と日記のように書くよりも、月替わりか何かでテーマを立てて書いた方が、バラエティが出来て面白そうだ。もちろん、テーマを決めるといっても、そこは随談だから融通無碍、話はどうワープし、飛躍するかわからない。... 続きを読む