随談第629回 落穂集

咋秋来のパソコンのトラブルに続くコロナウィルス騒動で、訃報その他、その間にメモをしておいたさまざまな話題が、書くタイミングを見失ったままになっている。時と共に鮮度が落ち、感興が薄れてしまったものもあるが、記録としても残しておきたいもの、やはり書いておきたいもの、さまざまあるので、それらをかき集めこの回は落穂集とすることにしよう。このご時世に不要不急の話ばかりで恐縮だが。... 続きを読む

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随談第628回 襲名仕切り直し(改訂版)

コロナ・ウィルス騒動も遂に時の首相による非常事態宣言発出という事態となって(「発出」という官僚言葉を私は不敏にして知らなかった!)、團十郎襲名興行が、予定されていた三カ月すべて延期ということになった。延期と言っても、ウィルス蔓延という事態がいつ収まるのか予測をつけようがない相手である以上、一旦は中止という形を取った上で、改めて時期を見て、ということにせざるを得ない。なまじ、少し始めてからでなかったのを幸いとすべきであろう。「ご破算に願います」と声がかかると、算盤の珠をすべてじゃーっと元に戻す、という光景が思い浮かぶ。... 続きを読む

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随談第627回 コロナ満載

あれよという間にコロナ・ウィルスのニュースでなければ夜も日も開けぬ(暮れぬというべきか?)世の中となった。ニュースの中にコロナという言葉が耳に留まり出して、まあ半ばは、よその国の話と聞いていたのが1月半ばごろから、2月になって横浜港にクルーズ船停泊となったあたりから、おいおいこれは冗談じゃないぞとなり、二月末に政府から立て続けに「要請」が出て小中高の学校閉鎖となったところで、本気モードに変わったと思っているが、「こっちの話」としては、3月は遂に「劇場」と名の付く場所へ一度も足を踏み入れないという、この何十年来なかった事態となった。歌舞伎座、国立劇場に明治座もと、三座で歌舞伎が開くはずのところが、三段階に刻んで休演また休演と重なって、遂に3月は「歌舞伎のない月」となった。この、三回に分けて、というところに、事態に対する政府などの為政者から、松竹その他の興行者さらには俳優その他の関係者、更には私などのような立場から関わっている者から一般の観客・ファン層まで、それぞれの立ち位置から事態を見ている者の「腰の及び具合」が反映している。「まだまだ間がある」「今はまだその時ではない」と、為政者も専門家も一般人も、みんながそれぞれ思いたい。思いたくても、現実の「その日」は容赦なく近づいてくる。X-dayはいつ来るか? あるいはもう既に・・・?... 続きを読む

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随談第626回 ささやかなる終活 -ウィルス騒動のなかで-

じつはまたしてもパソコンの故障があって、今回も休載かとあきらめかけたのだったが、幸い、思ったより軽症で早く回復したので何とか間に合ったのはよかったが、いろいろ書く材料の心づもりをメモしておいたのが、野村監督もましてや喜多村六郎も、コロナ・ウィルス騒ぎの前には吹っ飛んでしまった。九年前の天災も春浅い3月、今回も3月に山場が来そうな形勢になっている。人間、時には災難に見舞われて高慢やらうぬぼれやらの鼻をへし折られたり、肝を冷やしたりすることも悪いことではない、とは思いはするものの、事態がここまでくると洒落どころではなくなって来る。... 続きを読む

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隋談第625回

遅ればせながら新年のご挨拶を申し上げ候。新元号第二年の「春」である。この前、新聞の電子版に載せる原稿に「新元号の新年」と書いたら、今年は令和二年だぞ、というような突っ込みが入るおそれもあるから「新年」と言わない方がよいのでは?という注意があった。む?と思いはしたが、余計なトラブル招くまい、と道成寺の坊さん達の舞い尽くしの教えに倣って、忠告に従うことにした。... 続きを読む

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随談第624回 歳末便り

あっという間に歳末、とはいかにも平凡な物の言いようだが、今年はひと際その感が強いのは、歳のせいとか世の中の動向とかの以前に、何度も書いたから今更のようだが、わがPC(という略称をいま初めて使った、これも後遺症のひとつかも知れない)の不調が何度も繰り返されたために、仕事がいくらも捗らなかったためである。これだけのことをせめてやってしまおう、という事柄を先回しにして、さてようやく、このブログに取り掛かろうとすると、早や世の中も、我が身辺も、すっかり年越しモード。今回もまたも簡略版とさせていただくほかない。... 続きを読む

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随談第623回 簡略版御免

又してもパソコン入院という事態があったが、今回は、これまでのとは患部が違い10日ほどで退院してきたのでこのブログも休載ということにはならずにすんだ。尤も、その間の作業が押せ押せとなるなど時間的な窮迫は避けられないので、この回は簡略版とさせていただくことにしたい。... 続きを読む

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随談第622回 出そびれた化け物の弁

またしても随分とご無沙汰をする羽目となった。9月1日の午後、この第622回のブログを書いている最中、チチチ、といった音がしたかと思うと、パソコンがエンコしてしまったのである。直ちに入院、(我が家から徒歩で6~7分という近間にほどほどの規模のヤマダ電機があるのが天の助けで何かといえばそこに持ち込むことにしている。あれが、いわゆる量販店という規模だったら、店内に入っただけで、入鹿の御殿に迷い込んだお三輪のような状態になるに違いない)、無事退院してきたのが9月ももう末、ところがそれからの約3週間、一日の欠けもなく外出、その中には沖縄まで行ってくるというような椿事があったり、歌舞伎座の『三人吉三』と新橋演舞場の『オグリ』がダブルキャストなので二度足を運ばなければならないということがあったり(新聞の歌舞伎座評が出るのが23日と、楽日近くになってしまうのは、新聞の方の紙面の都合もあったが、松也と梅枝と、ダブルキャストのお嬢吉三を見るにも一週間も間が空いてしまったからである)、その間、それほど長いものではないとはいえ4種類の原稿をが重なったり、その他何やかや、体が休まる折とてなかったからだ。パソコンが入院してから6週間、退院してきてからでも3週間、ようやく、この原稿を書いている。書きかけたものは出そびれた幽霊みたいになってしまったし、さて、どう仕切り直しをしたものか。... 続きを読む

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随談第621回 13團、児太郎、安美錦

7月の歌舞伎座は、まだ初舞台もすませていない勸玄坊やの『外郎売』がお目当てで昼の部が即日完売、こちらはめでたく演じ切ったが、夜の部の「成田千本桜」の海老蔵十三團が中途でエンスト、幾日間かが休演という椿事出来(しゅったい)となった。「千本桜」から13役をやろうというのは、かの『伊達の十役』の先例あり、忠臣蔵の7役だか8役だかの早変わりの先例もあり、要はその内容と質のことである。海老蔵の構想としては、「千本桜」という長編物語の全体像を示そうという目論見があったと思われる。こうした構想の立て方は、基本的にはかつて猿翁が「川越上使」を出したり、大詰に「花矢倉」を出すなどした先例に「まねぶ」ところがあったかに推測される。昨年の『出世太閤記』のごとき佳作もあるが、猿之助は当然としても幸四郎にせよ海老蔵にせよ、次代の歌舞伎は俺がと思っている「大望家」(などという言葉があるかしらん)が、大なり小なり、昭和の昔に三代目猿之助の求めたところを求めるという思いから、我知らずの内に猿翁というお釈迦様の手のひらの内を飛び回っている(かに私には見える)。が、それはそれでよろしいとして、要はそのやり方であり中身である。... 続きを読む

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随談第620回 三谷かぶき・魁春・サニブラウン

歌舞伎座は昼の部が名作特集、夜の部が「三谷かぶき」。昼の部は吉右衛門の『石切梶原』に仁左衛門の『封印切』という、十八番と見られる大物を二つも並べるという「豪華版」だが、普通なら昼・夜と別々に「目玉」として出すところだろう。吉・仁、二人並べて三谷とつっかうということか?... 続きを読む

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