随談第275回 野球本と相撲本

最近、野球と相撲と、車中の読書用に気まぐれに買った二冊の新刊本を読み終えた。一冊は高橋安幸『伝説のプロ野球選手に会いに行く』、もう一冊が蕪木和夫『土俵の英雄(ヒーロー)伝説』という。ここしばらく、自分の部屋にゆっくり坐って読書をする時間が皆無の状態が続いていたさなかでもあり、一冊読むのにあちらで10分、こちらで5分、拾い集めて3時間かそこら、まずは楽しんだ。

高橋氏の本は、往年の名選手たちに取材をし、その模様を再現しながら語ってゆくという体裁を取っている。自分の見解をひけらかさずに、まず当人に語らせるというスタンスがいい。かつて愛読した近藤唯之の野球ものなどは、何かというと、「私はそれを聞いて腰を抜かした」といった大仰なレトリックがひとつの芸にも愛嬌にもなっていて、なかなか読ませたが、(それにしても、ああしょっちゅう腰を抜かしていたら、晩年ひどい腰痛に苦しんだことであろう)あれに比べれば高橋氏のはよほどナイーヴである。

何よりいいのはその人選で、そこにおのずから、著者の見識が底光りしている。苅田久徳・千葉茂・金田正一・杉下茂・中西太・吉田義男・西本幸雄・小鶴誠・稲尾和久・関根潤三という顔ぶれは、押しも押されもせぬ面々でありつつも、マスコミに名の出る常連とは、一線を画している。小鶴などという人は、絶えて久しくその名を目に、耳にすることもなかった。事実、玄関に尋ねた著者たちを、当人がみずからドアを開けて請じ入れてくれたとある。やっぱり、取材を受けることも稀になっていたのだ。

苅田久徳が老妻とアパート暮らしで、杉下茂が豪邸に住んでいる、などというのも、何やら物を思わせる面白さがある。常連組にしても、金田正一が、「400勝凄いですね、と称える相手に、ああ、それは凄かったよなんて真剣に答える馬鹿がどこにいる?」と言うのもいい。そういうセリフを吐かせるだけでも、聞き手のレベルがわかる。

蕪木氏の相撲本の方は、それに比べるとやや平凡だが、それでも、「昭和平成の名勝負」と題して取組十五番を並べたその選択眼には、ちょっとしたものがある。鏡里・吉葉山とか東富士・千代の山などというのがあったり、一日を「戦わざるライバル」として時津山・北ノ洋・若羽黒・安念山の「立浪四天王」について語ったり、なかなかの見識を見せている。琴ケ浜・朝汐などという組み合わせを見ても、じつは名勝負物語というのは建前で、好取組になぞらえて関心のある力士たちについて薀蓄を傾けようというのが目的のようで、それがこの本を読むに値するものにしている。朝青龍を、初代若乃花に似ていると喝破しているのなど、おぬしやるなとエールを送りたくなる。最もお相撲さんらしい人として、リアルタイムで見ていない筈の昭和初期の玉錦を挙げているのも、理解の深さを窺わせる。

ただ惜しむらくは、間違いや事実誤認がちょいと多いのが気になる。たとえば栃錦が平幕で上位を目指していたころの出羽の海一門の幕内力士として、千代の山、出羽錦、鳴戸海まではいいが、大晃、成山、常錦、小城ノ花、栃光を挙げているのは、間違いというより、認識の不足と言わざるを得ない。これらの力士たちはみな、栃錦が大をなして後に登場してきた後輩たちである。といった不満はあるが、好著の少ない相撲本として、またせいぜい柏鵬時代どまりの記事がほとんどの相撲本として、読むに耐える一本である。

このエントリーを Google ブックマーク に追加
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です