サッカーのことを書くのは前回のワールドカップのとき以来である。普段のJリーグの試合というものは、実況放送は元よりスポーツニュースの結果を見るほどの関心もない。戦績やニュースを追いかけるほどの熱意がないといった方が正確だろう。(何せ、トゥーリオという選手は何故、茉莉王と書くのにマリオーでなくトゥーリオと読むのだろうと、ついこの間までフシギがっていたと言えば、いかに日本サッカーの現状に疎いか凡その見当がつくというものだろう。「莉」という字を見ただけで、森茉莉や岡田茉莉子の連想から「茉莉」だと思い込んでいたのだ。)そういう人間の痴れ事と思って読んでいただきたい。
Jリーグは見ないがワールドカップのときだけは見る。試合そのものもさることながら、同時に、ワールドカップなるものをめぐるマスコミやサッカー関係者や世間一般の人間模様が面白いからだ。それに、私程度の知識しかない人間でも、案外、世の熱烈なサッカーファン連にまんざら見る目が劣るわけでもないらしいことを、前回の大会のとき、つくづくと知った。どう見ても身びいきから来る過大な期待としか思えないマスコミや世人の大合唱を耳にしながら、一勝も出来ずに敗退した予選リーグの三試合を見ながら私なりに抱いた感想とほとんど同じことが、結果が出て冷静を取り戻した新聞紙上に、専門家の講評として載っているではないか!
そもそも、サッカーなる競技に対して、私はかなり冷淡である。あれだけの人数があれだけの長時間休むことなく動き回りながら、ほとんどの試合が一点か二点、せいぜい三点しか点が入らないという「仕掛け」が曲者である。つまり、大部分は得点に結びつかない「徒労」なのである。シュートが決まって得られるカタルシスは、前後半合せて90分間にたかだか二度か三度しかない。だがそこにこそ、観衆の熱狂の秘密がある。ハラハラとイライラの差は紙一重、いや、コインの裏表である。サッカーの観客はかなりマゾヒスティックであるとも言える。こういう競技を考えたのは、悪魔の化身かもしれない。
昔、ルーズベルトは野球で一番面白いゲームは8対7でひいきチームが勝つ試合だと言ったそうだが、いかにもこれは正直な「名言」だろう。両チームが7点も8点も点を取るゲームというのは、やや乱打戦の気味もあって、通好みの引き締まった「名勝負」とは趣きが異なる。しかし実際に球場で見ていると、ある程度ボカスカ打ち合う試合の方が退屈しないことは確かだ。息詰まる投手戦というのは、むしろテレビで見る方が向いているとも言える。相撲だって手に汗握るのは烈しく揉み合う相撲で、栃錦が大関で若乃花が小結か関脇の頃の両者の対戦が一番面白かったのは、次々と繰り出す技の応酬が凄まじかったからだ。
もちろん、サッカーだろうと野球だろうと相撲だろうと、ハラハラとイライラの差を分けるのは、繰り出される技の応酬がいかに高度なそれであるか否かに懸っていることは変りがない。前回までのの日本チームの試合はフラストレーションを溜めるために見るようなものだったが、今回は大分趣きが変わったのは、明らかに、それだけ日本のサッカーが進化したからだろう。日本のサッカーというのは、相撲の番付にすれば前頭5枚目だと私は思っている。つまりここまでが横綱と対戦する上位陣で、前回の予選敗退で幕尻近くまで落ちていたわが蹴鞠軍団は、今回めでたく決勝リーグに進出を決めて前頭5枚目まで躍進したわけだ。世界ランキング4位というオランダは、つまり西の張出横綱であって、その横綱戦で善戦し、前頭筆頭あたりとおぼしいデンマークに勝ったのは、これではじめて、オ、結構やるじゃねえか、と役力士の面々の目にようやくとまったところ。髪結新三が、弥太五郎源七の鼻をへし折って売り出したようなものだろう。そういえばデンマーク軍というのは、少々鈍重な気味もあって弥太五郎親分に似ていないでもなかったか?
オランダという大親分にはまだ歯が立たなかったわが新三が、初鰹で一杯やれる身分になれるかどうかはこれからのお慰みとして、私は私なりに、かの岡田監督のために心中密かに祝杯を上げた。別に岡田監督のファンでも何でもないが、開幕前のあの叩かれようを見て、それはないだろうと思わざるを得ないものを感じていたからだ。これでひょいとベスト4にでも紛れこんだら、今度は一躍、「名将」に祭り上げられるのだろうか。揚げたり下げたり、つまり岡田監督は神輿か?
応援といえばこの前の大会の時、新聞の投書欄で、ワールドカップに無関心でいたら、日本を応援しないのは非国民よ、と娘に言われたという七十代の男性の記事を読んだ。四十代の娘は「非国民」という言葉がかつてどういう意味合いを持っていたか知らないで言ったのだろうがそれにしても・・・という内容だった。そういえばついこの間テレビのニュースで、「日本国民として応援します」と興奮した口調で叫んでいる中年の女性がいたっけ。日本国民として、か・・・。ウーム、と思わず唸らざるを得なかった。