随談第391回 いま中堅の実力者たち

今月の新橋演舞場の見ものといえば、吉右衛門の、とりわけ梶原がこの手の丸本物のおもしろさを存分に見せてくれるという意味で、ひとつの達成であろうし、それと別に、おじいちゃんと『連獅子』を踊る千之助の子獅子が舌を巻く本寸法の芸、本格のイキで踊って、これこそ文字通りの大天晴れ、あんなに精魂籠めて二十五日間踊って、大丈夫だろうかと心配になるほど。これこそ、いまこの時でなければ見られない。松嶋屋ファンならずとも優に一見の価値がある。

しかしこれらのことはすでに劇評に書いたから、いまここで書こうと思うのは、さしあたりこの月演舞場に集まっている顔ぶれに話を限るとして、中堅どころの充実ぶりだ。もっとも、どこまでが中堅でどこからがベテランなのかちと難しいところもあるが、まあここでは、今月でいえば吉右衛門・仁左衛門クラスより若い辺りから以下、ということにしよう。これらの人たち、とかくあまり話題にされずにしまうことが多く、いや現に私も、もっと触れたいと思いつつも、新聞評の684字の中に盛り込むことは断念せざるを得なかった。

まず『住吉鳥居前』のお梶の芝雀である。吉右衛門の団七と仁左衛門の徳兵衛の達引きの中に割って入って見事にぴたりと三幅対になる。こういうことは、まず、まぐれでは出来ないことで、芝雀の役者ぶりが如何に上がったかを端的に示すバロメーターのようなものだ。幕が閉まると同時にH氏曰く、芝雀ってあんなにいい役者でしたっけ。今頃それを知ったか、と言ってやった。先月の『籠釣瓶』を見よ。福助が八橋で、ちゃんとその姉女郎であることがくっきりと見える九重だった。あんないい九重というものは、そうめったに見られるものではない。大概は、揚巻に於ける白玉みたいに、皐月に於ける逢州のごとくに、ナンバーツーの妹女郎に見えるのが通り相場だ。八橋よりも世間を知り苦界の水もたんと飲んでいる年長者なればこそ、権高で自暴自棄のやんぱちになっている八橋を、その情人のつもりで脂下がっている次郎左衛門を、悪いことにならなければいいがとはらはらしながら見守っている姉女郎の、行き届いた心遣いというものを、あれほど情深く見せたのは、長い間の蓄積がいまようやく、水が器から溢れようとして、表面張力でいっぱいに張り詰められているかのようだ。

次いで歌昇である。『石切』の俣野が見事な本寸法。息よし形よし、富十郎の若き日以後、これだけの俣野はそう滅多になかった。もうひとつビックリさせられたのが『頼朝の死』の大江広元。歌昇といえば丸々とした元気のいい奴さん、という若いときからのイメージについこちらも縛られがちだが、この冷徹な官僚政治家を新橋演舞場の額縁にぴたりとはまったように見事にやってのけたのには、お見それいたしましたと恐れ入るより仕方がない。この人も、このところで一段ぐんと、役者を上げた。秋には又五郎を襲名するそうだが、これなら役どころの上からも、又五郎になって少しもおかしくない。又五郎という人は、新歌舞伎や新作物で、冷徹な官僚だの学者だの文化人だのという役が実にうまかった。東宝時分、何だかもうひとつ締まらないような新作物をよく見せられたが、この手の役で又五郎が出てくる場面だけは、ちゃんと芝居を見ているだけの手ごたえがあって、時間と入場料を無駄にしないですんだ気になれたものだった。

九月の襲名は、第一線級並みの随分と大掛かりな形式のようで、歌六がひがみやしないかと心配になる(まさか!)ほどだが、その歌六は『石切』の六郎太夫に『夏祭』では三婦という老人役の大役を引き受けて、いまや見る前から何の不安も抱かせない役者になった。それはそれで喜ばしいことなのだが、一方で私はちょっと複雑な思いがある。時には、年齢相応の役もさせてやるべきではないか。じつは私は歌六の白塗りというものを、大いに愉しみにしていたのだ。寸法のよさといい、ちょっとひとひねりした味といい、この人に勘弥の再来を期待したことすらある。『輝虎配膳』の直江山城なんて、まさにそれだったが、たぶんあれが歌六の白塗りを見た最後だったような気がする。もう、十年の余になるだろうか。白塗りに限らない。『寺子屋』が出たら時には源蔵ぐらいやらせてみたいとは、誰も思わないのだろうか?

時蔵が、『かさね』と『頼朝の死』の政子の二役だが、むしろかさね以上にこの政子がいい。そもそも今度の『頼朝の死』は、さっきの歌昇の広元もそうだが、染五郎の頼家はじめ世代交代風の新配役なのだが、この配役の中で時蔵の政子というのはやや硬質な品格がどんぴしゃりで、まさしく適任である。但し、途中で母親の心を見せておろおろするところがあるが、あそこをもう少しセーヴしてもう一倍、毅然としていい。

まだまだ触れて然るべき幾人かがいるが、ずいぶん長くなってしまった。そこで最後に、『夏祭』の「三婦内」で女房の芝喜松がやっているのを挙げておこう。大役にちょっぴり固くなっている気配はあるが、腕は確か、見事につとめている。この配役は大賛成、今月のヒットのひとつといって然るべきである。聞くところによると、なかなか味な経歴を持っている人らしい。

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