随談第428回 今月のアラカルト(その2)

>淡島千景のことを書く、と言ってそのままだから、まずそれから始めよう。格別な思い入れを持つほどのファンではなかったが、最晩年まで、舞台人としての舞台姿の美しさを保ち続けている姿を見ることができたのを、眼福と思っている。あれだけの舞台姿の美しさを持っていた舞台女優は、物故者を含めても何人かしかいなかったと断言できる。芸と美とがひとつになった上での存在感という意味で、もうこれからは、ああいう女優の在り方は、日本の舞台人には存在しなくなってしまうに違いない。

大正の末の生まれで、戦後すぐの宝塚でスターとなってやがて映画に転進するというコースを通り抜けた一群は、個としてだけでなく、ひとつの大きな流れを作り出したという意味でも、日本の女優史のなかで特筆されるべきだと思うが、(越路吹雪とか月丘夢路とか久慈あさみとか乙羽信子といった名前を挙げただけでも、あの時代の宝塚出身者というのは大変なビッグが揃っていたことが改めて分かる)淡島はその常に先陣にいて、女優として最もオールラウンドだった。『テアトロ』の4月号に池田正之氏が、どうして政府は淡島さんを文化功労者にしなかったのでしょうかと書いているが、その種の褒賞の対象になるために暗黙に存在する一定の決め式みたいなものと微妙に反りが合わなかったのだ、と私には見える。そうしてその責任は、もちろん淡島の側にあるのではなく、選ぶ側にあるのだ。つまり、固定観念である。

まあそんなことよりも、また『夫婦善哉』以降の名声定まって後の大女優ぶりよりも、その以前の、『お嬢さん罷り通る』とか『麦秋』とかのころの「若き淡島千景」がわたし個人としてはこよなく懐かしい。懐かしいといったって、リアルタイムでは当時こっちはまだ小学生だったのだが、「懐かしさ」という思いは誰でもが与えてくれるわけではない。最近、やはり当時のもので『自由学校』と『君の名は』を見ることが出来たが、当時から明確な存在感を持っていたことが分かる。賞の対象などになりっこない作品からひとつ挙げるなら、高田浩吉と共演した『白鷺三味線』などというのは、ナントカ賞の選考委員諸氏などはじめから見向きもしないであろうが、機会があったら騙されたと思ってご覧になることをお奨めしておこう。

(蛇足をひとつ。松本白鸚がはじめて出演した映画は昭和28年の松竹映画『花の生涯』だが、ちょうど10年後に舟橋聖一の同じ原作小説をNHKが大河ドラマの第一作にした『花の生涯』は二代目松緑が井伊大老役だった。そうしてそのどちらも、村山たか役は淡島だったのだ。他に、誰がありえたろう?)

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淡島に比べたらずっと小さな存在だが、主として新東宝あたりで時代劇女優として鳴らした宇治みさ子の死亡記事を見つけたのは、一月の末だったか二月のはじめだったか。細身の浮世絵美人ぶりはちょっとしたものだった。少し忘れかけた頃、例の「勝つと思うな思えば負けよ」という美空ひばりが歌ってあまりにも有名な『柔』という歌を主題歌にした(ずいぶん長々と続いたっけ)テレビドラマで、酔いどれの年増芸者の役で見かけた宇治みさ子は、当時はちょっぴり哀しい気もしたが、いま思い出すと、あの姐さんぶりはなかなかのものだったと思う。少なくとも、ああいう芸者ぶりを見せられる女優は、もう金輪際、出てこないに違いない。

父親は、バイプレーヤーとしてなかなか個性的で面白い存在だった田中春男で、昭和20年代から30年代の東宝や新東宝の映画を見ると必ず出てくる俳優だった。(つい昨日も、高峰秀子の古い映画を二本立てで見たが、そのどちらにも出てきたっけ。)今の菊五郎が若き日、大河ドラマで『源義経』をやったとき、伊勢三郎役で出ていたが、芝居の仕方が当時の菊之助とはまるで水と油だった。よく見るとなかなかの男前で、縁なし眼鏡がサマになるタイプだった。浮世絵美人の娘がいてもおかしくないわけだ。

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むかしばなしばかりで恐縮だが、こんどはプロ野球選手の話。今朝の新聞で榎本喜八の死を知った。さすがに、社会面の死亡記事は四段抜き、スポーツ欄には略伝も載った。(尤も、大分重複していたが。)「人気のセ、実力のパ」などという言葉があった時代の、典型的なパ・リーグ顔をした選手だった。箕輪にあった東京球場で見たのを思い出す。パリスという外人選手と三、四番を打っていた。山内はもう阪神に移ったあとだったかもしれない。阪急にいた黒人選手のバルボンが、まだ活躍していたのを覚えている。試合内容はまるで思い出せないが、榎本・パリスが連続ホームランを打った光景だけ、二の腕の筋肉の発達振りと共に、明確に覚えている。

それにしても、喜八という名前が何ともいい。屈指の強打者でありながら、引退後は野球界と接触がなかったという人生も、いかにも「喜八」の名に似つかわしい。Jリーグも、奇人列伝が書けるような選手が出てくると、もう少しは興味が持てるのだが。

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