随談第519回 嗚呼、オリムピックよ!

ソチ・オリンピックもようやく終わった。嫌いでも関心がないわけでもないから(思えばヘルシンキ大会からずっと、熱心不熱心の波はあったにせよ、見てきたのだ)私なりにテレビも見、目配りもしていたつもりだが、いま、マスコミから「オリンピック」が消えて見ると、この清々しさはどうだろう? 喧噪と人いきれと安酒の悪酔いにふらつきながら酒場から一歩、表に出て外気を吸ったときの気分である。

思うにこれは、オリンピックそのもの以上に、マスコミ、とりわけテレビの喧噪がなくなって知った静けさであり、NHKを主体としたオリンピック報道の、単に喧噪というだけではすまない、「感動をありがとう」の押付け演出に辟易した後の清爽感あることは確かである。

もちろん、選手たちの成功や失敗、歓喜や無念、誇りや屈辱、さまざまな姿に心打たれることはある。それを「感動」と呼ぶなら呼んでもいいだろう。だが、頭から尻尾まで、「感動をありがとう」というテーマだかメッセージだか、切り口だか演出だか、縦横・上下・左右・天地、どこを切っても金太郎飴のように押し付けてくる「善意の厚かましさ」にはうんざりする。(おそらくこの裏には、メダル獲得数ばかりを騒ぎ立てることへの批判に対する「つもり」もあるのだろうとは察するが、ともあれこの「べったり感」の気色悪さはたまらない。)

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浅田真央そのものは少しも嫌いではないが、世の金メダル・コールをはじめとする、他に人無きがごとき浅田浅田の一点張りにはいささかならずヘソを曲げたくなった。(むかし聞いた桂米丸の新作落語で、「オイ浅田、起きろ。朝だ、朝だ」というのがあったっけ、などと茶々を入れたくもなる。)真央ちゃん、感動をありがとう、みたいな感動大好きおばさんたちの大合唱はともかくとして、キム・ヨナ選手の演技をほめた解説者のブログが炎上したなどという噂を聞くと、ウームと唸らざるを得ない。もっともらしい顔をしたテレビのおじさんキャスターが、日本中が真央ちゃんの笑顔を見たいと願っているんですよ、などとしたり顔で言っているのを見ると、ウヘーと嘆声を上げたくなる。

そうした反発が半分と、これは本当に彼女のスケーターぶりがいいと思うのが半分とで、しばらく前から、浅田選手以上に鈴木明子選手を応援するようになっていた。前回のオリンピック前後のことだったが、ある国際大会で、1日目に浅田が5位か何かで鈴木が2位だったかにつけていたら、どこかの局のベテランらしい女性アナが、浅田選手に是非逆転して優勝してもらいたいですねとやっていたのに呆れ、義憤を覚えたのがきっかけだった。私が勝ってはいけないんでしょうか、と、もし鈴木選手が聞いたら言いたいだろうと思った。一寸の虫にも五分の魂ではないか。

くだんの女性アナはおそらく何の悪気もなしに口走ったのだろうが、こうした無神経がまかり通ってしまうというのも、過剰が当り前になって社会一般に瀰漫してしまっているからで、こういう異常な状況は、今なお少しも変わっていない。煽るだけ煽っておいて、さあとなると、オリンピックには魔物が棲む、とくる。その魔物に餌をやって太らせたのは誰なのだ?

真央ちゃんには気の毒だが、本番ですっ転んでしまったら面白いだろうな、などといった気持も、正直、なかったわけでもない。もちろん、浅田選手個人に対してではなく、あまりにも真央ちゃん一辺倒の大合唱に対してのことだが、真逆(マサカと読みます。マギャクではなく)、本当にその通りの光景を目前に見ようとは、神ならぬ身のもちろん思わなかったのは当り前である。

で、24時間後にはああいう次第で一件落着したわけだが、この一昼夜の間に社会のあちこちで起ったさまざまな反応は、なかなか興味深いものがあった。浅田選手自身にとってのことはさておいて、この急転直下の、一日の内に二度、天地がひっくり返ったような事態を、世間がどう受け止め、どう折り合いをつけたか、である。

すぐに思ったのは、これで浅田真央は伝説を作った、あるいは、伝説の存在となった、ということである。いまのところは、やっぱり金メダルが欲しかった、という方向へも振り子はかなり振れているようだが、いずれは、メダルよりも感動、即ち、「記録よりも記憶」という、あの黄金律のもとに集約されて行くに違いない。レジェンドの女、か!

その意味では、あの1日目の失敗と2日目の大逆転によって、なまじすんなりと金メダリストになり遂せるよりも、永遠に語り継がれる「ヒロイン伝説」として絶妙の筋書が作られたわけだが、もちろんそれは、浅田選手本人の意思とはまったく別の話である。

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これはもちろん、浅田選手の場合だけのことではない。マスコミはどうしてこうも偶像を特定し、事前に勝手にシナリオを作って、その想定通りに結果が現われてくることばかりを期待するのだろうか。

またフィギュアスケートの話になるが、競技直前まで、浅田の強敵はキム・ヨナと、もうひとり15歳のロシアの少女と二人しかいないかのような報道ぶりだったが、ナニ始まってみたら、一騎当千のツワモノがわんさといるではないか。あの激戦の中では入賞するだけだって容易なことではないだろう。

引退した安藤美姫さんがどこやらの局に解説者となって出てきて、浅田とキム・ヨナとリプニツカヤの他に選手はいないかのような司会者の口ぶりに、他にも素晴らしい選手が沢山いますから見てください、と言っていたのは天晴れである。(現役時代の彼女は、スポーツ選手というよりモデルかタレントみたいな感覚が少々気になったものだったが、解説者として出演したのを一、二度見て、ちょっと見直していたところだった。)リプニツカヤの陰に追いやられて事前には話題にしてもらえなかったのを見事、ストニコワは女でござると見返してのけたのにしても、3位になった、瀬川詠子さんのイタリア人の親戚みたいなコストナー選手にしても、真っ赤な口紅も赤々といかにも天真爛漫なアメリカ娘らしいゴールド選手にしても、間際になって浅田と鈴木の間の7位という順位に割り込んできたのはちと癪だったがこれもアメリカ的善良さに溢れたワグナー選手にしても、みな素晴らしいではないか。真央ちゃんが金メダルを取るかどうかだけに興味を特化してしまえば、こうした(日本の鈴木や村上も含めて)各国から選ばれてきた世界一流の名手たちの演技を愉しむという、それこそオリンピックならではの意義は無化されてしまう。

それにしても、結果的にああした破天荒なドラマがあっての6位だったからよかったようなものの、あんな派手な大失敗でなくもう少し平凡な形で「浅田選手、健闘しましたが6位でした」という結果だったら、どういうことになっただろう?

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ジャンプのあの高梨沙羅ちゃんの場合にしても、カナダに「もうひとりのサラ」という強敵がいるがこれは怪我をしているから目下敵なし、みたいな話だったが、実際始まってみるとやっぱり他にも凄い選手が何人もいた。二位になった何とかいうベテラン選手など、女子ジャンプ界の草分けで女王的存在だったということを、私などが知ったのは、本番直前になってからだった。あれだけ散々、事前に沙羅ちゃん沙羅ちゃんの大合唱をいやというほど聞かせる暇があったのなら、もう少しはそういう実のある情報を、われわれ素人の目や耳に入るように伝えてくれれば、ただ無暗に「感動をありがとう」の極まり文句を言うために画面を見るのでなく、素人なりに競技そのものを鑑賞したり、多少は通ぶった気分になったり、もっといろいろな楽しみ方が出来るというものではないか。(長野で英雄になったジャンプの船木選手が、「サンデーモーニング」なる番組にゲストで出演して、マスコミの報道に「喝」とやっていたのは、なかなかよかった。)

おしまい頃になって、スノーボードの種目で女子選手が二人ほど、健闘よくメダルを取ったが、彼女たちのことなど、よほどその道のオタクでないと知らなかった人がほとんどだろう。一人はもう4度目の出場というベテランだそうだが、上村愛子の顔はこの10年来いやというほど見せられたのに比べ、このあまりの違いは一体何なのだろう? スキーやスノーボードの日本選手といえば(もちろん種目の違いなど知る由もないままに)、上村愛子しかいないのかと思っていた人があっても少しも不思議はない。

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それにしても、沙羅ちゃんも、この間までのあどけない童顔に比べると、もうすっかり大人の顔になって、怖いものを知ってしまったのだね、きっと。ロシアのあの15歳のフィギュア少女選手だって、はじめの団体戦の時と個人戦の時とではまるで別人だったのは、わずか一週間でオソロシイものを知って大人になってしまったのに違いない。芝居でも、どんな名優も子供と動物には勝てないというが、こわいものを知らない無心ほど強いものはない。

むかし、夏の大会の体操の選手で、ルーマニアだかどこだったか、コマネチという少女選手がメダルを独占してしまったことがあって、あまりの小憎らしさに、あれではまるで角兵衛獅子だという声が上がったことがあった。親方に仕込まれた通り、ただひたすらに芸をすればよいわけだ。沙羅ちゃんも、オリンピックが一年早かったら、無心に飛んで金メダルを貰っていたかも知れない。団体戦では小憎らしいまでに、ミスをする姿など想像も出来なかったリプニツカヤも、個人戦ではもはや角兵衛獅子状態でいられなくなってしまったのだろう。

大人になるとは、怖いものを知るということである。浅田真央が一日にして別人(の如く)になれたのは、もちろん角兵衛獅子の無心とは違う。落ちるところまで落ちて得た無心の境、平たく言えば捨て身ゆえの開き直りだろうが、帰国してから外人の特派員クラブに招かれて質問に答えていたのをニュースで見たがなかなか面白かった。(それにつけても外人の記者の質問の率直さ、切れの良さというものはどうだろう。日本の記者やアナウンサーというのは、どうしてああ決り切った質問しかしないのだろう?)

それにしても、日本のフィギュアスケートといえば、ごく例外的な選手がやっとこさ、5位だの6位だのに食い込むのが精一杯だった昔を思えば、まさに隔世の感というものだ。欧米の選手を囲むコーチや監督が豪華な毛皮のコートを着ているのを見るだけで、彼我の違いを思わずにいられなかったものだが、まして日本男子選手がフィギュアスケートでメダルを取る日が来るなど、到底考えもしなかった。それだけ、日本人の体形やサイズが如何に変わったかということに尽きるとも言える。(歌舞伎でも最近はフィギュアスケートに転向できそうな、小顔の10頭身役者を見かけるが、先の鴈治郎みたいな体形でフィギュアの選手になったらなんて、想像するだにキモチワルイものね。)それやこれやを思えば、羽生選手などというのは、鶴が天から舞い降りたようなものだが、ちょうど今は心技体整った充実の盛り、上り坂の、当たるべからざる勢いの時期にあるのだろう。おそらく、同じ横綱でも大鵬とか白鵬とかのような、特急品になるべき素材に違いない。フィギュアスケートに限らない。むかしの冬季大会といえば、スキーのアルペン種目など、日本選手では○○選手が35位、××選手が38位でした、なんていうのがほとんどだった。

ジャンプで41歳という葛西選手が銀メダルを取って「感動をありがとう」の対象の随一になったが、どうしても金メダルをとこれからも執念を燃やし続けようという気持は、ご当人にしかわからないことだろう。それよりも私には、ジャンプの飛形を普通より心もち開いて飛ぶスタイルが、モモンガの飛ぶ姿から思いついたという話が気に入った。これこそまさに、ベテラン選手ならではの「芸談」である。

モモンガといえば、おたんこなすのこんこんちきみたいに気の利かない奴に向かって、このモモンガ野郎、というのが江戸以来の罵詈だが、こういうことを伝えるテレビ番組もなかったわけではない。テレビ局もモモンガ野郎ばかりではないわけだ。

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