随談第653回 あれこれ

マスクをしなくてもよい場合、というのを政府が決めたというニュースがあったが、それなりの反響に留まっている感じだ。例によってテレビのワイドショーの識者が、同調圧力だの、個人の自主性だのと言った声を発している。これまたいかにも日本的な「景色」であろう。マスクは第二のワクチンである、と力説していたお医者さんもいたはずだが、歯痛から緑内障まで、私はいま現在罹っている医療に関することは一切、専門医の言うことをそのまま信用することにしている。

もっとも、私がマスクをするようになった動機の第一は、コロナ初期の頃、国電の車内でマスクの有無をめぐって乗客同士で諍いとなり、緊急停止させてノーマスクの乗客を降ろしてしまったというニュースを聞いて、オソロシイ世の中になったものだと思ったことだった。触らぬ神に祟りなしという、極めて「日本人的な」理由である。

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キッシンジャーなんて人がまだ生きていたのをウクライナ関連のニュースで見て驚いたのは私ばかりではないだろう。しかもまだ100歳にもなっていないというのも、ウームと唸らされる。この人が活躍したのはニクソン大統領時代の1970年代だから半世紀前だが、つまり半世紀というのは、事件出来事としては「大昔」だが、それに関わった者の人生としては、ひと流れの内に過ぎないのだ。(と、思ったら、今度は重信房子が釈放という。服役していたのは帰国してからこっちの20年間だが、「時代の中の人物」としては、これも1970年代、半世紀前の存在である。

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彼らよりもっと古い昔に活躍していた俳優などで、いまなお死亡その他の消息をとんと聞かないままのあの人この人が幾人か思い当たる。思うに相当以上の高齢に達している筈にもかかわらずだ。特にそれが、その美しさや風情によって、あるいはその知的な風貌やたたずまいによって、それぞれの時代で輝かしかった女優であったりすると一倍気になる。平安な余生を送っていてくれるようにと願わずにはいられない。

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私にとって、個人史の観点からすれば70年代というのはそれほど大きな過去ではない。「私という人間を作り上げていると思うのは、もっと前の時代である。つまり、いま振り返って懐かしい、というのは決して単に懐旧的抒情的な「思い出」の対象としてだけではないということである。

私に興味があるのは過去の事件・ニュースではない。有名無名・活躍の大小多寡ではなく、その人その人の人生の意味である。例えば「70年代」という言葉から、いわゆる識者がああまたかというようなあの事件この人物を挙げて決まりきった「時代」を論じるのを聞くとうんざりする。

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訃報欄に高橋よしこ、85歳、新派女優、という記事を見つけた。初代水谷八重子の弟子とある。85歳という年齢は、こういう経歴をもつおそらく最後の人、ということだろう。ところでこの高橋よしこだが、当時としては背が高くてちょっとバタ臭い、つまり新派の女優としてはちょっと異色なところがユニークで、私はちょっぴりファンだった。何という役がよかったというより、その存在の有り様で、ちょっと立ったところがある役者だった。

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夏場所は、初日を見てもうこれはもう相撲が取れない状態かと暗然となった照ノ富士が「何とか立派に締めくくってくれたのは何よりだったが、もう一つ、佐田の海なる力士が見せた相撲ぶりが爽快だった。その風貌・体躯・取り口、いまどきこれほど、かつての(昭和3,40年代ごろの)力士の姿・有り様を彷彿させてくれる存在はない。という意味で、かねてひそかに注目しているのだが、なかなか上位で取る、どころか、上位と当たる地位にまで届かない存在だった。(数年前、解説の舞の海氏が、佐田の海を上位陣に一枚加えたいですね、といった趣旨のことを言うのを聞いて、ひそかに敬服したことがある。)

褒めすぎを承知で言うと、かつて初代若乃花キラーとして鳴らした信夫山と重なるものがある。信夫山は関脇を最上位に常時上位で相撲を取ったが、しかしそれ以前の数年は中堅どころに留まっていたのが、ある時からひと皮むけてもろ差し名人・二本差し名人の「りゃんこの信夫」として名を成すようになったのだった。足駄を履き吊革につかまらずに山の手線を二周だか三周だかしたとか、いろいろな「芸談」を持っていた。みちのくのしのぶ文字摺りの福島は信夫郡の出身で、この点、若隆景とも通じ合う。その祖父という若葉山とほぼ同年配かと察するが、取り口の卓抜さ・地位、若葉山より一枚上の存在だった。体躯・出足早やに攻め立てる速攻の呼吸等々、佐田の海に面影の幾分かを偲ぶのが私の密かな愉しみだが、さてこれを機にひと化けできるかどうかだ・・・

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海老蔵が久しぶりに歌舞伎座に出演した。某紙の劇評に、「ほかに海老蔵の『暫』がある」とだけで済ませているのを見て、ヘーエと感服?した。と思ったら、スカイツリーの上から「睨んで御覧にいれる」様子がテレビのニュースに流れた。・・・というただそれだけの「二題噺」である…と、ここまで書いたら、團十郎襲名興行が本決まりになったというニュースが流れた。ホオ、という感じか。ここらで本街道に戻って、しっかりと歩み出してくれるなら言うことはないわけだが。

“随談第653回 あれこれ” への1件の返信

  1. 訃報を見逃しおりました。
    伊藤みどり、青柳喜伊子、そして髙橋よしこの三人が脇を固めていると安心してお芝居(新派)の世界に誘ってくれたものでしたね。
    元々、細い方が晩年はさらにお痩せになってしまったけど、《老衰》と言うのが一層、哀れを誘います。
    御冥福をお祈りします。

    成田屋襲名は3か月連続興行とは行かなかったのが、松竹として辛いところですね。
    2部制に戻して当然のように料金が上がりました。果たして、中村屋襲名の時のような救世主となれるのか…
    噂される松竹との確執や菊之助との共演なるかなど本来の土俵以外の話題が先行しないように祈るばかりです。

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