随談第623回 簡略版御免

又してもパソコン入院という事態があったが、今回は、これまでのとは患部が違い10日ほどで退院してきたのでこのブログも休載ということにはならずにすんだ。尤も、その間の作業が押せ押せとなるなど時間的な窮迫は避けられないので、この回は簡略版とさせていただくことにしたい。

今度の入院は、音声が出ないことで、じつは前回(9月末)に退院後間もなくに気がついていたのだが差し当たっての必要はなし、いずれ手すきの折を見てちょっと見てもらえば簡単にすむことと思っていたのが、それではすまず、入院の上「ドライバの入れ直し」という「加療手当」をする結果となったのだった。どうも今度の機器は蒲柳の質であるらしい。

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11月の各座の歌舞伎については、新聞評と「演劇界」にそれぞれ書いたから、勘どころを一口評にする。歌舞伎座は菊五郎の『髪結新三』に尽きる。前月の『お祭佐七』と併せ、よき「江戸の夕映え」を見せてもらった。シルバーパス世代も幾人かいそうな高年齢の脇役たちも、今日望めるかぎりでの素敵なもので、團蔵が前月の倉田伴平につづいて弥太五郎源七、この種の役の安手でありながら存在感があってなかなかいい味なのは、この人も無駄に年を取っていなかったという証しである。左團次の家主以下の面々も、それぞれのポジションにベストナイン級を並べたようで、もう今後はこれだけの粒を揃えるのはまずむずかしいであろう。(そういう中にひとり、梅枝のお熊だけが適齢期というのも効いている。)

歌舞伎座ではもう一つ、幸四郎が『砥辰の討たれ』を木村錦花版で出して相当の成功を収めたことに我が意を得た。野田版隆盛以来、もう錦花版をやる人はないでしょうよ、などという勇ましい声も聞いたが、そうかなあ、と呟いていたところだった。が、幸四郎の喜劇志向については、12月国立で『蝙蝠の安さん』を見てから書くことにしよう。

国立の『嬢景清』は悪くはないのだがどうも気勢が上がらないのは、吉右衛門の体調のこともあるかもしれないが、「日向島」を下の巻、「花菱屋」を中の巻として、それに別作品から「大仏供養」をすげて上の巻として、通し上演の結構を整えようとした国立劇場らしい方針(自体は悪いわけではないが)に、やや誤算があった、ということであろう。しばらく前に吉右衛門が歌舞伎座で松貫四の名で脚本を「日向島」一幕にまとめて出したことがあったが、少々とっつきにくさはあったとはいえ、あの方が景清劇として正攻法であったことを今回見て改めて悟った。「日向島」の難しいのは、終局、頼朝に下ることとなり、大船に乗って重盛の位牌を海に投げ捨てるところで、文楽だとそこが語り物の強みで、最後を「大団円」として締めくくるという「結構」の趣意がわかるのだが、いかに名優と言っても生身の役者がする歌舞伎では、どうも釈然としない憾みが残る。今度はその上に「大仏供養」の場をつけて頼朝の大腹中ぶりを見せ、それにもかかわらず景清が両眼を抉り取る場を見せるのだから、観客はますます、景清WHY? という疑問を抱くことになる。(最後の船の場面を見て、紀ノ国屋文左衛門みたいだと言った人がいる。なるほど、と思った。)しかも頼朝襲撃の件を三保谷との相撲の勝負という趣向の遊びにしたから、木に竹を接いだことになる。別作品を組み合わせること自体は昔からあることだから一概にいけないわけではないが、三幕目の「日向島」が渋い場面だから、序幕はお相撲の場面にして愉しい導入部にしようとの目論見は計算違いであったと言わざるを得ない。それにつけても、「孤高勇士」というお生な現代語を、「嬢景清」という凝った浄瑠璃の外題に強力接着剤で貼り付けたような今回のタイトルは、何やらこんどの上演台本の無理を暗示しているようにも見える。トロにマヨネーズをかけたようであまり良き趣味とは言いかねる。

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もう時間が無くなってしまった。『トトロ』については「演劇界」に8枚分書いたからそちらを見てください。そのほか、天皇ご即位やら、京舞の東上公演やらラグビーの思い出やら、さまざまな訃報やら、書こうと思っていたことはいろいろあるのだが、すべて次回にまとめて書くことにして、まず今回はこれ切りとさせていただくことにします。

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