随談第574回 ニコニコ超会議2016で獅童を見る

台風並みの烈風吹きすさぶ旧天皇誕生日の4月29日午後、乗り継ぐ電車3路線の内、2路線が大幅遅延という悪条件もものかわ、乗りかかった舟と肚を決めて、幕張メッセに辿り着いた。二時間半の余もかかってようやくプレス受付に着いたのは14時開演に遅れること既に5分余、教えられた会場へ行く途中で、ふと魔がさして他の催し物の会場へ紛れ込み、その、何というか、妖しうこと物狂おしき中をさまよいさすらい、ようやく心づいて脱出、カタログ番号E-112、超歌舞伎『今昔饗宴千本桜』の行われているイヴェントホールまで漕ぎつけたのは、察するところ狂言も佳境に入ったと思しき頃合いであった。

今回のニコニコ超会議2016のメインイベントである超歌舞伎の主役を獅童がつとめるについて、案内があったので出席の返事をしたのは、ニコニコ超会議なるものが如何なるものか、実際を見ないことには見当もつきかねる。「社会勉強」にもなることだし、その中で演じられる「超歌舞伎」なるものが如何なるものか、この機会にひとつ見ておこうかと、むらむらと興味が湧いてきたのである。酔狂・物好きと言わば言え、同日同時刻、紀尾井ホールでは竹本駒之助が『媼山姥』の「廓噺の段」を語るのを、ニコニコ超会議の獅童に乗り換えたのだから、愚挙と断ずる人がいたって不思議はない。

超歌舞伎『今昔饗宴千本桜』はかの松岡亮の脚本にして大正百年という超未来が現実、初音美玖(登場人物の役名である)の脳内で大過去に遡ったところが『義経千本桜』の時代という設定、獅童は『千本桜・鳥居前』の仁王襷を付けた忠信の扮装で、初音ミク扮する(と言っていいのか)美玖姫のために奮戦する。「鳥居前」あり「花矢倉」あり、その他観衆の歌舞伎イメージを満足させるような立回りの手を惜し気もなく見せて、青龍の精なる悪を倒すために獅童が大奮闘する。カラミ、鳴物その他、歌舞伎側は藤間勘十郎演出・振付によるすべて本物が出演しての初音ミク側とのコラボレーションである。この日が超歌舞伎公演の一日目で三公演、翌日が二公演、各ほぼ一時間という上演時間を獅童が初音ミク嬢と共演する。大変な運動量(!)と言わねばなるまい。

大団円には、特性舞台を駆け回っては、サアサアサアというように場内を煽っていやが上にも盛り立てようとするサービスも堂に入っている。5千人と聞いたが大観衆の場内から「萬屋!」と、結構悪くないタイミングで掛け声も掛かる。この場にいる観衆にとって、獅童は歌舞伎の世界からやってきた使者であり、(「月よりの使者」という映画が昔あったっけ!)何よりもまず、獅童はそのイメージによく似合っている。おそらく現在の歌舞伎界の誰よりも、獅童はこの役割にふさわしいに違いない。そもそも、この空間、醸し出されるこの空気、知名度、どれをとっても、獅童以上に程よくマッチングできる歌舞伎俳優がいようとは思われない。私としても、こういう獅童の姿を見ていれば、少なくとも好感を抱かざるを得なくなる。見終わって、滔々たる大河の流れのような人の波に流されながら、「凄い迫力だなあ、びっくりした」といった声を幾つか耳にした。これを最大公約数の感想と考えてよいとするなら、獅童は、歌舞伎伝道師という自分に課せられた責務を十分に果たしたことになる。

それにしても、と少々の負け惜しみを交えながら蛇足を加えると、前半を見はぐっても、会場へ向かう途中で他の超会議の催し会場に紛れ込んであの異空間の洗礼を受けておいたのは、結果としてよかったと思う。ロックの大音響が鳴り響く中、イマドキの若い人々の興味を引きそうなありとあらゆるものがごった煮状態で、差別なく並列されて行われている。「自民党」だの「民進党」だのという、いかにも場違いそうなコーナーまであって、たまたま通りかかったときには、自民党の代議士と思われる人物が黒スーツ姿の街頭演説と寸分たがわぬスタイルでアベノミクスが何とやらという演説をしていた。まるで地獄極楽巡りをしているみたいなもので、これで頭がおかしくならなかったらどうかしている、ようなものだが、こういう洗礼を受けた後に見た「わが獅童」は、間違いなくちょいとしたものであった。

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