随談第117回 スポーツ随談

夏場所が終わったが、優勝決定戦の白鵬と雅山の一戦を見てなつかしいような感動を覚えた。四つ相撲の醍醐味というものを久しぶりに味わった感動である。相撲ぶりといいふたりの風格といい、ふた時代前ぐらいの横綱同士の一戦を見ているような味があった。

白鵬は先場所ひと場所で見違えるように化けた。逸材であることはもちろんわかっていたが、しかしそれまでは何かヤワで、立会いにあらずもがなの変化をして軽くこなしてみたり(朝青龍がそれで怒りを露わにしたことがある)、賢そうなのが裏目に出て自己満足しているような風が見えるのが気になったが、先場所来まったくレベルの違う相撲取りになった。(いまここで栃東を引き合いに出すのは気の毒だが、栃東は遂に化けることができなかった。彼の頭脳と感受性は、勝負師であるより評論家に向いているのだろう。せめて名大関として全うさせてやりたいが、うっかりすると陥落しかねない危うさがある。)

双葉山は関脇で大化けして連勝を始めるまでは、うっちゃりで勝つ相撲が多くてあまり評価されていなかったというが、そういえば同じタイプの大鵬も、自分の相撲を確立するまでは、一気に出てこられると弱く、柏戸はおろか、栃光や房錦あたりにもときどき苦杯を喫していたものだった。(若羽黒がもちゃもちゃした押し相撲で何度か、あっという間に自分を追い越していこうとする大鵬を負かしては、鬱憤を晴らしていたのがじつに面白かったっけ。)白鵬もおそらくそれと同じで、ああいうタイプが自分の相撲を確立したら不敗の横綱になるに違いない。

雅山という力士は、これまであまり好きという感じになれずにいたのだったが、この一月場所、国技館で実際の姿を間近から見て、なかなか立派な風格を備えていることを知って、一転して好感を持つようになった。大関を陥落してからの心境によいものがあったのだろう。風格のあるよき大関になるにちがいない。

さっきむかしの横綱同士の一戦といったが、最盛期の栃錦と若乃花のがっぷり四つになった相撲などは、じっとしているように見えてもじつは瞬時のすきもなく、ぴりぴりと神経が通っているのがいまも残るフィルムをみてもよくわかるが、そうしたものと別に、照国とか鏡里のような昔風の、おっとりとした相撲人形のような横綱ぶりもよかった。

今場所は話題の把瑠都が、吊り出しで二番も勝ったのがよかった。久しく見ることがなかった決まり手である。明歩谷という吊りの専門家みたいな力士もいたが、明歩谷ならずとも、以前はよく見かけたものだ。四つ相撲が少なくなったせいだろう。櫓投げに至っては絶滅品種に等しい。これにも羽島山というスペシャリストがいたが、いまどきの力士は知っているだろうか? 前にも書いた内掛けの琴ケ浜とか、いかにも曲者の職人芸だった。安馬が二枚蹴りをやってみたいと言っているそうだが、結構なことである。

それにしても把瑠都が土俵中央で岩木山を組みとめるとすぐにはりま投げで投げ飛ばしたのには驚いた。大内山という2メートル3センチの巨人大関が、これも長身の千代の山とがっぷり四つから上手投げで勝ったり、若乃花を両上手から引きつけて寄り切ったりしたのを覚えているが、大内山の大成をはばんだ巨人型力士の脆さが把瑠都にはなさそうなのが不気味だ。

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