随談第158回 スポーツ随談(その4)ドテラの納会

松坂の60億円騒動が大変な話題だが、既にしたり顔の論客たちが盛んに論じているから屋上屋を重ねることもあるまい。むしろ井川で30億円が転がり込むことになった阪神のエライ人が、こんなに貰っては日本の野球がダメになりはしないかしらと言っているのが面白い。同じことを批評家が言うのより、何層倍ものガンチクがある。

松坂では、西武球団の納会というのに出席し、ドテラ姿で盃を受けていると、先輩投手の石井が宴会場の一番端の席でドスの利いたおっかない顔で松坂の方をにらんでいる。コレはちょっと凄いなあと思っていると、画面が変わって、正座した石井が松坂にお酌をしているショットが映った。オイ松坂チョット来い、というようなセリフがその間にあって、こういう場面のような次第になったのに違いない。

ほんの数秒のこの二つのシーンを見ただけで、石井という先輩選手の胸中やら人柄やらが透けて見える。石井っていい奴だなあ、とも、人生ってつらいよなあ、とも、人間バンザイ、とも、その他いろいろな受け取り方が、人さまざまに出来るだろう。もしこの場面を歌舞伎でやるなら、石井の役は左團次がきっといいだろう。外題は『乱飛弗剛球』(みだれとぶどるのつよだま)、場面は三幕目「西武球団納会の場」である。

それにしても、プロ野球チームの納会というのは、巨人が熱海の温泉旅館の大宴会場で一同ドテラ姿でやるのはよく知られているが、西武も、場所は知らないがやはり一同ドテラ姿でやっているらしい。いまどき、こんな格好でこんな形式で忘年会だの納会だのをやるのは、よほど平均年齢が高く、意識も旧弊な中小企業ぐらいなものだろう。

別にドテラがいけないわけではないが、しかしこの納会の光景がなんともオカシクてやがてカナシイのは、日本のプロ野球というものがいかにオジサン体質の社会であるか、これほど雄弁に物語るものはないからだ。(サッカーの選手たちも、ドテラを着て納会をやるのだろうか。かの中田のドテラ姿というのも興味があるが・・・)

(そういえば、楽天の野村監督が胃腸薬のCMに出ているのがつい笑ってしまう。長塚京三の部長さんらしい人が忘年会の会場で社員たちに「飲む前に」と言うと、社長とおぼしい野村が「飲む」と言ったまま、しばし間が空く。と、長塚部長が「・・・です」と場を取り繕って締めくくる。野村のボケ役がなかなか絶妙なのだが、ニンソウ・フウカク共に、いかにも中小企業の社長らしいのがおかしい。)

阪神ファンのオジサンたちを見れば明らかなように、日本のプロ野球を支えてきたのはニッポンのオジサンたちである。いかに改革が必須だといっても、あのオジサンたちを切り捨てたりしたら罰が当る。しかしもっとエライおじさんたちも含めて、日本のオジサンたちの最も苦手とするのは、国際感覚の土台にある非人情な人間観とドライな金銭観である。ポスティングなどという生き馬の目を抜く修羅場のルールに阪神の重役さんが途惑うのも無理はない。ディープインパクトの失敗も、煎じ詰めれば競馬界のオジサンたちの国際感覚の疎さにある。ここで言うオジサンとは、かならずしも年齢に関わらない。私の見るところ、ミキタニ氏もホリエモン氏も所詮はオジサンである。ムラカミクンはどうかな?

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