わが時代劇映画50選(その9)『青春銭形平次』市川崑監督、東宝、1953年

つい最近、永年の再会の夢がようやくかなった。大谷友右衛門の主演映画『青春銭形平次』である。「天晴れ一番手柄」という角書きがついている。銀座松坂屋の裏にあった銀座コニーという映画館で見たことまで覚えているが、若き日の市川崑の監督と知ったのはのちのことで、中学1年生の当時の私はまだ監督という存在にまで気が回らなかった。

もっとも当時は、面白いというより何だか変てこな映画、というのが正直な感想だった。そこが市川崑たるところで、当時銭形平次といえば大映で長谷川一夫がシリーズにしていた銘柄品で、だからこそ、定番をひっくり返し、おちょくりながら才気と腕の冴えを見せようというのが狙いであったに違いない。いまにして思えば、そういう市川監督が、なぜ当時の大谷友右衛門を平次役に選んだのかに興味が湧く。つまり、素材として、である。

「一番手柄」とあるように、この平次はまだ売り出し前というより、いつまでも売り出せずにいるぼんやり平次である。ガラッ八の伊藤雄之助に平次さんと呼ばれて、親分と言えと言ったりする。まだ独り者で、お静は近所の豆腐屋の娘で互いに気がありながら喧嘩ばかりしているという間柄。『青い山脈』など昭和20年代の東宝を象徴する青春映画の、そのまた象徴のような存在だった杉葉子にお静をさせたところが、市川崑たる所以だろう。杉葉子が時代劇なんて当時の常識では考えられないことで、(男みたいだ、という新聞評がたしかあったはずだ)当然だが市川崑は「時代劇」など作る気ははじめからないのだ。

友右衛門の起用というのも、そこらに関わることであるはずで、いわゆる時代劇俳優では全然だめだろうし、といって現代劇の俳優でもやっぱりうまくないわけで、成功とはいえないまでも友右衛門もその意に沿っての仕事ではあったろう。とにかく、あの軽さはちょっとしたものだ。投げ銭がもったいないからゴム紐をつける、という軽さが似合うのだ。

ファーストシーンは銀行強盗が自動車で逃走中激突して死亡、その新聞記事に、あ、まちがえました、これは昭和28年でした、というガラッ八の声が重なるというもの。つまり八五郎はやや傍観者的な語り手でもあるわけで、伊藤雄之助にしても、ようやくその怪優ぶりが評判になりだしたころだったろう。(それにしても友右衛門といい、初代宗之助の子たる雄之助といい、意外なところで会いましたなあ、というところだ。)

与力の笹野新三郎を伊豆肇がやっているのもこの時代の景色である。地味だが20年代の東宝映画を語る上で欠かせない俳優で、この配役がおそらく監督の起用に一番応えているのではないかという気がする。笹野の旦那がお呼びだというので平次が、オイ仕事だ、とガラッ八とともに駆けつけると畳替えの手伝いだったり、江戸中を探索するのに使った必要経費を申告したり、といった場面でなかなかいい味を見せている。

事件は偽小判を勘定奉行の配下が江戸中にばらまいているというもので、ひょんなことから平次が手柄を立てる。偽小判で困るのは金のあるものだけ、貧乏人はかえって得をする、と犯人や八五郎に言わせたり、小川虎之助の老中が閣議中に葉巻を吹かしたりする。もちろん当時の首相吉田茂の当て込みだが、捕物を『雄呂血』ばりの大チャンバラにしたり、才人ぶりをいろいろ発揮するが、さて友右衛門は市川監督の気に入っただろうか。

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