随談第201回 観劇偶談(その93)菊之助という役者は・・・

『NINAGAWA十二夜』再演の初日を見た。部分の改変や手直しはあるものの、大略は変わらず、しかしすべてを洗いなおした感じで、良き意味での慣れはあってもイージーな慣れは感じられないのが、初演以上の成果となった最大の理由であろう。

なんといっても、菊之助の自信溢れる舞台ぶりが印象的である。琵琶姫と獅子丸の間をめまぐるしいまでに往復するのが、単なる仕分けでなく、琵琶姫の中から獅子丸が、獅子丸の中から琵琶姫が現れるかのように見えるのが面白くも素敵である。この面白さは初演にはなかった。

あのときは、じつに巧みに男になったり女になったりしみせる面白さがチャームだった。だが今度は、いまは獅子丸でありながらふと琵琶姫になってしまったり、これではならじとまた獅子丸になったりするのが、単に心の揺れの表出に留まらずに(菊之助自身の演技としてはそのつもりでしているのであったとしても)、そのこと自体が琵琶姫という、また琵琶姫がなりすましている獅子丸といういわば架空の人物の、人間としての愛らしさや善良さや、といったチャームとなって現われる。つまり、演じている菊之助自身の計算以上の人物として息づいている。そこがすばらしい。芝居を見ていて、面白い、と感じさせるのは、こういう瞬間なのだ。そうして、それはまた、菊之助という俳優が幾回りも大きく成長したことを、何よりも雄弁に物語る証しでもある。

海老蔵などに比べ、強烈な個性を発散させることの少ない菊之助は、一見すると無個性のようにも見える。少なくとも、端正で行儀のよい舞台ぶりから、彼が何を考えて演じているかを感じ取ったり、推測をしたりするのはかなり難しい。

ごく若いときから、私は菊之助に祖父梅幸の面影を見出していた。『新世紀の歌舞伎俳優たち』という、その時点での若手花形を論じた本を書いたのは2001年のことだから、もう六年にもなるが、その中で私は、菊之助のなかに見る梅幸の面影を手がかりに、当時の菊之助のことを考えようとしたのだった。基本的には、その考えはいまでも間違いではないと思っている。菊之助の名を襲名するときに演じた、その名もゆかりの弁天小僧菊之助の中に、私は、実際には見たことのない若き日の梅幸の姿を見出したのだった。そうして梅幸も、強烈に自己を発揮するという人ではなかったのである。

その後菊之助は、海老蔵がブレークした『源氏物語』の紫の上で、緋の袴をはいてどすどすと大股で歩いたり、外部出演してゴッホの若き日を演じたり、しばらく惑いの日々が続くかと見えたりした。(誰もが言う『グリークス』のことは敢えて言うまい。)女形を演じるのを嫌っているかとさえ見えた。だがその惑いの日は、いまから振り返れば、さほど長くはなかったようでもある。いや、長い短いよりも、その日々を抜け出してからの彼の歩みを見るとき、私は菊之助という人の、役者としての聡明さを思わずにはいられない。それは、わたしの予測や推測を大きく超えるものだったようである。どうして端倪滑らざる、なかなかの「サムライ」なのだということに、不明ながら私は、この頃になって気がついたのである。

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