随談第648回 来年も宜しくお願い致します

吉右衛門逝去という大浪をかぶって、それに関わる原稿を書いたり、と思っていたら数え日となってから身近に葬儀があったり、何かと慌ただしくしているうちに(この「慌ただしい」の「慌」という字ほど、実情を穿った文字はあるまい。なるほど、「心」が「荒らされて」いるわけだ)早や、大三十日(おおみそか)である。慌ただしいとはいえそれなりに書くこうとしていたこともあったのだがもう時がない。... 続きを読む

随談第647回 歳末PR

今年も早や師走を迎え、コロナ歴第二年も暮れなむとしている。ヤクルト・スワローズが制覇したり照ノ富士が全勝で連覇したり、贔屓ごころを満たしてくれた良きこともあったが、もうそろそろ下火かと思うと次々と新手の変異ウィルスが這い出して、マスクはこのまま21世紀風俗として定着してしまいそうな気配である。マスクという代物は、元来、西洋伝来のもので(宗十郎頭巾とか御高祖頭巾とか、お忍びやら防寒やらの目的で面を覆う優美な風俗はあったが、防菌という即物的且つ不粋なものではない)、100年前にスペイン風邪が猛威を振るった時がきっかけだったと言うが、西洋ではあくまで医療従事者の必要品に留まって一般人の間には定着しなかった模様だが、日本では(もしかすると西洋伝来というハイカラなものだとあこがれたのかもしれない)マスク好きという人種が誕生した。子供心に覚えているのは、正面から見ると正方形、横から見ると烏天狗みたいに真ん中がとんがっている黒いマスクをしている男性をよく見かけたものだった。おまけに黒いインバネスなど羽織っていると何とも陰気臭くて子供心にも恐ろし気で、気が滅入りそうだったのを思い出す。この戦前風の風俗は戦後しばらくまで存続したが時世の変化とともにやがて廃れ、代わって、インフルエンザだ花粉症だと理由をつけて、マスク愛好者が一定数、常に存在し続けてきたのが今日まで底流となってきたわけだろう。その間のひと頃、ゲバ学生という、いまや古語となった人達が武威を揮った時節があって(大学紛争華やかなりし昭和40年代だから、かれこれ何と半世紀の昔である!)、ヘルメットに手拭いで顔を覆った風俗が跋扈したのも一種のマスク文化史を担う一コマだったが、布製の白のマスクというオーソドクシイが改めて確立したのはコロナ禍下(発音しにくい!)に置いてと言える。やれやれ、というほかない。... 続きを読む

随談第646回 新派公演『太夫さん』

10月の各座で最も感慨深く見たのは新橋演舞場の新派だった。国立の梅玉の『伊勢音頭』の貢もよかったが、梅玉のことはこの前『須磨の写絵』の行平の時に書いたから今回は措くことにして、新派公演で『太夫さん』を見ながらつくづく思ったのは、こういうのが、我々がかつて親しんできた芝居だったのだということである。セリフのやり取りをじっくり聴きながら、大局から微細な綾までを味わい、且つ辿りつつ、大役脇役端役に至るまで、役者一人一人の芸を愉しむという、敢えて繰り返すがこういうのが、かつて私たちが親しんできた「お芝居」というものだったのだ。大声でわめきながら舞台上を駆け回る昨今の「演劇」と、こうも変わってきたものかと、改めて思いを致さざるを得ない。... 続きを読む

随談第645回 ながつきだより

この前、蔓延防止措置をマンボウと呼んだことから北杜夫の「どくとるマンボウ」を思い出したと書いたのを覚えておいでかどうか。こちらはそれから思い立って、マンボウではなく『楡家の人びと』を読むこととなった。いずれはもう一度読み直したいと思っていたことではあったが、半世紀の余を隔ててしばしの幸福に浸ることが出来たのだから、まったく禍福は糾える縄の如く、何が幸いするかわからない。... 続きを読む

随談第644回 休載の弁

先月末、ちょうどこのブログを書く時期に、わがPCのメール送受信の機能に原因不明のトラブル発生、余儀なく休載ということになった。だからこの第644回は二カ月ぶりということになる。ワープロとしての機能は無事だったから、8月10日締切りの『演劇界』の10月号特集に載せる原稿を仕上げ、メールでは送れないからFAXでと思ったら、これも何故か「送信できませんでした」という機械音に冷酷にも送信拒否され、ならばと、速達郵便という最も古典的にして最も確実な手段で原稿を送ってから、近所のYAMADA電機に二泊三日で検査入院させて、どうやら無事、退院してきたのが終戦記念日の二日前だった。一介のフリーランスの老いぼれ物書きから大手銀行のATMのトラブルと、事の大小を問わず、通信からマネーの流通その他その他、コンピューターという神サマに世の中のありとあらゆる手段をこんなにおんぶにだっこをさせてしまって大丈夫なのかという疑念を、私は今もって拭えずにいる。... 続きを読む

随談第643回 勝手にしやがれ

開催自明、というムードになったのに歩調を合わせる如く、東京のコロナ感染者の数字が日に日にじわりじわりと上がるという、綱渡りを見るような日が続く。勝手にしやがれ。もう、どうなったって知らないからね、と高みの見物を決め込んで眺めるなら、なかなかスリリングな日々である。一介の市井の民としては、せいぜいワクチンでも打って眺めているしか、本当になんにも仕様がない。五輪開催中にハルマゲドン到来となった時の、SさんやBさんの顔が見られるのはオリンピックの競技を見るより、いとおかしきものであるかもしれない。先ごろの国会で本当に五輪は開くのかと迫る野党議員に対して「私はさっきから何度もお答えしています。いいですか、よく聞いてください」と念を押した上で「安心安全」を唱えている。そう、かの仁の中では開催宣言は自ずから疾うになされているのである。紋切り型の念仏と言うが、同じことを訊かれるから同じことを答えているまでなのだ。... 続きを読む

随談第642回 五月のもろもろ

このところ芝居の話をあまりしていなかったから、今回はそのお噂から始めよう。五月の歌舞伎座では、3部の中で売れ行きが一番良かったのは第一部であったらしい。松緑の『土蜘』が人気というか注目の的であったという。まあ、祖父の二代目が兵隊から帰ってすぐつとめたのが、六代目菊五郎から「後世畏るべし」と評されたという話が残っているほどだから、当代としても期するところあってつとめたのであろう。猿之助が頼光を付き合っていたが、芸はもちろんちゃんとしているがどうしてもいたずきにある人という感じがしないから、見ている内に時々、智籌を猿之助がしているような錯覚が起こる。つまり猿之助と錯覚するほどの僧智籌であり土蜘の精であったということになる。... 続きを読む

随談第641回 ワクチンと朝鮮人参

三度目の緊急事態宣言が発出となったが、彼れを見、此れを見、腰の定まらない手の内が見え見えで、いずれ期日が切れれば延長必至という情けない切り札である。本降りになって出てゆく雨宿り、という川柳がありましたっけ。大手町に自衛隊が出動、マンボウ実施地域から緊急事態宣言実施地域へと高齢者を移動させてワクチン接種をするというのは、英断といえば英断だろうが、ワクチンさえ何とかなればオリムピックも何とかなるかもしれないという実は神頼みの一手。そこで思い出すのが、かつての歌舞伎・講談・落語から時代小説・大衆劇等々によく出てきた朝鮮人参という不治の病も治すという特効薬である。親が不治の病にかかって明日をも知れぬ命、朝鮮人参さえ手に入れば、と医師に言われても及びもつかぬ高値(コウジキと読みます)、そこで孝行な娘が吉原に身を売って・・・という風にストーリーが展開するというのがお定まりであった。嗚呼、ワクチンさえ間に合ったなら!(嗚呼、朝鮮人参さえ手に入ったなら!)緊急事態宣言下のオリムピック開会式という光景は、世界史に残る“人類の英知の証し”となるであろう。本降りどころか、暴風になって出てゆく雨宿り、か?... 続きを読む

随談第640回 マンボウ騒ぎ

テレビのワイドショーやニュースを見ていると、マンボウマンボウと頻りに言う。魚のマンボウのことかと思うと、コロナ対応の話で「蔓延防止特別措置」の略称と知れた。それなら、「金棒」とか「願望」などと同じフラットなイントネーションになる筈だが、魚のマンボウと同じく頭にアクセントを置いている。私などの世代の者には、北杜夫の「どくとるマンボウ」を思い出したりしてちょっぴり懐かしくないこともないが…と、ここまで書いて、後は明日ゆっくり書こうと寝てしまい、一夜明けてテレビを見、新聞を開くと、このマンボウ一件のことが俄かに問題となっている。政府にとって重要なコロナ対応策を茶化したような言い方を政府関係者やマスコミまでが無自覚に使うのはおかしいではないか、というのが論調であるようだ。私はてっきりSNFかどこかで茶化したのが広まったのかと思っていたら、聞いているとどうやら言い出しっぺはかの専門委員会の尾身会長で、ご自身としては、若い人にも親しみやすいようにと、いいつもりで言い出した、ということであったらしい。おやおや、である。... 続きを読む