随談第657回 木槿から金木犀へ

もう忘れている人、そもそも知らなかったという人の方が、今となっては大多数だろうが、昭和の昔のいっとき、吉右衛門と仁左衛門をライバル視するあまり両者のファンの間にかなり過熱した関係が生まれたひと頃があった。ご当人同士はどうであったかは知らないが二人とも丸本物を得意としたためもあって、当たり役が競合したことが、熊谷なら、盛綱なら、実盛なら、孝夫の方がいい、いや吉右衛門の方が、ということになったわけだろう。それから久しい時が経ち、仁・柄・芸風、それぞれの良さを認め合えば自ずから、時とともにめでたく棲み分けも出来、評価も安定したわけだが、一時は、双方のファンの間で一触即発のような空気さえあったものだった。まあそれだけ、熱烈な支持者がそれぞれにあったればこそで、歌舞伎がそれほど活気に包まれていたればこそであったとも言えるが、今はむかしの物語、秀山祭の一周忌に『七段目』の大星をつとめる仁左衛門を見ながらゆくりなくも思い出した。... 続きを読む

随談第656回 よしなしごとばかり

毎年8月は自主公演やら勉強会やらが並んで、これがちょっとしたおたのしみになっているが、思い出すのは、世紀の変わり目頃だったか各種の自主公演が目白押しだったのが、何年か続いたひと頃があった。京蔵が『吉野川』の定高をしたり丸本物の大物に挑むなど意欲作も多かったが、そうなると毎回のように葵太夫が引っ張り出される。この種の会は土曜日に行われることが多かったので、ある年の8月など、毎週土曜日になると葵太夫の顔を見ていたという夏もあった。その葵太夫も今や人間国宝、役者の方も今やベテランと呼ばれる年配になっている。20年余はひと昔、である。評は『劇評』第6号に載せる予定なので、そちらをご覧いただきたい。... 続きを読む

お詫び 水野久美さんについてのこと

今月2日付の随談第655回に、水野久美さんについて訃報を聞いたという趣旨の一文を載せましたが、お読みになった方からの指摘を受け、調べたところ、私の思い違いであったと認めざるを得ないようです。水野さんには大変失礼なことを致しました。また、お読み下さった方々にも申し訳ないことでありました。ここに訂正・抹消の上、お詫び申し上げます。... 続きを読む

随談第654回 ON THE SHADOWY SIDE OF THE STREET

街を歩いていて「片陰」という言葉を思い浮かべる季節となった。日が高くなって、道の片側にしか日陰が出来ない。陽ざしを避けてその日陰を拾って歩くようになると、もう夏だなと思う。反対に、陰になっている側を避けて日当たりのいいところを選って歩くようになると、そろそろ冬だなと思う。もっとも「片陰」は季語としては夏という約束だが、それよりも、いまどきそんな歩き方をしていると鋭い警笛に非難叱責されるかもしれないから(「叱声」に対する「叱笛」(しってき?)という言葉が出来て然るべきか)、片陰、などという言葉は日常語としては絶滅危惧語になりかねない。先ごろの朝ドラの『カムカムエヴリバディ』で(あれはなかなかよかった。朝ドラ近来の佳作だった)、ルイ・アームストロングのON THE SUNNY SIDE OF THE STREETがテーマになっていたが、あれは日本の冬の時代が舞台だったからという隠し味だったのだろうか。... 続きを読む

随談第653回 あれこれ

マスクをしなくてもよい場合、というのを政府が決めたというニュースがあったが、それなりの反響に留まっている感じだ。例によってテレビのワイドショーの識者が、同調圧力だの、個人の自主性だのと言った声を発している。これまたいかにも日本的な「景色」であろう。マスクは第二のワクチンである、と力説していたお医者さんもいたはずだが、歯痛から緑内障まで、私はいま現在罹っている医療に関することは一切、専門医の言うことをそのまま信用することにしている。... 続きを読む

随談第652回 富士尽くし

濃厚接触者なるものになって、幸い陰性で済んだものの、月初めの7日間は外出自粛となり前売りで買っておいたチケットはフイになった。お払い戻しは致しませんという約束だから、丸損である。改めて中日過ぎの切符を買って無事見物はしたが、何だか不戦敗のような気がしないでもない。黙阿弥の芝居などで耳にする、三百落としたような心持ちとはここらのことを言ったものか。劇評は、先月から始まった木挽堂書店発行の『劇評』第二号に書いたのでそちらをご覧いただきたい。... 続きを読む

随談第651回 雑誌『劇評』三代記

コロナの騒ぎが最早「騒ぎ」ではなく「常態」と心得るべきこととなった感のある一方、露国のウクライナ侵攻という一件は、なんとなく終末論的な要素すら孕んでいるやに覚える。そんなのに比べれば小せえ小せえと思うべきなのかもしれないが、話をわが歌舞伎に関わることどもに限っても、いろいろ波乱含みの事態が続いている。が、そんな中にも「いい話」もちゃんとある。... 続きを読む

随談第650回 最後のラ・マンチャ

オミクロン株に変容して以来、コロナ感染の噂は俄かにあちこちで耳にするようになったが、この月の演劇界も、文楽は早々と全面休演してしまったが、あちこちで出演者に陽性反応が出て休演、再開、また休演と、間を縫ってのジグザグ公演を余儀なくされている。東宝ではこの二月、『笑う男』を帝劇で、「ファイナル公演」と角書き?のついた白鸚一世一代の『ラ・マンチャの男』を日生劇場で興行を行なったが、当初、同日の昼と夜に報道関係者に予定されていた観劇招待日が休演となって数日後、帝劇を昼の部に招待、夜の日生の方は満席なのでロビーで映像をご覧になることになりますというので、ウームと一瞬迷ったが劇場にいながら生の舞台を見られないのも皮肉な話とやめにしたら、また二、三日後、今度は席を作りましたという知らせを貰ったので早速出かけた。とにかくこれが、白鸚として最後の『ラ・マンチャの男』である。その心境や、思い遣らざるべしである。... 続きを読む

随談第649回 『演劇界』・吉右衛門、そして・・・

アルファ、ベータ、ガンマーぐらいまでなら大概の人が知っているギリシャの伊呂波文字も、オミクロンとなるとちょいとガクのある人でないと知らなかったろう。次々と新手が繰り出してくるさまはドロ沼永久戦争の様相。三年目を迎えたこの時期は、太平洋戦争であったら、既に一昨夏にミッドウェイで大敗を喫し、昨年には山本五十六大将の戦死だのアッツ島玉砕だのを経て、この年の秋には遂に特攻作戦が始まるという、じり貧の悪戦苦闘の真っ只中に相当するわけだ。してみるとワクチンは神風か。あーあ・・・... 続きを読む