お詫び 水野久美さんについてのこと

今月2日付の随談第655回に、水野久美さんについて訃報を聞いたという趣旨の一文を載せましたが、お読みになった方からの指摘を受け、調べたところ、私の思い違いであったと認めざるを得ないようです。水野さんには大変失礼なことを致しました。また、お読み下さった方々にも申し訳ないことでありました。ここに訂正・抹消の上、お詫び申し上げます。... 続きを読む

随談第654回 ON THE SHADOWY SIDE OF THE STREET

街を歩いていて「片陰」という言葉を思い浮かべる季節となった。日が高くなって、道の片側にしか日陰が出来ない。陽ざしを避けてその日陰を拾って歩くようになると、もう夏だなと思う。反対に、陰になっている側を避けて日当たりのいいところを選って歩くようになると、そろそろ冬だなと思う。もっとも「片陰」は季語としては夏という約束だが、それよりも、いまどきそんな歩き方をしていると鋭い警笛に非難叱責されるかもしれないから(「叱声」に対する「叱笛」(しってき?)という言葉が出来て然るべきか)、片陰、などという言葉は日常語としては絶滅危惧語になりかねない。先ごろの朝ドラの『カムカムエヴリバディ』で(あれはなかなかよかった。朝ドラ近来の佳作だった)、ルイ・アームストロングのON THE SUNNY SIDE OF THE STREETがテーマになっていたが、あれは日本の冬の時代が舞台だったからという隠し味だったのだろうか。... 続きを読む

随談第653回 あれこれ

マスクをしなくてもよい場合、というのを政府が決めたというニュースがあったが、それなりの反響に留まっている感じだ。例によってテレビのワイドショーの識者が、同調圧力だの、個人の自主性だのと言った声を発している。これまたいかにも日本的な「景色」であろう。マスクは第二のワクチンである、と力説していたお医者さんもいたはずだが、歯痛から緑内障まで、私はいま現在罹っている医療に関することは一切、専門医の言うことをそのまま信用することにしている。... 続きを読む

随談第652回 富士尽くし

濃厚接触者なるものになって、幸い陰性で済んだものの、月初めの7日間は外出自粛となり前売りで買っておいたチケットはフイになった。お払い戻しは致しませんという約束だから、丸損である。改めて中日過ぎの切符を買って無事見物はしたが、何だか不戦敗のような気がしないでもない。黙阿弥の芝居などで耳にする、三百落としたような心持ちとはここらのことを言ったものか。劇評は、先月から始まった木挽堂書店発行の『劇評』第二号に書いたのでそちらをご覧いただきたい。... 続きを読む

随談第651回 雑誌『劇評』三代記

コロナの騒ぎが最早「騒ぎ」ではなく「常態」と心得るべきこととなった感のある一方、露国のウクライナ侵攻という一件は、なんとなく終末論的な要素すら孕んでいるやに覚える。そんなのに比べれば小せえ小せえと思うべきなのかもしれないが、話をわが歌舞伎に関わることどもに限っても、いろいろ波乱含みの事態が続いている。が、そんな中にも「いい話」もちゃんとある。... 続きを読む

随談第650回 最後のラ・マンチャ

オミクロン株に変容して以来、コロナ感染の噂は俄かにあちこちで耳にするようになったが、この月の演劇界も、文楽は早々と全面休演してしまったが、あちこちで出演者に陽性反応が出て休演、再開、また休演と、間を縫ってのジグザグ公演を余儀なくされている。東宝ではこの二月、『笑う男』を帝劇で、「ファイナル公演」と角書き?のついた白鸚一世一代の『ラ・マンチャの男』を日生劇場で興行を行なったが、当初、同日の昼と夜に報道関係者に予定されていた観劇招待日が休演となって数日後、帝劇を昼の部に招待、夜の日生の方は満席なのでロビーで映像をご覧になることになりますというので、ウームと一瞬迷ったが劇場にいながら生の舞台を見られないのも皮肉な話とやめにしたら、また二、三日後、今度は席を作りましたという知らせを貰ったので早速出かけた。とにかくこれが、白鸚として最後の『ラ・マンチャの男』である。その心境や、思い遣らざるべしである。... 続きを読む

随談第649回 『演劇界』・吉右衛門、そして・・・

アルファ、ベータ、ガンマーぐらいまでなら大概の人が知っているギリシャの伊呂波文字も、オミクロンとなるとちょいとガクのある人でないと知らなかったろう。次々と新手が繰り出してくるさまはドロ沼永久戦争の様相。三年目を迎えたこの時期は、太平洋戦争であったら、既に一昨夏にミッドウェイで大敗を喫し、昨年には山本五十六大将の戦死だのアッツ島玉砕だのを経て、この年の秋には遂に特攻作戦が始まるという、じり貧の悪戦苦闘の真っ只中に相当するわけだ。してみるとワクチンは神風か。あーあ・・・... 続きを読む

随談第648回 来年も宜しくお願い致します

吉右衛門逝去という大浪をかぶって、それに関わる原稿を書いたり、と思っていたら数え日となってから身近に葬儀があったり、何かと慌ただしくしているうちに(この「慌ただしい」の「慌」という字ほど、実情を穿った文字はあるまい。なるほど、「心」が「荒らされて」いるわけだ)早や、大三十日(おおみそか)である。慌ただしいとはいえそれなりに書くこうとしていたこともあったのだがもう時がない。... 続きを読む

随談第647回 歳末PR

今年も早や師走を迎え、コロナ歴第二年も暮れなむとしている。ヤクルト・スワローズが制覇したり照ノ富士が全勝で連覇したり、贔屓ごころを満たしてくれた良きこともあったが、もうそろそろ下火かと思うと次々と新手の変異ウィルスが這い出して、マスクはこのまま21世紀風俗として定着してしまいそうな気配である。マスクという代物は、元来、西洋伝来のもので(宗十郎頭巾とか御高祖頭巾とか、お忍びやら防寒やらの目的で面を覆う優美な風俗はあったが、防菌という即物的且つ不粋なものではない)、100年前にスペイン風邪が猛威を振るった時がきっかけだったと言うが、西洋ではあくまで医療従事者の必要品に留まって一般人の間には定着しなかった模様だが、日本では(もしかすると西洋伝来というハイカラなものだとあこがれたのかもしれない)マスク好きという人種が誕生した。子供心に覚えているのは、正面から見ると正方形、横から見ると烏天狗みたいに真ん中がとんがっている黒いマスクをしている男性をよく見かけたものだった。おまけに黒いインバネスなど羽織っていると何とも陰気臭くて子供心にも恐ろし気で、気が滅入りそうだったのを思い出す。この戦前風の風俗は戦後しばらくまで存続したが時世の変化とともにやがて廃れ、代わって、インフルエンザだ花粉症だと理由をつけて、マスク愛好者が一定数、常に存在し続けてきたのが今日まで底流となってきたわけだろう。その間のひと頃、ゲバ学生という、いまや古語となった人達が武威を揮った時節があって(大学紛争華やかなりし昭和40年代だから、かれこれ何と半世紀の昔である!)、ヘルメットに手拭いで顔を覆った風俗が跋扈したのも一種のマスク文化史を担う一コマだったが、布製の白のマスクというオーソドクシイが改めて確立したのはコロナ禍下(発音しにくい!)に置いてと言える。やれやれ、というほかない。... 続きを読む