随談第573回 今月の舞台

何とか無事手術が終わり、両目が開いて娑婆へ釈放された翌日から各座へ巡礼ということとなった。目明きになって見る最初の舞台、歌舞伎座昼の部『操り三番叟』の幕が開くと、雛壇に長唄囃子連中が居並んでいるひとりひとりの目鼻立ちまでくっきり見える。視力1.2というのはこういうことなのか。(小学校6年生の時以来の視力ということになる!)とはいえ、当面は一日に6回、3種類の目薬を忘れずに点さなければならず、となると当然だが、6回の内何回かは出先でしなければならないのが厄介である。

ま、それはともかく。

歌舞伎座に空席が目立つということが、其処此処で囁かれている。昼夜とも新作が出し物のメインでなじみが薄いことや、菊之助、勘九郎、七之助と揃う明治座の方が活気があって面白そうだということなどが、差し当たって思いつく理由ということらしい。確かに、四日、五日と二日続けて両座を見ると、明治座の方が華やいでいる。入りの良し悪しもだが、ロビーに溢れた人波の色彩の鮮やかさが違う。

歌舞伎座には仁左衛門も出ていて、『身替座禅』『毛谷村』ともっぱら古典の演目を引き受けているが、何となく影が薄い。ちっとも悪いわけではなく、特に『毛谷村』など、「杉坂墓所」から出したり、冒頭の剣術試合に立会いの侍の衣装を違えたり、随所に独自の見識を窺わせる仕方を見せるなど、丁寧な仕事ぶりで、なすべきことはちゃんと果たしている。お園の孝太郎も精一杯の努力を見せて悪くないし、お幸に東蔵、京極内匠に歌六とくれば当節これ以上はないという配役であり、このところの仁左衛門は、透明感というのか、余計な力みが一切なく、これもひとつの境地なのであろうし、見る人が見ればそこが素敵だということにもなるに違いない。『身替座禅』も、この狂言の妙趣は朝帰りの陶然たる風情を踊りとして見せるところが肝だから、踊りが得手とはいえない仁左衛門ならではというものではないのは確かだが、何といっても品の良さが生きるし、左團次の奥方も、少なくとも我々の見た日は悪ふざけなどなく、一種古風な趣さえあって、左團次もここまで来たかと思わせる。

というわけで、両演目とも、褒めこそすれ悪く言う筋合いは少しもないのだが、昼の部の最後と夜の部のはじめに納まって、今月の一座の中で何となくお客さんのような気味がある。また幸四郎が、『不知火検校』がこの人近来の傑作と言ってよく、『幻想神空海』にも終幕に特別出演といった趣で登場する唐の皇帝がこの人ならではの異国の偉い人らしい風が素敵で、つまり今月は高麗屋大当たりなのだが、それはそれとして、昼夜を通して眺めると、今月は染五郎の月なのだなという感が強くする。もう少し正確に言えば、偉い人たちを立てながら染五郎がこまねずみのように抜かりなく気を配りながら取り仕切っている、という感じである。

『不知火検校』は、元々、十七代目勘三郎に当てて書かれた江戸のピカレスクを、幸四郎が再演、3年前の初演の折には、中村屋風の世話の小味を高麗屋風の時代の大味に力づくで変えようとしてギクシャクしたが、今回はそこらが自然体のように程よく落ち着いている。着丈を自身の寸法に仕立て直し、柄や生地も幸四郎色に染め変えて、ちょっぴりバタ臭さも隠し味程度に効かせながら見せる具合が、なかなかうまくいっていて、ここ数年来、道玄だの新三だの、黙阿弥ものの小悪党にトライしても柄にも仁にもピッタリ来ず、叶わなかった会心の幸四郎振りを見せている。近来の傑作と言った所以である。先月の『金閣寺』の大膳などを見ても、幸四郎こそ悪党の蒼白な美を見せるピカレスクを演じておそらくは当代での第一人者であろう。同じ宇野信夫作品で染五郎時代に帝劇で初演した『花の御所始末』など、もう一度手掛けて然るべきである。

そうした中で、染五郎が生首の次郎という、いうなら、しがない按摩の富の市を二代目不知火検校へと成り上がらせるプロデューサーのような人物を演じて、じつにいきいきと立ち回るその取り回しが小気味よく、悪党というには凄みだの悪の強さだのが薄味なところを突く評もあり得るだろうが、私が興味を覚えたのは、むしろこの種の役どころでこそ、染五郎という役者は生き生きと精彩を放つのだということである。

転じて、『幻想神空海』で空海を演じても、染五郎はじつに溌剌と、若き留学僧空海として舞台の上の唐の街々を歩き回る。その自負に満ちた屈託のなさは、若き明治の代に伯林はウンテル・デン・リンデンを逍遥する太田豊太郎ならぬ森林太郎青年でもあるかのようだ。二年という限られた留学期間に「密」を学び取る(学び盗る?)という難行など、口では大変そうに言いながらその実まるで意に介していないかのように、健康的である。留学仲間の橘逸勢ともども、赴く先々でさまざまな人物や妖異と出会い、会話を交わして愉しむさまは、前回の同じ作者の『陰陽師』の安倍清明の、勘九郎の源博雅のコンビとそっくりそのまま重なり合う。当事者でありながら、当事者ではない。ストーリーの真の当事者は、歌六演じる丹翁であり又五郎演じる白龍であり、空海はシャーロック・ホームズとして、逸勢ワトソンと共に謎解きに腐心はしても、いうなら主役であって主役ではなく、むしろ狂言回しであると言った方がふさわしい。そういう立場で、程良く立ち回る染五郎は、なかなかに魅力的である。染五郎空海のそのスタンスは、不知火検校に於ける生首の次郎にも類似してくる。

誤解されると困るが、私はそういう染五郎の演技を難じているのではない。夢枕獏原作のこの芝居は、畢竟、そういう芝居なのであり(筋書の演出者の言にもあるように、玩具箱をひっくり返す愉しみである)、登場人物としての苦悩やら何やらは歌六や又五郎の演じるところに任せておけばいいのだ。(もっともその分、歌六と又五郎のセリフ術というものは大変なものであり、その労は大いに報われるべきである。)膨大な原作小説から要所をつまみ上げて、2時間20分、休憩なしで一気呵成に見せるという設定も、染五郎のこの行き方でこそ可能なのであり、さもなかったら、つまりあの迷路のようなストーリーにまともに付き合っていたなら、見る側は疲労困憊したであろう。

その意味では、脚本も出演者一同も、よく頑張ったと言っていい。中程の、話が50年昔に遡って事の因縁を説明する場面を幻想劇として浄瑠璃仕立てにして、京蔵やしのぶがチャイニーズ風女義のような姿で登場したりするのは、している方もだろうが見ているこちらもちょっぴり照れくさいが、脚色者としては苦心のアイデアに違いない。新・雀右衛門が、かつての父先代の演じた妲己みたいな扮装で楊貴妃になるのもミソであろう。橘逸勢やら白楽天やら、歴史上の偉人たちを松也や歌昇がつとめてずいぶんかわいらしい様子で登場するのはご愛敬というところか。米吉や児太郎が唐代のホステス役で平素の彼らからはヘエーというほど大人っぽく(おねえさんぽく)見えるのも妙だ。

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言い忘れるところだった。『不知火検校』で、第一幕で富の市にまんまと手籠めにされる旗本の奥方の魁春と、妻を寝取られながら一向にそれと気づかないのほほん亭主役の友右衛門が、共に前回以来の持ち役だが、これがなかなかの秀逸である。(富の市が舞台の上で実際にやってのける悪行のうち、一番鮮やかで印象的なのがこの場面でもある。)魁春は、立ち居から声音から、さながら歌右衛門を彷彿させる。歌右衛門がした筈もないこういう役で、唸るほど似ているというのが面白い。(但し、零落して検校を恨んで返り討ちになる、前回から書き足された(宇野信夫の原作にはない)場面は、やや蛇足の感もある。)

それにつけても、この場が春雷の鳴る江戸の旗本屋敷、次の場が中仙道は熊谷宿近くの、向こうに夏山が迫り草いきれが匂うような街道筋、というように、流れるように場面を転換させながら話を佳境へと導いてゆく宇野信夫脚本の巧さに、今更ながら感服した。その前の浜町河岸の場から、短い時間でテンポよく運んで、富の市の悪行ぶりが増してゆく過程が手に取るように見える。

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染五郎はもう一幕、開幕に『操り三番叟』を器用に踊るが、かつての延若のことを、河内屋のおじさんの三番叟は意思のない人形の空虚感が切なかった、と筋書の「今月の役々」でうまいことを言っている。ワカッテイルんだよなあ。それにしても、毎日違う隈取でつとめたいと言っているが、どういうことなんだろう?

ところでここでも、松也が後見をつとめる。今月の松也は昼夜三役が三役、染五郎の弟分の格である。

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明治座は菊之助、勘九郎、七之助が全部で五演目からそれぞれ三役をどれも初役でつとめる。皆々、優等生の好青年らしい清々しさだが、その一方、興行のタイトルは「花形歌舞伎」でももはや単なる花形ではない、中堅俳優としての道を歩み始めているわけで、彼らが現在歩んでいる道程のそれぞれの地点で、それぞれに難しい時期に差し掛かっている。その苦しい時期を如何に乗り切るか? 極論すれば、いちいちの演目や役の芸評で褒められるか否かよりも、彼らにとって肝心なのはそちらにある。われらにとっても、むしろ見どころはそこにある。

中では七之助が、葛の葉にせよ、あるいはお吉にせよ、芸も役者ぶりも上げ潮に乗っている最中なので、成長の様子を実感させる。役者として大人になったと思わせる。葛の葉と葛葉姫の早変わりが効果的に見えるのも、人外のものにすんなりなれる七之助の仁が物を言っているが、『油殺し』のお吉となるとその正反対の質実感が不可欠になる。こちらはどうにか無難に持ち切ったというところ。葛の葉も、人間と契った女房なり母なりの質実感より、メルヘンのヒロインとしての感覚のほうが優先する。これは半ばは芸質の問題であり、半ばは女形としての芸の若さの問題であろう。(裏返せば、現在の七之助にふさわしい演目を選んだということでもある。)

ところで、それはそれとしてだが、七之助に限らず、最近の若い葛の葉たちの、「恋しくば」の歌を障子に書く曲書きの文字の何という情けないことよ。先の雀右衛門や現・坂田藤十郎あたりを最後に、墨黒々と見事に書いて見せる葛の葉が後を絶ってしまったかのようなのは、小学校から習字をきちんと教えない現代の学校教育の問題が歌舞伎の芸にもろに現れた例ともいえる。日常筆を持ちつけない悲しさは、この狂言最大の眼目の場面で画竜点睛を欠くことになる。七之助は、口に筆を咥えて書いた「葛」の字が一番ましだったのは、皮肉というべきか。

>一方勘九郎が、父の遺作『浮かれ心中』を父そっくりに演じると、その声音、その息の間の良さ、父に学ぼうとするサービス精神、この間までであったなら、「おとっつぁんそっくり」とこちらも無邪気に驚き喜んでいられたものが、却って、いろいろな矛盾やら疑問やらを感じさせられてしまう。つくづく思ったのは、もうこの狂言は賞味期限が来ているということである。なまじ勘九郎が十八代目そっくりに演じれば演じるほど、客席の笑いのボルテージがかつてのようでなくなっていることが見えてくる。これは勘九郎の演技が拙いからではない。既にこの作に、10年前のような喚起力がなくなっているからで、勘九郎(と彼を取り巻く人々)はそれに気づき、思いを致すべきなのだ。

この作が駄作だと言っているのではない。かつて父が小幡欣治の脚色で歌舞伎に仕立て、演じた1990年代には、この作は、歌舞伎ブームを巻き起こした当時の先代勘九郎の存在をアピールし、歌舞伎など縁遠いものと思い込んでいた人々を吸引し、認識を改めさせる上で大いなる役目を果たした。つまり、「期限限定の名作」だったのだ。何も百年、二百年後まで生命を保つものだけが名作ではない。すべての新作が『仮名手本忠臣蔵』や『義経千本桜』である必要はない。野球に一人一殺、ワンポイント・リリーフの名投手があるように、いっときの観客をワッと沸かせる期限限定の名作だって、あって然るべきである。勘九郎のなすべきなのは、この作をお父つぁんそっくりに(即ち「十八代目の型」で)演じ続けることではないことに、深く思いを致すべきである。今回の勘九郎としては、父の遺作を復活した『末広がり』の方が、小品ながら可能性があると言える。

『末広がり』といえば、勘九郎の太郎冠者に傘を売りつけるよろず商人になる国生が、オヤと思わせるなかなかの役者ぶりを見せる。去年あたりから大分大人びてしっかりしてきたなとは思わせていたが、今度は、これはちょっといけるぞという感じ。大化けとまではいかないが、中化けぐらいには優になる。

菊之助が『女殺油地獄』に取り組んだのは相当の意欲と自負をもってのことだろう。万端遺漏のない研究と準備を思わせる周到な演技だが、さてこの芝居、こんなにも難しくしなければならないのだろうか? 父親に対し母親に対しひいては世間の者どもに対し、さらにはお吉に対し、与兵衛が抱いているアンビバレントな心情の裏も表も、そのすべてを漏れなく表現し尽そうとすれば、説明演技に陥らなければならない。何だか、尾上菊之助ならぬ寺島和康氏のものした学術論文『女殺油地獄論』の絵解きを読んでいるような気がしてこないでもない。

(しかも、これは菊之助の責任ではないが、父親役の橘三郎も母親役の上村吉弥も、理知的で堅実な演技の持ち主だから、こんなにしっかりした両親をもったこんなに賢い青年が揃っている家庭ならそもそもあんなことにはなりそうもない、などと、つい冗談の一つも言いたくなる。)

      *

この狂言について、前々から気になっている二点。その一、序幕「徳庵堤」に登場する小栗八弥なる小姓頭、偉そうな口を利くのは代参だからいいとして、その方の鞘の鯉口、詰めようが甘そうな、などと剣術の達人でもあるかのような口を利いたり、必要以上に物々しい人物に見える。何故か?

その二。お吉の娘の、序幕ではあのおませな口を利く女の子が、油屋の殺し場では奥で赤子笛でピーピー泣くだけだ。店先であの惨劇が行われている間、あのおませな娘は何をしていたのだろう?

『油地獄』を論じる人は多いが、誰もこのことには触れないのはなぜだろう?

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随談第572回 両目が開いた

今回はちょっと近況報告。先々週と今週と二回に分けて白内障の手術をしました。一年あまり前から眼科に通い出し、緑内障だと言われて、しかしまだ点滴治療で抑えられる段階だからというので、三月ごとに通院するぐらいですんでいたのだったが、昨秋ごろから頓に視力低下、とりわけ左眼がカスミがかかったようになりこのままでいくと丹下左膳状態になる。素人考えで思うに、昨年末に出した『東横歌舞伎の時代』という一本の、とりわけ巻末の上演記録をこしらえるのに視神経を酷使した故ではないかという気がする。大元は、往時の『演劇界』巻末の月々ごとの各劇場の記録を下敷きにしたのだが、『演劇界』に限らず昔の雑誌というのは、いまのように体裁などは二の次だから(それだけ、ジャーナリスティックな感覚が強いわけだ)、たとえば、号によって、雀右衛門(雪姫)と書いてあったり、雪姫(雀右衛門)となっていたりする。『雪暮夜入谷畦道』となっているかと思うと、『蕎麦屋』となっていたりする。こちらは、本文を書き進めながら取り敢えずそのまま引き写すわけだが、さて本文が完成して、付録の上演記録を整備しようと手を付け始めて、ほとんど途方に暮れた。これを一定の方式に直すのに、相当に、視神経を酷使し、神経をイラつかせたことは間違いない。

もっとも医師の言うところでは、にわかに白内障が進行したからでそちらの治療が先決だということになり、幸いなことに我が家から徒歩10分という間近に順天堂の分院がしばらく前に出来たのでそこへ紹介状を書いてもらったという次第だが、さて、まず進行の度合いの進んでいる左目から取り掛かって、こちらはまあ、一手二手、ちょっと手古摺った程度で無事終了、視力1.0を回復し、新聞というものがこんなにもインクの跡も黒々としていたのか、ということを思い出した。

次の入院までに原稿を二本ばかり、それにこのブログの前回分を書いて、今度の右目はもっと簡単に行くであろうと割に気軽に入院、手術に及んだところ、これが意想外の難手術となった。推定だが普通の3倍は時間がかかったと思われる。局部麻酔だから医師や看護師の緊張している様子が皆わかる。頑張ってくださいという声も三度はかかったが、想定外の事態になったのでその処置をしていますのでしばらく辛抱してくださいと、医師が明確に言ってくれたのがよかった。それならそうと、覚悟を決めるしかないわけだし、どんな事態になっているのかは、凡そ想像もつく。で、まあ、何とか事態は収拾されて手術は終わり、翌日の検診で、あゝ、うまくいってますね、と医師の方も嬉しそうに言ったところで、ほぼ一件落着か、というところに無事着陸、以後の経過もまずまずで、予定の日程通りに退院とは相成った。

と、いうわけだが、いまどき白内障の手術なんて簡単らしいよ、などという話はよく聞くが、何事もそうだが、そうとばかりは限らないこともあるよ、という教訓にしていただければ、少しは世のため人のためになれるかも知れない。

どういう風に見えるようになったのか、とよく聞かれるが、一言で言えばくっきりはっきり、とはいえ所詮視力1.0だから、もっと目のいい人は幾らもいるわけだ。舞台がどれだけはっきり見えるかがお楽しみ、というところ。大相撲で、初日が開いて何日もたつのに黒星続きの相撲取りが、ようやく一勝を挙げると「片目が開いた」と言い、二勝するとようやく「両目が開いた」と言うそうな。どうにか一人前、という意味合いらしい。

ともあれ、まあなんとか、両目が開きました。これからもお愛読の程。

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