随談第452回 貼り混ぜ帖(その2)・修正版

名取敏行氏が1999年から続けてきた「イプセン現代劇連続上演シリーズ」の第12作目にして最終公演の『野がも』を俳優座劇場で見た。なかなか面白く、且つ好感のもてる舞台だった。不明にして私は、この公演のほんの尻尾の方のいくつかにしか立ち会うことが出来なかったが、おそらくこの最終公演から得た印象をなすものは、シリーズ全体を通しても変わることなく流れていたに違いないと思われる。一口に言えばそれは、知的で洞察力に富んでいたればこそのバランス感覚、とでも言うべきだろうか。

『野がも』という芝居が、とりわけそうした洞察力というか、複眼で見るスタンスというか、を必要とする演目だということもある。初演の頃は不評で、近年になって、研究者がああでもないこうでもないと理屈を付け合い読みの深さを競い合う(インテリごっこ)、というのはこの作に限った話ではないだろうが、悲劇にして喜劇、という複眼でものを見てこそ可能な多様性、というか二重性は、あまりパンチの利いた演技・演出よりも、一見常識的・良識的とも見える演技・演出によってこそ、遠近法の中に定着して見えてくる。その辺の具合が、なかなかうまくバランスが取れていた。こういうのを見ると、新劇(などというと叱られるかもしれないね。これは「イプセン現代劇シリーズ」なのだ)を見るのもときに悪くないなという気がしてくる。俳優たちの演技はどれも適切だったと思うが、グレーゲルス・ヴェルレとヘドヴィクという、鍵になる人物をやっている植田真介と保亜美という二人の若い俳優の感性がなかなかいいと思った。

もっともこれらのことは、12作すべての台本と演出を担当した毛利三彌氏の脚本理解の反映でもあるだろうが、役者たちに当節流行りのセリフの絶叫だの、過度な身体行動だのを求めない。良き意味での大人の仕事である。(話は違うが、いまやっているNHKの大河ドラマはさすがに不評らしいが、たまに覗くと、セリフは、ぼそぼそ独り言みたいに呟くか、突如絶叫するか、どちらかしかないような印象を受ける。たぶんあの番組の演出家は、当今の舞台演出に共鳴するところ多い人なのだろう。)

それにしても、三連休の狭間とはいえ土曜日の午後の公演で、俳優座劇場のあのキャパに空席がある。ま、そういうものなのかなあ。

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大相撲の九州場所は、新横綱の日馬富士が終盤、元の木阿弥に戻ってしまい(いま思えば、審判(オリンピック流にいえばジュリーか?)のミスで助かった豪栄道戦が微妙な影を落としているようにも見える)、見るべき活躍をしたのは松鳳山とぐらいという、あまり実のある場所とはならなかったが、それ以上に腹が立ったのは、NHKが深夜に放送するその日の取組のダイジェスト番組の放送時間を、最後の三日を除いて、連日、午前3時台という時間に追いやったことである。お蔭で何日も、見られない日ができてしまった。

そもそもあの手の番組は、幕の内の取組が夕方の4時から6時という時間では中継放送を見ることが叶わない者のためにあるのだろう。つまりその多くは、会社勤めをしているとか、翌朝にはまた早起きして働きに出かけなければならない人たちだろう。それを深夜の3時半だの何だのに放送したのでは、今度は翌朝の出勤に差支える・・・というようなことを、番組編成の担当者は考えないのだろうか。

ラジオ深夜便とは違うのだ。いやもしかすると、どうせ相撲番組など見るのは、現役から疾うに離れた高齢者ばかりなのだから、夜中に目が覚めて寝付かれずに困っている老いぼれどもには、深夜便並みに夜中の3時辺りがちょうどいいとでも、考えたのだろうか。しかも番組表を見ると、その前にやっているのは再放送ものがほとんどで、その日でなければならないという性格のものとは思われない。それに比べれば、相撲放送は、ダイジェストとはいえその日のうちに放送するべき報道としての性格・役割を持っている。(現に、野球賭博だか何だかでNHKが中継放送をやめたとき、このダイジェストは報道番組だからという理由で放送をやめなかったではないか。)

心あるファンは、優勝争いや話題の力士だけを注目しているのではない。せめて午前1時台か2時台に、できれば放送時刻を固定すべきだろう。

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NHKの悪口ついでに、もうひとつ。午後9時からのニュース番組に登場するキャスター、介助役(?)の女性アナ、天気予報士の女性に至るまで、全員が無声音で早口で喋る癖があるので、何を言っているのかほとんど聞き取れないことがしばしばある。まともに(声を出して)喋れば三人とも、声の質は良い方に属すると思われるが、お互い同士、冗談を言いながらもしゃもしゃもしゃ、とやっていることが多すぎる。その中にひとり、やけに歯の丈夫そうなスポーツ担当の女性アナが、こんどはとんでもないところでやたらに声を張り上げる。高低に落差がありすぎるので、これまた何を言っているのかよく聞き取れないという結果になる。

土曜日と日曜日には、サタデー何とかとかサンデー何とかというスポーツ番組があって、ここに出てくる男女のアナがまた、声の高低に乱高下が激しく、さらに特に男性アナの方は語尾が粒立たないので、何を言っているのかほとんど聞き取れない。(個人攻撃をするつもりはないが、あのアナ氏には、一度、自分の放送を音声だけ聴いて、ご自分のアナウンスが如何なるものか、よく反省してもらう必要があると思う。)

これらはみな、おそらく、昔風のNHKアナウンサーの殻を破って自然な喋り方を心がけているというつもりなのだろうが、凝っては思案にあたわず、誰か注意をしてやるべきではないか。

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随談第452回 貼り混ぜ帖

前回書いた橋下VS週刊朝日のバトルが、立会い一瞬の蹴たぐりで勝負が決まったと思ったら、今度は党首討論で、マナジリを決した野田首相の立会い一気のぶちかましからの押し相撲で、薄笑いを浮かべながらゆとりをもってジャブの応酬ぐらいと心得ていたと思しい安倍自民総裁がたじたじとなって土俵を割るという一番があった。もっともこれも、カメラをすこしロングに引いてみれば、民主・自民の八百長相撲のようにも見えてくるわけだが、それはそれとして、野田VS安倍の勝負という一点にズームアップしてみるなら、ちょいと面白い一戦ではあった。四つに組んだ長い相撲しか取れないかと思われていた野田の一気の突進に、安倍は「後の先」が取れず、上ずった声で念押しをして土俵際でねばるふりをするのが精いっぱいという一方的な勝負に終わったわけだ。相手の揶揄挑発にじっと耐えていた主人公が、乾坤一擲、憤然として起つ、というのは「忠臣蔵四段目」にせよ「縮屋新助」にせよ、昔からよくあるスト-リーに違いないが、返す刀、というより、立会い一瞬の張り手に事寄せて、「トラスト・ミー」などと言った人があったために、とかなんとか、味方のはずの鳩山前首相にまで一発食らわせるあたり、じつは手はなかなかこんでいたのを見ると、用意周到に差す手を考えていたに違いない。わが敵は本能寺、腹に据えかねていた相手は味方陣営にもあったという、首相の心中を推し量ってみると、なかなか面白い。

それにしても、急転直下の解散となって、袱紗に包んだ奉書を捧げ持った係官が恭しく廊下を練って歩いたり、勿体のついた解散の儀式を久し振りで見たが、何時も不思議なのは、議長の解散宣言と同時に議員一同が万歳を叫ぶのは何故なのだろう。猿は木から落ちても猿だが、議員は解散すれば失業するわけだから、やけっぱちの万歳のようにも聞こえる。何時、いかなる理由で始まった慣習なのか、知りたいものだ。(今度で引退する森元首相が、議場から引き揚げてきて、どうして万歳というのかわからんなあ、と言っていた。つまり、ああいう人でも知らないわけだ。)

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いろいろな訃報が続く。それぞれへの思いは別として、いつも思うのは、俳優や芸人、スポーツ選手など、華やかな稼業(と思われている)有名人の訃と、それを伝えるマスコミや社会の受け止め方の関係である。私個人の思いとうまく反りが合ってくれたときは、まあ、いいのだが、必ずしもそうとはならない(ことの方が多いかもしれない)。結局それは、自分の胸の内に収めてしまうしか仕様がないのだが・・・

森光子が亡くなってマスコミが大きく取り上げて悼んでいる。もちろんそれはいいのだが、しばらく前の山田五十鈴のとき、もちろんそれなりに大きく取り上げられはしたものの、実は少し、さびしい気がした。その割には、という思いである。理由は明白なのだろう。新聞やテレビの現役のスタッフにとって、森光子ならその活躍の輝かしい部分のほぼ全域を自分の記憶の中でカバーできるが、山田五十鈴となると、調べてからはじめて知る対象なのだということに尽きるのだ。現役のまま、それも後になればなるほど実りを豊かにしていった森光子は、だから、最も幸福な死に方を自ら(この字は、みずから、とも、おのずから、とも読める)演出していったのだ、ともいえる。伝えるマスコミも、仕事を共にしたスタッフや俳優・タレントたちも、観客も、みな、すぐにピンとくる記憶を自分の中に持っている。

1920年生まれの森光子は、映画女優としては原節子と同年である。森光子が『放浪記』で世の脚光をはじめて(といっていいだろう)浴びた時、原節子はまもなく引退をしようとしていた。同年の生まれでありながら、活躍の時期がほぼ完全に食い違っている。どちらが良いか悪いかとは、もちろん次元の違う話である。『放浪記』は高峰秀子も映画にしている。成瀬巳喜男監督で、舞台と同じ菊田一夫の脚本に依っているから、内容は舞台と映画の手法の違い以外は、物語の展開その他、まったく同じといっていい。スタッフも役者もそろっていて、いい映画である。高峰自身も、一番好きな作品と言っていたとも聞く。だが『放浪記』の名声は、森光子の舞台に奪われてしまった。こういうことは、運のあるなしとしか、言いようがないだろう。

アラカンの時代劇映画の娘役から始まって、戦地慰問の歌手(つまり自分の持ち歌ではなく他人のヒット曲を歌うわけだ)から漫才などの寄席芸、それから舞台、さらにはテレビと、その時々の世につれて様々な芸を身に着けた。もしそれを「雑芸」と呼ぶなら、雑芸の上に花を咲かせたことになる。芸とは何だろう、ということを考えさせられる。

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染五郎の休演が続く中、今月は仁左衛門が2日目から休演し、(段四郎も途中休演となったらしい)、さらに勘三郎の病状についてぎょっとするような記事が週刊誌に踊っている。歌舞伎座のこけら落とし公演が間近に迫る中、歌舞伎をめぐる空模様は不穏な雲がつぎつぎと湧いてくる。

国立劇場は、当然だがもう代役とは謳わないで、染五郎に予定されていた筈の役を、名古屋山三は錦之助、白井権八は高麗蔵がはじめから本役として演じている。演舞場では、仁左衛門に変って「引窓」では与兵衛を梅玉、『熊谷陣屋』では熊谷を松緑が、こちらは代役として演じている。(明治座の段四郎の役は、大詰の詰寄りに出るだけの大将の役だから、特に代りの役は設けないですませたらしい。)劇評は新聞に書いたのを見て頂くことにして、国立劇場では、染五郎が出ないのでは・・・という声もあるようだが、ファンの失望はもっともだが、ではさればといって、錦之助なり高麗蔵を見ていて、染五郎に比べて拙いとも見劣りがするとも思わない。特に錦之助は、「浪宅」でお国との別れのところなど、仁の良さを発揮して予期以上の好成績といっていい。ああいうノホホンぶりは、現代にあって貴重なものというべきである。染五郎がやったとして、あれ以上に行っただろうか?

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最後にひとつお詫びを申上げなければならない。新聞の新橋演舞場の評で菊五郎の『四千両』の富蔵を初役と書いてしまった。思い込みから来る粗相以外の何ものでもない。新聞には載せる機会がないので、せめてこの場で訂正とお詫びを申上げます。

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随談第451回 だます方もだます方、だまされる方もだまされる方(訂正版)

日本シリーズは、私にとっては残念な結果に終わったが、吉川と武田勝という投手の二枚看板の投げた4試合を全部落としたのだから、かくなり果つるも理の当然といえば、それに違いない。もっとも、第4戦の、零対零で延長の末、決勝打で勝負が決するという、およそ野球というゲームの決着のつき方の中でも最も味な決まり方をしたゲームもあったり、トータルに見ればまずまずのシリーズであったとは言えるだろう。(それにしても、原の勝利監督インタビューは、運動会の最後の校長先生のお話みたいだね。)

あの決勝打を打った飯山は、10何年もプロに居てホームランを一本しか打ったことがないという選手だったというのも、実にいい。つまりプロ野球というのは、草野球からはじまって全国のアマチュア選手の中から上澄みを掬いに掬った果てにいる、天才集団であるわけだが、そうして入った多くは、飯山のように、33歳(ということを、選手名鑑などひも解いて今度知った)まで一本しかホームランを打ったことがないという戦績に甘んじているわけだが、じつは天与の「天才」は自分の中に隠し持っているのであって、天の時地の利にめぐまれれば、あゝした「椿事」を巻起こすこともあり得るわけだ。

ただ決勝打で決まったからいいのではない。それまでの経過の末だからであって、あの試合はハムの中村、巨人の宮国という、どちらも高校出でプロに入ったばかりの若手の好投があり、(それにしても、あの埼玉のダルビッシュが本物のダルビッシュによく似ているのには驚く。その後にいろいろ出てきたどこそこのダルビッシュとはワケが違うわけだ)、九回の裏表に両軍とも二死満塁のチャンスを逸したり、という果てのことであったからだが、ところがこういう経過を、後で見たどの局のスポーツニュースも、きちんと伝えていないのは、何としたことであろう。普段でも、さっき球場で見てきた試合をニュースで見ると、限られた時間内にまとめるとはいえ、何だってあんなまとめ方をするんだろうと思うことはあるものだ。そこに、各局の担当者の見識が顕われるともいえるが、と同時に、業界人独特の、ある一定の固定観念というものもあるような気がする。終了後に誰が表彰されるか、選考の仕方などにも、同じようなことを感じることがある。(今度のシリーズの表彰には別に問題は感じなかったが。)

まあ、試合の山場とか勝敗を分けた急所をどこに見るか、ということには各人各様の見方があるわけだが、ところでその伝でいうなら、今度のシリーズの趨勢を分けたのは第五戦の、危険球退場の判定だったといっても、日ハムびいきの贔屓の引き倒しということにはならないだろう。2勝2敗のタイになっての第5戦の、反撃にかかろうとしていた矢先の場面というところに、皮肉がある。それにしても多田野の投球がバットに当たった一瞬に、打者の加藤も捕手の鶴岡も主審の柳田も三人とも目をつぶっていたというのも可笑しいが、ああいうショットが撮れるというのこそ、テレビカメラならではで、あの写真は、今度の判定が茶番であったことを示す上で、技能賞ものだといっていい。いや、技能賞は痛くもないのにひっくり返って痛がって見せた巨人の加藤か。(それもその一瞬だけのことではない。栗山監督の抗議も長く続いたのだから、すぐにケロッとするわけにもいくまいから、その後も演技は続いたわけだ。)

しかし一番の殊勲は、「だます方もだます方、だまされる方もだまされる方」としめくくった投手の多田野で、こういう言を咄嗟に吐けるというのは、誰にでもできることではない。平素から、超スローボールを投げて見たり、人を食ったピッチングをする多田野ならではのところがいい。プロ選手もめったに出なくなってからの立教出で、誰に注目されたわけでもないのにひとりでアメリカ野球で投げてきたという経歴から見ても、よほど胆力があるのだろう。日ハムに入ってからだって、いちどクビになってから、また這い上がってきたのではなかったかしらん。(エースでありながら二度とも立ち上がりに打ち込まれた吉川など、いかにも胆力のなさそうな顔をしているが、多田野の爪の垢を少し分けてもらうといいかもしれない。)

ところでこの「だます方もだます方、だまされる方もだまされる方」という一言は、いまの日本の社会、いろいろなところに使えるところがシャ-プでいい。経歴詐称でIPS手術をやったという医師もどきの男(あのおじさん、テレビのタレント文化人に転職するらしいが、はじめの記者会見の折のもっともらしさといい、タレント的才能はちょっとしたものがあるに違いない)、連続変死事件の容疑者の女の写真を間違って掲載した新聞各紙なんてのはまさにドンピシャリだが、例の大阪市長をめぐる「週刊朝日」の一件だって、読者というか、世間からみれば、だまされたようなものだろう。連載といっていながら一回だけで取りやめてしまうというのは、注文した料理が運ばれて来て一箸つけたところで、「アッすいません、まちがってました」とか言って下げられてしまったようなものだ。喧嘩は出鼻をくじいた方が勝ち、相撲で言えば、立会い一瞬の蹴たぐりが鮮やかに決まって、大朝日(といえばマスコミ中の大横綱のはずだが)がばったり四つん這いになったようなものだが、先に仕掛けたのは『週刊朝日』の方なのだから、橋下氏の方は「後の先」を取ったわけで、双葉山並みの(ただし相撲ではなく、喧嘩の)名人だということになる。

年内には、と言っていたのが、両投手、じゃなかった両党首会談で、近い内に、と言い換えたのを真に受けて(受けたフリをして)騒いでいるのも、だます方もだます方、だまされる方もだまされる方、の部類だろう。

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