随談第441回 貼り混ぜ帖(その3)

ひと月遅れの旧聞になってしまったが、文学座の加藤武氏の話を聞くインタビュアをつとめる機会にめぐまれた。もっとも聞き手は四人だから、間断なく質問を繰り出すこともないので、すぐ隣りの席から、その語り口の秘密を間近に観察させてもらうことができたのは役得というものである。とにかく、話題に出る誰それ彼それをそのつど、杉村春子だろうと七代目幸四郎だろうと、ご当人の口調をそのまま再現してくれるのだから、面白いこと限りがない。限りなく「声色」に近いが声色とは微妙に違う。そこが面白い。

つまり第三者の言うことを間接話法にして客観的に伝えるのが現代人の(クールで知的な!)物言う術だとすれば、加藤氏の育った東京の下町などでは、誰それが「・・・」と言ってたよ、と言う場合、「・・・」の部分は直接話法で(つまりセリフのように)言うのが、むしろ普通だったのだ。そこから声色まではほんの一歩であり、そこに芝居っ気がプラスされる(いや、掛け合わされる、というべきか?)加藤氏の語り口は更にそれが声色に限りなく近い、というわけだ。圧巻は六代目菊五郎で、なるほど菊五郎のイキというのはこうもあったろうかと納得させられた。そうして、六代目の、何かの折の挨拶やスピーチ(なんて言葉は当時はなかったが)と思われるその口調も、一方では彼の日常の延長であり、また一方では、道玄や魚宗や髪結新三や、更には遠く、松王丸や忠信や勘平のセリフへとつながっていたのだということが、如実に実感された。

それにつけても思うのは、こういう物言う術が日常の中になくなってしまった現代と言う時代に、舞台の上で物を言う声が、表情を失って無機的になって行くのもむべなるかなということである。泣いたり怒ったりしようとすれば絶叫するばかりという俳優、それを容認、あるいは良しとする演出が風土病のように蔓延するのも、それが今日の日本の言葉の風土なのだから、かくなり果つるも理の当然というべきなのだろう。

舞台の役者に限らない。女子ゴルフの宮里藍などを典型とする、インタビューの談話のたぐいを聞いていると、前段も中段も後段もなく、序破急もなく高低もなく、いきなりある高さのところからビーッと喋り出して機関銃のようにダ・ダ・ダ・ダと等間隔で一定量を喋り、その高さのまま突如ビーッと終わる。水鉄砲の水がいきなりビュッと飛び出してビュッと止まるのに似ている。まあ、スポーツ選手(じゃなかった、この頃はアスリートというのだっけ)だから元気がよくてよろしいということなのだろうが(私も、彼女たちは決して嫌いではないが)、かなり聞きなれたつもりでも、テレビで彼女たちが喋り出すたびに、ウッと胸がつまる。一方、男だか女だかわからない、中性というより機械で作った音のような声で舌っ足らずに喋る青年は、いちいち咎めていられないほど、いまや当たり前になった。

こういう、日常レベルでの言語の状況が、舞台のセリフに反映しない筈がない。また、そういう舞台を見て、観客が違和感も感じなくとも当然と思うべきなのであって、無機的な構成舞台の上をを駆け回りながらセリフを絶叫するのが当たり前になり、それを見に来て面白がったり感動したりする人が大勢いる以上、もう逆戻りはないのだろうかね。

          ***

前にも書いたがシアター・クリエでやった藤山直美と高畑淳子が漫才コンビになる『ええから加減』が近頃出色であったのは、少なくともここには、脚本としてもセリフとしても、生きた言葉があるということだろう。ちゃんとした、生きた声があるということだろう。だから舞台が生きている。人物が、脚本家が頭でこしらえた人物でなく、あり得る人物として生きている、ということである。

それにつけても、開場以来もう大分になるのにいまだに路線が定まり切らないシアター・クリエだが、『ええから加減』を見ながら改めて思ったのは、やはりこうした、いわば芸術座以来ともいえる筋道に立った路線が、少なくともひとつ、確立できるといいということである。まともな大人が、あそこに行けばまともな芝居が見られると安心して見に行ける劇場。大人のエンタテインメントとは、そういうことではないか?

『ええあから加減』は、実はそれほどの傑作というわけではないだろう。この程度の作品が、この劇場の路線の、いや現代の演劇界の、ベースとなるといいだろうな、というほどの作である(べき)だろう。年間ベストテンでも選んだなら、このぐらいの作品が、ベストの10には入ったりせず、中程度の作としてごく当たり前の顔をしているようであったなら、一国の演劇のレベルとしてちょっとしたもの、ということになる筈だ。

          ***

名古屋場所は、日馬富士の優勝は悪くないし、もちろん幾つかのいい取組もあったが、概して大味で、味わいのある相撲が少ないのが物足りなかった。稀勢ノ里がいつまでもアンちゃん気分から抜け出せないのは何故だろう(抜け出したときは、横綱になるか、あるいは衰えるか、どちらかだ、などということにならなければいいが)とか、安美錦や豊ノ海といった巧者が元気がなかったのが衰えの前兆でなければいいがとか、NHKが夜中にやる再放送の時間が段々虐待されて、午前3時過ぎになるのが常態化しつつあるのは関係者はどういうつもりだろうとか、ろくでもないことを思い煩っている内に終わってしまった感じだ。(あの再放送は、基本的に、夕方6時の打出しでは見られない人のためのものだろう。だが午前3時過ぎの放送を見ていたら、朝の出勤時間まで何時間寝られるというのだろう?)

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オリンピックの開幕直前になって、イチローだの松井だのの、秋風が立ってそぞろ物思わずにはいられないようなニュースが続いている。逆手に取って反攻に転じたイチローと、ただ待つしかない松井と。それぞれの秋、というわけか。いや、松井にとっては木枯しか。

国際化嗚呼国際化国際化・・・これ、無季の俳句です、なんてね。

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随談第440回 おもだかやおめでたや(PARTⅢ)

八五郎:如何です? 今月の澤瀉屋襲名公演は。新猿之助も新中車も悪くないけれど、『口上』と『楼門』の方が見ものだった、といったら悪乗りが過ぎるって叱られるかしら。

家主:兎にも角にも、あの猿之助が二代目猿翁となって、久吉の扮装をして『山門』の舞台に立ったのだからね。爽やかな好青年の風情を漂わせていた市川團子の昔を知る者としては、感慨なきを得ないではないか。先月の『口上』の、まるで「大序」の口上人形のように台に乗って押し出されて来た姿といい、澤瀉屋ファンにしても、思いはさまざまあるに違いあるまい。

八:五右衛門の投げた小柄を、右手に持った柄杓で受けて、右半身はこれこのとおり利くのだよと言わぬばかりに、一度二度と、柄杓を持つ手をゆっくり回して見せていましたね。

家:こういうのを「感動」と言っていいのだろうか? 少なくとも、普通の意味での感動とは違う。しかし、では何と呼ぶのかと言われれば、感動という言葉を使うしか思いつかない。兎にも角にも、と、同じ言葉を二度繰り返すことになるが、先月来のこの澤瀉屋の襲名興行ほど、前代未聞のものはないだろうね。

八:段四郎さんまで前田利家で出てきたり、猿之助一座OBの弥十郎とか、その他一門の幹部総出でした。海老蔵の五右衛門は、天下の大盗賊というより、五右衛門兄さんみたいでしたね。

家:それでいながら、ちゃんと猿翁の相手として勤まっているところが、海老蔵という役者の値打ちだな。あそこに團十郎を引っ張り出すのもナニだから、代って若旦那が出たわけだが、立派につとまっているところがエライ。

八:そういえば、謹慎明けからちょうど満一年でしたね。ときに新猿之助は如何です?

家:『黒塚』も『ヤマトタケル』もどちらもよかった。『黒塚』は第二景の月光の下、薪を背負った老女の踊る件が眼目であって、そこが良かった以上、初役としては何も言う必要はない。『ヤマトタケル』も、先月来の引き続きだというのでパスした向きも少なくなかった様子だが、そういう人たちは日を改めて見直すべきだ、と言ってやってもいいほど、先月とは格段の出来栄えだった。やり方が変わったわけではない。先月ここで話したことが、そのまま、一段と深まったというのが正しいだろうが、実を言うと私は、今度の舞台を見て、『ヤマトタケル』という芝居をはじめて面白いと思ったといっても過言ではない。

八:こういう風にやってくれればスーパー歌舞伎も悪くない、ってことですか?

家:まあ、そう言ってもいいだろう。

八:それにしても開幕前の二人だけの口上は面白かったですね。先月のも、アジ演説みたいだなんて言った人もあるそうですが、今月のは一段も二段もぶっ飛んで、何しろ10分は優に越えていました。猿之助が8分、中車が2分、という配分ですかね。それからジャーンと前奏曲が鳴って、緞帳が上がったのは開演から15分後でしたっけ。

家:これも前代未聞だ。

八:大家さん、あたしのが感染しましたね。ところで新中車の『将軍江戸を去る』はどうですか? 同じ新歌舞伎といっても、先月の『小栗栖の長兵衛』とは大分違いますよね。

家:新中車の山岡は、もっと新鮮味があってもいいと思うほどに、既に手練れて見える。巧い、と評される役者の、これは長所でもあり短所にもなり得るところだろう。もちろん、八代目三津五郎とか富十郎などが演じた山岡を見てきた目からすると、新歌舞伎の青果劇としてはもっとメリハリや起伏が欲しくはなる。綾も欲しいとは思う。しかしそうしたことを一端、脇に置いて考えれば、中車は、脚本にあることはしっかり演じているのだ。そこで思い出すのは、昭和五〇年三月というから今は昔の話だがね。この月は歌舞伎座が舞台を張り替えるというので本興行を休みにして、月半ば以降の半月、十三代目仁左衛門を上置きにして新国劇が出演して『将軍江戸を去る』と『沓掛時次郎』を出したことがあった。

八:知ってますよ。本来は勘彌が出ることになっていたのが、一月に舞台で倒れたので仁左衛門に替り、三月のこの興行の終らないうちに亡くなったんでしたね。

家:仁左衛門の慶喜、辰巳柳太郎の山岡、島田正吾の伊勢守と言う配役だったが、とにかくアッと思ったのは、辰巳の山岡が序幕の黒門口に出てきたときだ。新国劇なのだから当然といえば当然だが、そのまま映画に出てもいいようなリアルな感覚で、羊羹色に焼けた羽織袴からはたけば埃が立ちそうだった。なるほど、こういう行き方もあるのだなと、是非善悪は別として印象的だった。

八:つまり中車の山岡はそれと同じだというわけですか?

家:辰巳と同じだと言っているのではない。ただ、脚本の上からだけ考えれば、こういう山岡もありだということさね。辰巳のとはまた違うが、中車のを見ながら図らずもこのときの辰巳を思い出したことも事実だ。新歌舞伎というものを、如何に考え、如何に演じるべきか、というテーマを思い起こさせてくれたともいえる。

八:でも中車のだって、はたけば埃が立ちそうというほど汚してはいませんでしたよ。

家:そりゃあ、歌舞伎の人に教わってやっているからさ。だからある意味では、折衷というか中間というか・・・

八:中途半端というか・・・

家:そう言ったら可哀そうだろう。とはいうものの、新歌舞伎『将軍江戸を去る』としては、やはり三津五郎や富十郎のように演じた方が面白いことに変りはない。そこで中車としては、今度はこれでいいが、今後こういうものをやるときに、自分のスタンスをどこにどう取るべきか、考えて行く必要が出来てくるだろうね。必ずしも、歌舞伎のとおりでなくともいいのだよ。今までにない青果劇を作り出せるなら。せっかく、中車みたいな役者がやるのだ。下手に既成の歌舞伎役者と同じになる必要はない。

八:では、まず今月はこれ切りといきましょう。

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随談第439回 貼り混ぜ帖(その2)

先月使った「貼り混ぜ帖」というタイトルが便利でもあり何かと好都合なので、今回を(その2)として、これから続けていくことにしよう。

        ***

松本尚久編『落語を聴かなくても人生は生きられる』を読む。ちくま文庫の新刊である。落語関連の本を熱心に渉猟しているわけでもなく、面白そうなのがたまたま目に入ったときに買って読む、行き当たりばったりの読者でしかない私が言うのも妙なようだが、これはちょっと、ざらには行き当たらない本である。白眉と言ってよろしかろう。行き当たりばったりとは言っても、それなりの勘は働かせているつもりである。

「編」という通り、多くの論者の一家言を集めたアンソロジーだが、まずその寄せ集め方、網の張り方が非凡である。網というものは、ただ広く張っていればいいというものではない。次に、並べ方にセンスと読みの深さがある。料理は食わせる順序が肝要であるように、アンソロジーも配列の気の配り方で生きも死にもする。全体を7つの章、といっても、ただ*を置いて仕切り1、2…という風に数字を振って、その都度、編者自身のエッセイをはさみ込む。エッセイと言い条、これがシャープな落語論で、更に全体をくるむように冒頭と末尾に「まえがき」と「あとがき」がついていて、それも単なる前書でも後書でもないから、要するに全9編からなる編者自身の落語論で各論者の文章を包み込むという格好になっている。つまり何のことはない、編者はアンソロジーを編みながら(編むと見せながら)、実は自著をものしているような趣となる。この、仕掛けの心憎さ!

最初の章を志ん朝から始める。小林信彦『志ん朝さんの死、江戸落語の終焉』と長井好弘『志ん朝最後の十日間』で、つまり21世紀第一年がひとつの大きなものの終りだった、というスタンスである。(言うまでもないが、歌舞伎にとってもこの年は歌右衛門の死んだ年である。)小林信彦の文は旧派の落語美学のひとつの典型として、巻頭を飾るにふさわしい。志ん朝は最後の名人だった、と松本自身も言う。20世紀とともに落語は楽園を喪失した、という視点が示される。

次の章に都築道夫『私の落語今昔譚』、池内紀『悋気の火の玉』、戸井田道三『人と人の出会う間』といった落語論の古典が並ぶ。落語とは何か。それが自明であった時代に書かれた落語理解がここにある。それは、最後の名人が死に落語が楽園を喪失したいまも価値を失わないが故に古典となった。

3から6までには、落語の「今」に沿って書かれた文章が並ぶ。(とりわけ5は、ブログやツイッターの採録である。いま中のいま。)小谷野敦『落語を聴かない者は日本文化を語るな』、日比野啓『金馬・正蔵はなぜセコと言われたか』、森卓也『上方落語・桂枝雀』、松本自身の『ある落語家―立川談志』は、いずれも、現代でなければ書かれなかった落語論という意味でそれぞれ面白い。「語り」と「話」と、落語の中に落語発生以来存在するふたつの系統を科学しようとする日比野の仕事は、在来の落語論から出て落語学としての試みといえる。なるほど啓発され同感するところ少なくないが、小谷野ともども、しかし正反対の意味で論がいささか一概に傾くのが、面白くもあり、読んでいてむずがゆくもなる。小谷野は確信犯だろうが、日比野はどこまでそれを自覚しているか?(などと日比野について言うのは、ちと深読みのし過ぎかもしれない。)

枝雀という噺家を私はどうしても面白いと思えなかったのだが、森の文章を読んでその理由を納得できたような気にさせてもらった。つまり有名になってからの枝雀しか知らない私は、森の言う意味での枝雀の神髄に触れることがなかったわけだが、ひとりの落語家をこれほど長期にわたって論じ続けた文章も珍しい。枝雀たるもの、以て瞑すべしといえる。松本の談志論は、死んで世の定説となったかに見える談志論に対する違和感を、解明する手がかりをかなり与えてくれたような気がする。論じやすい落語家、である(と思わせる)ところに、談志の栄光もブラックホールもあるのだろう。即ち、志ん朝に始まり談志に終わる、という構成である。

別格のような感じで、最後を久保田万太郎若き日の『寄席』で締めくくる。書名の所以だが、談志論で締めくくった後にもうひとつ、こういう文章で締めくくるところに編者のエスプリが光っている。談志が知ったら、面白ェ、と喜ぶだろう。

        ***

澤瀉屋に話題を浚われた形の今月(いや、早や先月か)の歌舞伎界だが、地味だが拾い物は国立劇場鑑賞教室の『俊寛』だった。時代物役者の格を示した橋之助もだが、二十歳前の児太郎に千鳥、廣太郎に解説役を、芝喜松・芝のぶという研修生出身の実力者に康頼・成経をさせるという配役の新鮮さが、単によくやったという以上の効果を挙げている。引き締まった好舞台だった。それにしても芝喜松の顎のしゃくれ具合は、師匠芝翫の福助時代を偲ばせ、いまやその古典美は斯界の名物ではあるまいか。

どうかと思ったコクーン歌舞伎の『天日坊』も、明治維新の前年の上演以来だれも見たことのない黙阿弥の知られざる作を、国立劇場式の復活ではなく、宮藤官九郎の作品として再創造したところに意味がある。コクーンでやるならこうあるべきだし、有名作をいじくるより、『天日坊』のような非有名作や、おととし(だっけ?)の『佐倉義民伝』のように、現代での上演がむずかしくなりつつある、あるいは支持されにくくなっている作品を、新たな視点・切り口・料理塩梅で再生してくれた方が、宮藤氏や串田氏にとってはどうか知らないが少なくとも歌舞伎にとっては、ずっと意義がある。それにしても、獅童はこういうものをやると、まさしく水を得た魚である。

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首相官邸前に押し寄せた原発再稼働反対のデモの群集のどよもす声を官邸内で聞いた首相が、「大きな音だね」と言ったという。なるほど、あれは首相の耳には「音」であって「声」ではないわけだ。つまり、意味を持たない「音」なら耳を傾ける必要はないわけだ。これは漫才のネタになり得る。

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と、ここまで書いて、シアタークリエの『ええから加減』を見た。藤山直美と高畑淳子が女漫才師になる。なかなか面白い。芸道人情ものという古い革袋を借りて当世を盛り込むのにスパイスが小気味よく効かせてある。主役脇役それぞれの人物造形とがよくできている上に、絡ませ方が気が利いている。相方に死なれて漫談家になった古い芸人の役をしている役者が誰かに似ていると思ったら、元レッツゴー三匹のレッツゴーじゅんであったり、配役にも妙がある。シアタークリエとして快作と言っていい。

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