随談第431回 空定めなき花曇-花形忠臣蔵のこと-(その3)

亀治郎が勘平ひと役で、おかるが福助だと聞いた時は、正直、何だろうこの配役はと思ったものだ。前にも言ったが、菊之助と二人でおかると勘平を日替わりで勤めでもしたなら、どんなにワッと沸かせることだろうに、と。

福助のおかる自体がいけないわけではもちろんない。現に今回改めて見ても、当然ながら、一日の長とはこういうことをいうのだという舞台ぶりである。前々回に書いた昭和57年の、当時としては花形第二陣の『仮名手本』の通しのとき、当時まだ児太郎で当時の勘九郎を相手につとめたのを手始めに、翌年には菊五郎の勘平の相手をつとめたが、その時のおかるはいまもよく覚えている。もう行きますぞえ、行きますぞえ、とタイミングを計り、かる待ちゃ、アイ、と宙を飛んで勘平の胸の中に飛び込んだときは唖然としたものだ。間一髪、二塁ベースにスライディングして盗塁をきめた走者を連想したくなるような運動神経だった。七段目でも吉右衛門の平右衛門の抜打ちをかいくぐって花道へ逃げる俊敏さ。とにもかくにも目に鮮やかと言ったら、その後あれほどのおかるはいまだに見ていないのではあるまいか。要するに、この人のおかるは、夙に三十年前に菊五郎の勘平や吉右衛門の平右衛門を相手につとめたというものであって、現在の福助がこの顔ぶれの中に出るのなら、八・九段目を出して戸無瀬をつとめて然るべきである。

しかしそれも、今度の勘平が上方流でやるのだと聞いて、ああ、そうかと思った。少なくとも亀治郎は、上方流の勘平にトライす亀治郎が勘平ひと役で、おかるが福助だと聞いた時は、正直、何だろうこの配役はと思ったものだ。前にも言ったが、菊之助と二人でおかると勘平を日替わりで勤めでもしたなら、どんなにワッと沸かせることだろうに、と。

福助のおかる自体がいけないわけではもちろんない。現に今回改めて見ても、当然ながら、一日の長とはこういうことをいうのだという舞台ぶりである。前々回に書いた昭和57年の、当時としては花形第二陣の『仮名手本』の通しのとき、当時まだ児太郎で当時の勘九郎を相手につとめたのを手始めに、翌年には菊五郎の勘平の相手をつとめたが、その時のおかるはいまもよく覚えている。もう行きますぞえ、行きますぞえ、とタイミングを計り、かる待ちゃ、アイ、と宙を飛んで勘平の胸の中に飛び込んだときは唖然としたものだ。間一髪、二塁ベースにスライディングして盗塁をきめた走者を連想したくなるような運動神経だった。七段目でも吉右衛門の平右衛門の抜打ちをかいくぐって花道へ逃げる俊敏さ。とにもかくにも目に鮮やかと言ったら、その後あれほどのおかるはいまだに見ていないのではあるまいか。要するに、この人のおかるは、夙に三十年前に菊五郎の勘平や吉右衛門の平右衛門を相手につとめたというものであって、現在の福助がこの顔ぶれの中に出るのなら、八・九段目を出して戸無瀬をつとめて然るべきである。

しかしそれも、今度の勘平が上方流でやるのだと聞いて、ああ、そうかと思った。少なくとも亀治郎は、上方流の勘平にトライするについて、万事心得て受けてくれるおかるがいれば心丈夫に違いない。とさて、これからは亀治郎のお話。

上方流の勘平をと考えた亀治郎の狙いは、いい。音羽屋流の勘平の候補者は他に何人もいる、というだけでなく、亀治郎が自分の柄や芸質を考えた場合、正解というべきであろう。そもそも音羽屋流の勘平というのは、二枚目の色男であることを大前提に作られたもので、純粋の二枚目とはいいかねる亀治郎にとっては必ずしもふさわしいものではない。亀治郎は、勘平に留まらず、おかるでも判官でも若狭助でも、大星だって将来やってのけるであろうし、およそ『仮名手本』で出来ない役はないといっていい。勘平だって、将来音羽屋型でもやるかもしれない。しかしそれはどれも、腕でやってのける勘平でありおかるであり判官であり由良之助であるだろう。そこに、役者亀治郎の面白さもあればブラックホールもあるわけだ。

もっとも、理解できるのは今回のその狙いであって、現実の舞台はとなると、必ずしももろ手を上げて賛成というわけにはいかない。演技の良し悪しより前に気になったのは、まるで入れ歯か差し歯でも落ちそうになるのを気にしているかのように、口の捌きというか、開閉が不自然で、口の形が横長の長方形のようになるのが、まず非常に気になる。多分これは何かの事情があってのことで、だから演技以前の問題だろうが、それにしても、ということがある。いかに上方流の勘平は色男を強調しないとはいっても、白塗りであることに変りはないのだから、印象の上で大きな損と言わざるを得ない。それかあらぬか、熱演また力演で、勘平が悪戦苦闘しているのだか亀治郎が悪戦苦闘しているのだか判然としないところがある。試演の域に留まるといったら口が過ぎるかもしれないが、これが亀治郎の実力とは思わないという意味でなら、そう言っても叱られないだろう。

それと、上方流でやるなら、「道行」でなく三段目の「裏門」を出すべきだ。「旅路の花聟」の勘平は義太夫を清元にもどいて色男ぶりを拡大強調した江戸好みの勘平であって、上方流勘平とは反りが合わない。仮に入れ歯や差し歯の心配がなくとも、心が早や五段目・六段目に行っている亀治郎は、見るからにやりにくそうだった。因みに、東京でも何度か勘平を演じている延若は、通しの場合は必ず「裏門」から出していたと思う。

延若といえば、亀治郎は今度は坂田藤十郎に教わったというが、私は最初、もう十何年か前だが、市川右近が延若のやり方を研究して、当時毎夏開いていた「右近の会」でやったことがあり、なかなかの成績だったので、ついそちらの方を考え、右近に教わったのかと思ってしまった。まあ考えてみれば、亀治郎としては山城屋のおじさんに教わろうと考えたのは、ごく自然のことだったろう。

とはいえ私は、延若の勘平というのが忘れ難い。家に上がる時、盥で足をすすぐのでなく、下駄をはいて下手奥の小川でじゃぶじゃぶ足を洗ったりするのは、抹消写実というよりローカルカラーの面白さがあるし、二人侍を出迎えに身仕舞いを調えようと戸棚からたとうに包んだ紋服を取り出すと、おかるの矢絣の着物が出てくる。藤十郎のは、ただ何枚か重ねてある中に覗いて見えているだけだが、延若のは、自分の紋服を取るとそのすぐ下がおかるの矢絣で観客にもはっきりわかるからホーッと溜息のジワが来る。と、勘平が思わず、おかるの着物を手にとってハッと抱きしめるのだ。という風に、随所に藤十郎のと違いがある。延若は、東京でも何度か勘平をつとめ、東西忠臣蔵のときの中座でもやっているから、私も何回か見ている。今回はこれでいいとして、又の機会には、是非試みることを勧めたい。

おかやに竹三郎が出ていて、この人の昔を思えば信じられないような配役だが、ここ数年来見せてきたこの人の貴重さを改めて証明するものだった。とはいえ、これは決して非難の意味で言うのではないが、こういう役をすると、やはり根からの脇の人ではないことがわかるのは面白い。亀鶴が、予定されていた笑三郎に代ってお才をやっている。この人思えば、三段目では薬師寺、討入りでは小林平八郎をつとめる「兼ねる役者」ぶりである。

染五郎の大星が、四段目より七段目の方が似合うのは、前回述べたことのひとつの証しといえる。松緑の平右衛門が、はじめの、「しばらくしばらく」という陰の声からして声の調子が整わないので、実際以上に安定しない印象を与えて損をしている。祖父にしても亡父にしても声の呂律は整った人だったと思うが、これは何とかしないと将来の大成に関わらないとも限らない。仁としては、元気のいい奴さんぶりといい、兄貴分の頼もしさといい、これは祖父譲りのいいところを受け継いでいる。この人最大の長所であろう。

いいかと思った獅童の定九郎が、思ったほどでない。若狭助には型があるが、定九郎のは手順は定まっているが型というのとは少し意味が違う。獅童がいま一番心掛けるべきは、徹底的に体をいじめて歌舞伎役者としての身体を鍛え上げることだろう。

さて、話が大分長くなった。ここらでお仕舞いとしよう。るについて、万事心得て受けてくれるおかるがいれば心丈夫に違いない。とさて、これからは亀治郎のお話。

上方流の勘平をと考えた亀治郎の狙いは、いい。音羽屋流の勘平の候補者は他に何人もいる、というだけでなく、亀治郎が自分の柄や芸質を考えた場合、正解というべきであろう。そもそも音羽屋流の勘平というのは、二枚目の色男であることを大前提に作られたもので、純粋の二枚目とはいいかねる亀治郎にとっては必ずしもふさわしいものではない。亀治郎は、勘平に留まらず、おかるでも判官でも若狭助でも、大星だって将来やってのけるであろうし、およそ『仮名手本』で出来ない役はないといっていい。勘平だって、将来音羽屋型でもやるかもしれない。しかしそれはどれも、腕でやってのける勘平でありおかるであり判官であり由良之助であるだろう。そこに、役者亀治郎の面白さもあればブラックホールもあるわけだ。

もっとも、理解できるのは今回のその狙いであって、現実の舞台はとなると、必ずしももろ手を上げて賛成というわけにはいかない。演技の良し悪しより前に気になったのは、まるで入れ歯か差し歯でも落ちそうになるのを気にしているかのように、口の捌きというか、開閉が不自然で、口の形が横長の長方形のようになるのが、まず非常に気になる。多分これは何かの事情があってのことで、だから演技以前の問題だろうが、それにしても、ということがある。いかに上方流の勘平は色男を強調しないとはいっても、白塗りであることに変りはないのだから、印象の上で大きな損と言わざるを得ない。それかあらぬか、熱演また力演で、勘平が悪戦苦闘しているのだか亀治郎が悪戦苦闘しているのだか判然としないところがある。試演の域に留まるといったら口が過ぎるかもしれないが、これが亀治郎の実力とは思わないという意味でなら、そう言っても叱られないだろう。

それと、上方流でやるなら、「道行」でなく三段目の「裏門」を出すべきだ。「旅路の花聟」の勘平は義太夫を清元にもどいて色男ぶりを拡大強調した江戸好みの勘平であって、上方流勘平とは反りが合わない。仮に入れ歯や差し歯の心配がなくとも、心が早や五段目・六段目に行っている亀治郎は、見るからにやりにくそうだった。因みに、東京でも何度か勘平を演じている延若は、通しの場合は必ず「裏門」から出していたと思う。

延若といえば、亀治郎は今度は坂田藤十郎に教わったというが、私は最初、もう十何年か前だが、市川右近が延若のやり方を研究して、当時毎夏開いていた「右近の会」でやったことがあり、なかなかの成績だったので、ついそちらの方を考え、右近に教わったのかと思ってしまった。まあ考えてみれば、亀治郎としては山城屋のおじさんに教わろうと考えたのは、ごく自然のことだったろう。

とはいえ私は、延若の勘平というのが忘れ難い。家に上がる時、盥で足をすすぐのでなく、下駄をはいて下手奥の小川でじゃぶじゃぶ足を洗ったりするのは、抹消写実というよりローカルカラーの面白さがあるし、二人侍を出迎えに身仕舞いを調えようと戸棚からたとうに包んだ紋服を取り出すと、おかるの矢絣の着物が出てくる。藤十郎のは、ただ何枚か重ねてある中に覗いて見えているだけだが、延若のは、自分の紋服を取るとそのすぐ下がおかるの矢絣で観客にもはっきりわかるからホーッと溜息のジワが来る。と、勘平が思わず、おかるの着物を手にとってハッと抱きしめるのだ。という風に、随所に藤十郎のと違いがある。延若は、東京でも何度か勘平をつとめ、東西忠臣蔵のときの中座でもやっているから、私も何回か見ている。今回はこれでいいとして、又の機会には、是非試みることを勧めたい。

おかやに竹三郎が出ていて、この人の昔を思えば信じられないような配役だが、ここ数年来見せてきたこの人の貴重さを改めて証明するものだった。とはいえ、これは決して非難の意味で言うのではないが、こういう役をすると、やはり根からの脇の人ではないことがわかるのは面白い。亀鶴が、予定されていた笑三郎に代ってお才をやっている。この人思えば、三段目では薬師寺、討入りでは小林平八郎をつとめる「兼ねる役者」ぶりである。

染五郎の大星が、四段目より七段目の方が似合うのは、前回述べたことのひとつの証しといえる。松緑の平右衛門が、はじめの、「しばらくしばらく」という陰の声からして声の調子が整わないので、実際以上に安定しない印象を与えて損をしている。祖父にしても亡父にしても声の呂律は整った人だったと思うが、これは何とかしないと将来の大成に関わらないとも限らない。仁としては、元気のいい奴さんぶりといい、兄貴分の頼もしさといい、これは祖父譲りのいいところを受け継いでいる。この人最大の長所であろう。

いいかと思った獅童の定九郎が、思ったほどでない。若狭助には型があるが、定九郎のは手順は定まっているが型というのとは少し意味が違う。獅童がいま一番心掛けるべきは、徹底的に体をいじめて歌舞伎役者としての身体を鍛え上げることだろう。

さて、話が大分長くなった。ここらでお仕舞いとしよう。

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随談第430回 空さだめなき花曇り-花形忠臣蔵のこと-(その2)

菊之助の判官のことから話を続けよう。何といっても、祖父梅幸以来、父祖三代に渉る判官役者としての仁は揺るぐことがない。梅幸の場合、同時代に他にもすぐれた判官役者はいたにも拘わらず、現代人に最も受け入れやすい人物像としての判官であったところに絶対の優位があった。いわばそこに、現代歌舞伎の正統性を築いたわけだ。菊之助にも、その優位はまず間違いなく受け継がれている。

今回、判官ひと役だけと聞いて、もしそれが菊之助自身の意思からのことだとしたら、この人の芯の強さというものに、舌を巻かなければなるまいと思った。確かに、判官を勤めた役者は他の役は演じないという教えはある。だが、祖父の梅幸だって、四段目で切腹した後、おかるに変るのが恒だったではないか。菊之助の場合、そういうことよりも、初役でつとめるについてこのひと役に専心したいということであるのだろう。果して、仁や柄といったこと以上に、その役にしっくりと重なっているという意味で、今回、菊之助の判官以上のものはない。本物、とよく言うが、まさしく、この判官は本物である。よし未成品であるにせよ。少なくとも大序に関する限りは。

三段目になると、少し疑問が生じてくる。「喧嘩場」とはいうものの、師直に向かって意気込むタッチが強い。尤もそう思うのは、私が無意識の裡にも梅幸を規範として見ているからで、あれでいいと思った人もいるかもしれない。声も、太い声を使っている。梅幸の判官は、如何に意気込み、憤怒の情に駆られても、やや高音の、美しい声を乱すことはなかった。トーンが一定していたから、急に別人になったような唐突感がなかった。歌舞伎の常套語句を使うなら、立役の肚になることはなかった。それでこそ判官様だと思わせたのである。

前回、獅童の若狭助の居どころのことを言ったが、菊之助の判官も、師直との応酬の際舞台の中心に出て芝居をしている。師直とふたりの芝居でなくて、判官の芝居になってしまったようにも見える。もっとも、こうした演技上の微妙な点について、断定的な言を弄するような趣味は私にはない。ただ、オヤと思ったまでである。しかしそのことと、さっき言ったようなこの場の判官の演技に、何か関わりはありはしまいかと、疑問が生じたことは確かだ。

そこで思うのは、話が元に戻るようだが、今度の配役が判官ひと役と聞いたときまず思った正直な感想は、おかるも見たかった、ということだった。もちろん、勘平という路線もある。判官-おかるなら祖父と、判官-勘平なら父と同じ路線である。祖父は、勘平は演じなかった。父は、若い頃は別として、道行以外おかるは演じない。私がひそかに怖れるのは、菊之助は将来、判官ともうひと役という場合、おかるよりも勘平の方を選ぶのではなかろうかということである。もちろん、勘平もきっといいだろう。しかし、おかるを演じる菊之助をあきらめたくないものが私に中にあるのは否定できないし、そのことと、さっき「喧嘩場」の判官のタッチの強さが気になったということが、微妙に関わり合っているのも、おそらく確かであるに違いない。

染五郎の話に移る前に、松也の顔世のことを言っておきたい。今度の「花形忠臣蔵」で、一番仕出かしたのは松也だろう、ということである。たおやかで、匂うような気品があって、この人ゆえにすべてが始まったということを得心させる。『仮名手本忠臣蔵』は、顔世ゆえに始まるドラマであって、賄賂の高でも、幕府の裁決への不満でも、まして塩田の権益争いでもない。松也の顔世は、この女人あって、ということが、げにもっともと思える顔世であった。

染五郎が大星を勤めるのは、花形世代のエースという意味からも、高麗屋播磨屋、一家一門のいずれから見ても由良之助を勤めるべき者、という意味からも、当然視されてのことであったと思われる。その観点からする限り、初見参としてはまずまず、後は経験と年功である、という評価になるであろう。父の幸四郎もそうだが、染五郎にも、名家の長男に生れた者の持つ、統領の風というものがあるのが強みである。

と、こう言ってしまえば、話はそれでおしまいのようなものだが、他方、今度の由良之助を見ていて改めて思ったのは、祖父にも父にもなく染五郎だけにあるもの、の存在である。もしかするとこの人は、大星以上に判官の役者なのかも知れない、勘平だっていけるだろう、ということである。四段目で、なすべきほどのことをすべてなして後、残りの諸士と共にゆらりと立ち上がる。別に演技といってどうというところではない。そういうところで、この「大星染之助」は、いかにもヤワな二枚目なのである。まだお若いから貫目がちょいと不足だ、というだけのことなら、経験と年功の問題だといえばすむだろう。もちろん、そういう側面もある。しかし翻っていえば、ヤワな二枚目であることは、役者として何も弱点でも困ったことでもない。祖父白鸚に勘平は出来なかったが、孫の染五郎には出来るというまでのことだ。その辺りのことを、染五郎はよくよく知るべきだ、ということである。

とは言うものの、と思う。染五郎以下の花形世代で大星が出来るのは、といえば、染五郎と海老蔵ぐらいしか思い当たらない。そうだ、勘九郎もいけるだろう。いま中村座で『小笠原騒動』の実悪の犬神兵部をやっているがなかなか大したものだ。それこそあの若さで、とちょいとびっくりした。ずばずば動けて、それなりの大きさと貫目があって、つまりミドル級ならではのよさといえる。とまあ、大星候補は他にいないわけではないが、良くも悪くも、今後染五郎に大星役者としての大方の期待がかかることになるのは目に見えている。要は、そこらあたりをどう汲み分けて行くかであろう。

亀治郎の勘平の話をする余地がなくなってしまった。また(続く)としよう。

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随談第429回 空さだめなき花曇り-花形忠臣蔵のこと-(その1)

新橋演舞場の『仮名手本忠臣蔵』を見た日は、前線が通過して、春の嵐どころではない大荒れの日だった。前夜から天気予報がしきりに警告を発していたから、出足に響いたのも無理はない。だから、染五郎の大星をエースとする花形一座による『仮名手本』の通し上演に、たまたま空席が目立ったからといって、落胆するには当らない(と、思おう)。

とはいえ、今度の「花形忠臣蔵」が、事前からもうひとつ話題に上らないようなのを、もどかしくも、不審にも思っていたのも事実だ。いまの若手花形連が、個々には、大一座の一員として何らかの役を勤めた経験はあるにしても、若手花形だけの一座で『仮名手本』を通し上演するというのは、今度がはじめてだというのに。

すぐに思い出すのは、昭和55年の春(嗚呼、もう三十二年の昔だ!)歌舞伎座でいまの第一線クラスが結集した『仮名手本』の通しである。当然、役が競合するから日替わりのダブルキャストということになる。今の團十郎の海老蔵・吉右衛門組が判官と勘平と定九郎、今の仁左衛門の孝夫と幸四郎の染五郎組が大星と石堂と平右衛門を替わるのだ。菊五郎・辰之助が出ていないのは、当時菊五郎劇団は三月は国立劇場が定席だったからで、女方は玉三郎がおかる、澤村藤十郎が顔世で通した。ベテラン組からは、富十郎が師直、宗十郎がお才と戸無瀬をやっている。(吉右衛門の勘平とは、エッと思うようだが、どうしてこれが、播磨屋若き日のあまり知られざる傑作であったりとか、いろいろミソがあったのだった。)

この時点でこういう企画が生れたのは、つい三年前の五十二年秋に、歌舞伎座と中座に東西のほぼ全俳優が結集しての大忠臣蔵が評判を取った記憶がまだ生々しいというタイミングにあったかもしれない。つまり当時の第一線世代が、円熟からさらにある者は爛熟へと向かう、こと芸に関しては戦後歌舞伎の栄華のきわみにあったわけで、そこへぶつけたこの「花形忠臣蔵」の成功が、次代の彼らを決定的にしたのだったと私は考えている。

その二年後に今度は、勘三郎の勘九郎が判官と勘平、福助の児太郎がおかる、三津五郎の八十助が若狭助と平右衛門という中で、海老蔵が大星をつとめるという「花形忠臣蔵」があったりしたが、要するに私は、今度の花形一座の『忠臣蔵』に、こうした思い出と、翻って期待とを重ね合わせたのだった。いま、なのだ。いま、染五郎以下の面々がどれだけの『仮名手本忠臣蔵』を見せることが出来るか? 縁起でもないことを言う気はないが、歳月が人を待たない以上、個々にはともかく、集団として見るなら、現在の第一線級は、いま現在をもって頂点と見るべきなのだ。

もっとも今回の顔ぶれは、海老蔵も出ていないし、勘九郎・七之助兄弟は中村座出演中だし、という具合で、花形総結集というにはちと駒が揃っていない。いまひとつ、ワッとした感じにならないのはそのせいかもしれない。これが、たとえば染五郎と海老蔵が大星と判官を、菊之助と亀治郎がおかると勘平を日替わりにする、などということだったなら、前評判は三層倍ぐらいにはなっていたかも知れない。ないものねだりをしても始まらないが、たとえば平成中村座の活気に比べても、こちらは何となく大人しやかな感は否めない。まあ今回は取り合えず、ということにして、さて肝心の舞台はといえば、外の嵐のような大荒れではないが、花見酒に浮かれるというわけにも行かない。おかると勘平が道行く戸塚の坂辺りの気象のように、空定めなき花曇り、というところのようだ。

さて大序の幕が開いて(口上人形が役人替名を読上げるのが、開演前でなく、上演時間の中にカウントされるようになったのは何時からだっけ。いずれにせよ、20世紀の頃には見なかった光景であることは間違いない)、亀寿の直義が第一声を発する。この人はもうひと役は千崎だが、彼と、兄の亀三郎が石堂と不破をつとめるのが、今回私の密かな楽しみであった。彼らの父親の彦三郎は、病気のために志を縮小しなければならなかった気の毒な人だが、今の菊五郎、前の辰之助とともに、薪水を襲名して花形として躍り出た頃は、地味ではあってもその爽やかさにおいて、先の二人に充分拮抗する若きエースだった。この兄弟、とりわけ亀三郎を見ていると、あの頃の薪水を思い出す。この機会を掴んで、どうかアッと言わせてほしいと願っていたのである。で? 今度に限って言うなら弟の方が好成績だった。二役ともシングルヒット、兄貴の方は石堂で三塁打ぐらい打ってくれないかと期待していたのだったが、一歩一歩、着実に歩むのがお祖父さん以来の橘屋の家風なのかも知れない。(それにしてもこの人、随分口が小さいのが、特に不破のような役だと気になった。化粧にもうひと工夫あって然るべきだろう。)

松緑の師直を、祈るような思いで見つめる。懸命の努力・工夫はよくわかる。手強さも存外ある。人形身から返るところはもっとキッパリしてほしいと思ったが、「大序」はまあ無難として、三段目になるといわばストレートプレイで地芸になるから、どうしても若さが出る。顔のつくりが歌舞伎離れをしたリアルさで、『仮名手本』の師直というより映画の吉良上野みたいになる。(ときどき、白目を剥いて横目で睨むと、むかし時代劇映画でよく見た薄田研二という人を思い出した。子供だった当時の私は知らなかったが、新劇界では草創期以来の大物なのだと後に知ったものだった。)正月の『妹背山』の鱶七ではアッと言わせたが、少なくとも三段目の師直は、型物のようで型物でないような、なかなか手に負えない役であるに違いない。

獅童の若狭助も、大序だと、延若ばりの男ぶりが物を言ってまずまずだが、やはり三段目になると、どうも時代劇に近くなってしまう。大小を投げ出して這いつくばう師直と、切るに切りかねる若狭の居どころが、細かいことを言うようだが、どうも落ち着かない。若狭助が舞台の中心に寄っているような気がする。これは、この後の菊之助の判官もそうだったから、意図したことであったのかもしれないが。

と、菊之助が出たところで、大分長くなったからまず今回はこれ切り。この続きは次回ということにしよう。(続く)

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