随談第381回 よしなしごと(その4・大相撲慈善場所開催を!)

大震災の報道の陰で、八百長相撲疑惑力士処分の記事がほそぼそと伝えられている。一方、サッカーやプロ野球でチャリティ試合を開催という報道も伝えられ、一歩先んじたサッカーは老兵三浦がシュートを決めたりして、またもや好感度ナンバーワンとなった。プロ野球はセ・リーグの開幕をめぐってミソをつけて、またしてもサッカーに水を開けられそうだが、まだ致命傷ではなかろう。

一方、致命傷を負ったままの大相撲は、白鵬や把瑠都が街頭で募金をしている姿がテレビに映った。募金ももちろん結構だが、思うのはいまこそ相撲協会は「大相撲チャリティ場所」を開催すべきだ、ということである。それも、よくある一日だけの花相撲形式ではなく、向こう十五日間、とは言うまいがせめて一週間ぐらい、本場所と同じ形式で、というより、本場所の「格」で、行なうのだ。本場所の格だから、成績も何らかの形で番付に反映させる。もとより異例だが、三月の本場所を自ら中止にするという前代未聞の「異例」を行なったのだ。もうひとつの「異例」を行なえないことはなかろう。三月場所に代る「準本場所」と位置づければいい。

本場所の格なのだから、全力士が出場する。初っ切りや相撲甚句など、花相撲めいたサービスは一切いらない。肝心なことは、全力士、土俵に専念して、いい相撲を取ること。その一点。被災者のことを思ったら、まさか、いい加減な相撲は取れまい。相撲というのはこんなにいいものなんだぞ、ということを観客の前で、目の当たりに実証して見せる。相撲って、こんなに面白かったのか、と観客に納得させる。つまり、大相撲の神髄を天下万民に見せ、大相撲の醍醐味を知らしめる。それに尽きる。

そうしてその間は例の八百長疑惑追及のナントカ委員会は活動を中断して、何なら、例の疑惑の力士も、今生の思い出に出場させたっていい。そもそもあの手の連中は、年齢から来る衰えや、致命的な怪我などが理由で出世の見込みがなくなったところから、細く長く現役に留まろうとしてああいうことに手を染めたのであって、これが最後と思えば、必死になって相撲を取るだろう。もし素晴らしい相撲を取ったなら、疑惑まっ黒の三力士だか四力士だかはやむなしとしても、灰色力士はシロと見做すことにしてやったっていい。どうやって、誰が見分ける? 勝負審判がプロフェッショナルの意地と誇りにかけて、目を光らせるるのだ。見抜けなかったら? 見抜けないほどの(八百長)相撲を取ったのなら、それはもう八百長の域を超えているのだから、つまり八百長ではないのである。(これは冗談ではない。いうところの八百長って、要するにそういうことではないのか?)

ちょっと話を脱線させる。選抜高校野球で、被災地から出場した東北高校が、全力疾走、全力野球でプレーをし、勝敗に関係なく見る者にアピールした。高校野球なのだから、そうあるべきだし、それでいいのである。私だって、ホロリとした。しかしプロ野球だったら、それではいけない。昔、巨人の遊撃手の広岡は、鈍足だったり、凡打だと全力疾走をしない打者の時は、ちょいとスナップを利かせた一塁送球を山なりに放ってアウトにした。ちょっと皮肉な、そこがまたいかにも広岡らしい、名人芸だった。走者の足が一塁に駆け込むひと呼吸前に、ストンと、ボールが一塁手のミットに収まる、その間のよさったらなかった。広岡より更に昔、東急フライヤーズのエース白木義一郎は、ピッチャーゴロを取ると矢のような球をキャッチャーに向けて投げる。キャッチャーも心得ていて、それを一塁に転送してアウトにする、ということをやった。これも、ちょっぴり相手をなめていて、皮肉な、しかし何とも味な、観客サービスだった。何と素敵ではあるまいか。(そう思いませんか?)少なくとも私は、高校野球で(「走塁」ではなく)「守備」についたり戻ったりに全力疾走をするのを見るより、かくの如きプロの「洒落た」プレーを見るのを好むものである。(もちろん、全力疾走で守備につくことをモットー(売り?)にして人気を博する選手がいたって、ちっとも構わない。それもまた、プロのひとつのあり方である。)

この二つの例で、私の言わんとするところはお分かりいただけるであろう。そう、何事によらず、プロの「興行」とはかくのごときものなのであり、あるべきなのである。大相撲また然り。審判委員が全員ダマサレルほどの「八百長相撲」を取ったとすれば、それはもう八百長ではないのだ。アマチュアとプロの違いはそこにあるのだ。大相撲をめぐるカンカンガクガク(だけでなく、諸事何かにつけて)当節、アマチュア主義万能であり過ぎる。(アマチュアリズム自体がいけないというのではありませんよ、念のため。)

さて、閑話休題である。要するに、相撲協会は、このような趣旨の「慈善大相撲興行」を開催して、全力士、横綱からフンドシカツギ(と、敢えて言う。プロなのだから、妙にデモクラチックな巧言令色に甘えるべきでないからだ)までの全力士が、プロフェッショナルの相撲取りとはかくなるものか、という相撲を取って、見に来てくれた見物を唸らせるのだ。

開催場所はもちろん両国国技館だから必要経費以外はかからない。費用はすべて自分持ち。もちろん有料。(金額はどのぐらいがいいか? マア、本場所よりは安くすべきだろうが。)収益は全額、被災者支援のために寄付する。(チャリティなのだから当然だ。)放駒理事長は、総ての膿を出し切るまでは、などと実行不可能なことを何時までも言っていないで、「大相撲慈善場所」を、英断を揮って実施すべきである。膿を出し切ってから、ではなく、満身創痍でも、プロならではというところを見せるのが、真のプロではないか。

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随談第380回 よしなしごと(その3・いまこそコモンセンスを!)

この、日に日に積もるばかりの鬱陶しさ! 地震と津波だけであったなら、よしそれがどんなに悲惨な事態であったとしても、この何ともやり切れない鬱陶しさは、少なくともなかったに違いない。もう、事の真相は見えてしまっているのだ。人事を尽すことが、限りなく神頼みに等しくなろうとしているいま、原発の是非をめぐる議論というものは、既に結論が出たというしかない。事故が起った時に当事者が自分の手で対処できないというのは、子供が火遊びをしていて、自分では消すことが出来ない火事を起こしてしまったのと、どこに違いがあるだろう?

想定外、という言葉がしきりに聞こえてくる。しかし今度の原発事故の場合、想定外とは単に見通しの甘さというのと同意語でしかないことは、既に明らかになっている。今度の地震のマグニチウドが9.0というのは、世界中でこれまで起った地震で第四位だそうな。つまり悪魔の世界で地震オリンピックなるものを催したとすれば、頑張りましたがメダルには届きませんでした、すみません、という程度の代物なのだ。それを、千年に一度あるかどうかという地震の被害など、「想定外」にしてしまえ、ということにしてしまったわけだ。縁日で買ってきた亀が翌日死んでしまったのなら、亀は万年というからちょうどその日が生まれて一万年目だったのだ、と思って諦めればすむが、今度の地震がちょうど千年目でした、あきらめましょう、というのと、思考法としては同じだろう。つまり、原発安全神話というのは、夜郎自大という、精神の弛緩が生んだ、よく言って夢、有体に言えば、あぶく、つまりバブルだったと思うしかない。

せめては、いま既に作ってしまった原発は、最低、これまでにあった最大の地震がマグニチウド9.4であったという、それ以上のが来ても耐えられるだけの補強をすべきである。それも、いますぐに。いまそれをしなければ、またいつのまにかうやむやになって、忘れられてしまうだろう。(そのときまで日本という国が存続できたとして、だが。)こういうことは、専門家の百の議論よりも、素人のコモンセンスで決めることなのである。

それにしても、われわれの住む世界というものが、何とまあ、電気に頼り切った上に成り立っているかということを、いま誰しもが、今更のように考え始めている。情報量のストックを誇るパソコンも、電気が停まればたちまちお手上げである。考えれば恐ろしくもなる。そうして、われわれの日常生活というものが、何とまあ、電気をじゃぶじゃぶ使っていることか。「湯水のごとく」という浪費を表わす比喩は、「電気のごとく」と言い換えるべきだ。東電は、いや政府は、何故東京二十三区内も停電の対象にしないのだろう。但し、いまやっている「計画停電」のような、利用者に「無計画」を強いる独善的なやり方ではなく、もっと「計画的に」対応できるようなやり方をしてくれなければ困るが。

本来このブログは、こんな野暮な話をする場所ではないのだった。同じ地震津波や停電の話をするにしても、新井選手会長を見直したぞ、とか、相撲協会はいまこそ「大相撲慈善場所」を開催すべきだ、といったようなことを書くつもりだったのだが、どうも肩に力が入ってしまったようだ。だが、これも誰ゆえ、なのだ。

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随談第379回 震災をめぐるよしなしごと(その2)

地震・津波という天災に加えて、原発の被災という、多分に人災の要素も加わって、10日も経つのにますます事態は混迷。むしろ戦時を思わせるような雰囲気になってきた。

爆発して天井が吹っ飛んだところに水を入れて温度を下げるというので、ヘリコプターがバケツで空から水を撒こうという光景を見た時は、天井から目薬という言葉を思い出した。もうあんな手しかないのだとすれば、誰だってこれはマズイと思ったに違いない。かつて、B29が撒き散らす焼夷弾をバケツリレーで消そうとしたのを、戦後になってから識者がせせら笑ったが、実は六十年たったいまも笑えないことになる。まして、空中に停止して真下へ目がけて投下するのならまだしも、それは被爆の危険があるからできないのだという。してみるとあのヘリを操縦する自衛隊員は、昔の爆弾三勇士みたいなものではないか。爆弾三勇士は身を犠牲にして敵陣を破り「軍神」となったが、まさか現代の自衛隊員にそんなことを求めるわけには行かない。

さすがに、あれではムリだと上層部も思ったのだろう。今度は消防の力を借りて、海水を吹っ飛んだ天井越しに注ぎ込むという作戦に変った。これはかなりうまく行ったようで、任務を終えた隊長のような人が、記者団に作戦の一部始終を詳しく説明している光景をテレビで見て、私はこの隊長さんにほとほと感服した。大変な任務を終了して心身綿のごとくであろうのに、幾枚もの資料を使って面倒な手間隙をいとわず、言語は明晰言葉は丁寧態度は真摯にして淡々、アーともウーとも全く言わずに、訥々としながらも淀みなく、われわれ素人にも手に取るように明確に説明する。こんな見事な記者会見を私は見たことがない。この人は消防の人らしいが、自衛隊でも警察でも、こういう人がいるのだなあと、改めて思わないわけには行かなかった。(われわれのような自由業には、こういう人はついぞ見ることがないから、なおのこと印象的だったのかもしれないが。)戦後になってから、軍人の中にも立派な人はいた、という言い方をすると、進歩派を以て任じるような向きから批判が来る、ということがよくあったものだが、要するに、世のため人のために身を捧げることを職とするプロフェッショナルとしての見事さ、というものであろう。

と、ここまで書いてきて、最前から頭の中で鳴り出した音楽がある。子供のころにレコードで聞いた、「肩を並べて兄さんと、今日も学校へ行けるのは、兵隊さんのお蔭です。お国のために、お国のために戦った、兵隊さんのお蔭です」という、ある年配以上の人なら誰でも知っている有名な唄である。まったく、今こうしている時にも、その人が自衛隊であろうと警察や消防であろうと、東電や関連会社の社員であろうと、原発の事故現場で悪戦苦闘の作業をしている人たちのお蔭で、今日もガソリンやトイレットペーパーやインスタントラーメンの買占めにいそしんでいられるのだ。そうして、その買占めに走っている当のその本人なりその夫なり恋人なり何なりは、先日の地震発生当日の夜、帰宅難民となって、大渋滞のなかでもクラクションひとつ鳴らさず、海外のジャーナリストを驚嘆させたのと、同じ人達なのだ!

まったく、人間というものは悪魔にも天使にも瞬時にしてなるのであって、被災地の人達の惨状をテレビで見て涙する人が、その足でスーパーへ行って買占めをする。その人だって、現地へ行ったらまさか略奪行為はしないだろう。もしする奴がいたら、非国民と罵るだろう。にもかかわらず、自分の住む地元のスーパー買占めをすることが、間接的に略奪行為に等しくなるとは、思わないのだ、ね?

原発から半径20キロだか30キロだかの円の中に家があって、でも逃げるに逃げられずにいる人の家に、アメリカなら半径80キロで避難するのですよ、というFAXを匿名でピコピコ送りつけた人があるという。こういうのは、善意なのだろうか、それとも・・・。

セ・リーグは、開幕戦をナイターで予定の日程でやると決めたら、非難を轟々と浴びた。会議を開き直して、ほんの数日だけ開幕を遅らせ、ナイターもほんの数日だけ、やらないことにした。なるほど、パ・リーグのロッテ球場や西武球場は計画停電の対象範囲内だが、東京ドームも神宮球場も、セ・リーグの球場は停電の対象外だものね。人間、一度決め(てしまっ)た予定や日程というものは、なかなか変えられない(変えたくない)モノなのです。他人事ではない。あなた(わたし)だって、わが家がぐらぐら揺れる中でさえ、あしたの予定はどうしよう、と考えなかった人はたぶんいないだろう。しかしそれにしても、セ・リーグは・・・。阪神大震災のときは、二か月余の時間があった。開幕のとき、すでに現地は復興にかかっていた。だがいまは、まだ現地は修羅場なのだ。いま試合をやって、現地の被災者の誰がそれを見て励まされるのだろう?

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随談第378回 震災をめぐるよしなしごと

悪夢という言葉がこれほど実感されたことはない。夢であってくれという思いというのは、こうしてみると、人間のほとんど本能に近い感覚なのだということが知れる。受け容れざるを得ないものが現実になったとき、これは現実ではないのだという思いの中に逃げ込みたくなることを、悪夢というのだ。

それにしても、刻々と伝えられる報道を、テレビのチャンネルをあれこれ切り換えながら見ている間にも、人間のさまざまな姿やあり方が嫌でも見えてくる。何よりも、深く感動を覚えるのは、被災した人達が、カメラやマイクを向けられたときに見せる、謙虚で素朴な態度と物腰である。想像を超える体験をくぐり抜け、人間の欲にかかわるもののほとんどすべてを失った後だからかもしれないが、どの人も、何という謙虚さなのだろう。人間の尊厳という言葉が、とかく安く使われる現代に、この人たちの姿ほど、人間の尊厳とうものを改めて思わせられることはない。それが、東北という土地の、ごくごく普通の人達であることが、ひとしお、そのことの意味を痛感させる。

それに比べればいくらのものでもないにせよ、肝を冷した地震発生当日の夜、東京の街々でいわゆる帰宅難民が見せた沈着さ冷静さを、外国の新聞が伝えたという報道を見ると、こういうときに見せる日本人の姿というものは、よそ目にも感嘆に値するものであるらしい。数時間びくとも動かない渋滞の中でクラクションひとつ鳴らす者がない、といったことである。阪神の大震災のときにも、給水車に並ぶ長蛇の列が、まるでチケットを求めに劇場の窓口に並ぶ列のよう、と報じたどこかの国の新聞があったっけ。へーえと思いたくもなるが、妙な愛国心を振り回すのと違って、これはやはり自負していいことなのだろう。しかもこれは、日頃、街を歩いても電車に乗っても、お互い、舌打ちをしたり目を剥いて睨んだりし合っている、あの人達であり、私自身なのだ。

こういうものを、仮に「叡智」と呼んでもいいとすれば、対照的に、ほとんど致命的な頭の悪さと思いたくなるのが、東京電力の言動である。原発事故への対応然り、計画停電への対応然り。どちらにも共通しているのは、自分たちの思い込みで事に当ろうとする態度・対策から顕著になってくる不手際と、人間の心理というものに対する鈍感さで、彼らに言わせれば彼らなりの誠実さで事に当っているつもりらしいのだが、その「誠実」さがこちらから見ると、却ってますますいらいらを募らせられる。

計画停電をするなら、もっと単純明快で公平なやり方をしなければ。やるといってやらなかったり、夜になっても明日の予定がまだ公表されなかったり。東電としては、需要と供給のバランスを見ながら少しでも「皆様のご負担を軽減」しているつもりなのだろうが、「皆様のご負担」というのは停電をすることだけにあるのではない。被災現場のあの悲惨を見れば、だれも停電を嫌だなどと思いはしない。予定された停電をしなくてもすみました、と言われて、ああよかったなどとは、誰も思わないということなのだ。むしろそのために、仕事や行動の予定が立てられないことが不満をどれだけ募らせるか。どうしてそういう、当り前のことが分からないのか? 要するに、人間というものがまったく判っていないのだ。

やるならやる、というだけの話ではないか。だれも文句は言わない筈だ。地区別に停電するというのなら、たとえば月曜日はA地区は終日停電、火曜日はB地区、という風にするとか、明快にしなければ。夜10時になったら消灯、と慎太郎都知事が言ったそうだが、まんざらそれも放言ではない。

もっと不可解なのは、何故これほどの大問題を、政府が東電に任せ切りにしておくのだろう。首相はわざわざ物々しい記者会見を開いておきながら、東電が計画停電に踏み切りたいというのを了承しました、と言っただけで傍観しているのは、無責任な話である。慎太郎都知事が、蓮舫担当大臣に対して、どうして政令にしないのか、と言っていたがまったくその通りだ。初日の不手際を見ただけで、あの頭の悪いやり方では東電に任せておけないことは明らかではないか。もっともその慎太郎都知事も、突如四選出馬宣言をして東京に激震を走らせようとしたら本物の地震が起ってしまった。これはまったく、洒落にならないどころの話ではない。

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随談第377回 与那嶺追悼

与那嶺が死んだ。王貞治氏が、小学生のときはじめてサインをもらったスター選手が与那嶺だったと語っているように、われわれの年代の者にとっては、一種独特のなつかしさを持っている選手である。川上や藤村だとちょっと畏れ多すぎる。長嶋以降の時代の選手だと、こちらがもう大きくなってしまっているから(向こうの方が年上ではあるのだけれど)、どうしても批評的な目で見ることになるから、有難味が薄くなる。やはり小学生、せいぜい中学生までの目で見た大人でないと、こちらがどんなに齢をとっても永遠に保たれる、英雄としての純粋性?を持ち得ないのはやむをえない。

(私はどうも、同世代だから、という理由で、われらの誰それ、と持て囃す意識が薄いらしい。役者だろうと映画スターだろうと、野球選手や相撲取りだろうと、同年・同世代の人というのは、何だかタイシタコトナイような気になってしまう癖(へき)があるらしく、よく、同世代だから応援します、というようなことを言う人がいるが、フシギで仕方がない。もちろん同世代にも、いいと思う役者や選手や力士はいるが、それは同世代だからいいと思うわけではない。私が同年・同世代の人たちに親しみを抱くとすれば、同年代故におのずから見えてしまう弱みや弱点を共有していることから、同病相憐れむが故である。)

ところで、与那嶺だが、戦前の野球には直接接した記憶を持たず、一リーグ時代のプロ野球と同時代の六大学野球から、私にとっての神話伝説の時代が始まる(それこそ私のような世代の)人間にとっては、突如ハワイからやってきて片言の日本語をあやつる与那嶺のような選手は、一種のガイジンであって、異国情緒を伴って見えるのが魅力だった。専門的に言えば、どなたも言うように、初出場の試合でいきなりセーフティバントを決めたり、アグレッシヴな走塁をしたり、というような(いまさら私などが聞いた風な口をはさむ必要もない)それまでの日本野球になかったハイレベルのプレーの数々ということになるわけだが、縁なし眼鏡をかけレフトへ流し打ちをする打法といい、走塁のときの、当時の日本人選手にはない加速のついたような走り方といい、小学生の目から見ても、それまで見たことのない、当世風にいうところのオーラが漂っていた。

戦後のプロ野球にも、若林のような、ハワイ出身の、やはり普通の日本人選手とは違うスマートさをもった選手はいたが、われわれから見れば、若林は監督を兼任するような戦前派の大選手で、親しみを覚えるという対象ではなかった。初物、というフレッシュさを、与那嶺に感じたのだと思う。千葉、青田、川上と続く巨人の上位打線に、与那嶺が入り込む。巨人のレフトは、一リーグ時代には、塀際の魔術師といわれ外野のフェンスから手を突っ込んでホームランをレフトフライにしてしまうのが得意の平山が5番打者だったが、2リーグに分かれたとき大洋ホエールズに行ってしまったので、レフトがちょっと手薄だった。小松原というまん丸眼鏡をかけた、ちょっともっさりした感じの選手がいて、それなりの働きはしていたが、正直、あまり面白くなかったのだ。そこへ、縁なし眼鏡の与那嶺が入って来て、異国情緒を漂わせながら素晴らしいプレーをする。あの新鮮な驚きは、その後いろいろな外人選手が入って来て見せたものとは一味もふた味も違う、与那嶺だけが見せたものだったような気がする。

縁なし眼鏡というのは野球選手に限らず、当時の一般の日本人にはあまり馴染みのないものだった。(あるとすれば、『金色夜叉』の富山のような、キザでイヤミな人物をあらわす扮装で見るもので、大映映画の『金色夜叉』で、山本富士子のお宮、根上淳の貫一に、船越英二が富山をやったのが金縁眼鏡のイメージどおりだったっけ。)そのころの眼鏡をかけた野球選手といえば、野口二郎とか阪神の御園生とか戦前派の大投手もいたが、アンダースロウの南海の武末とか、火の玉投手荒巻とか、みんなまん丸眼鏡でどうもあまりスマートとはいえないし、大体、眼鏡など掛けていると弱っちく見える。要するに、眼鏡を掛けて格好良く見えた最初の選手が与那嶺だったといっていい。

与那嶺が切り拓いた道はたちまち開けて、以後、キャッチャーの広田とか投手の西田とか、やや遅れて三塁手の柏枝とか(宇野光雄のあと、長嶋登場までの巨人の三塁手の名前をスラスラ言える人はそう多くはいない筈だ)エンディ宮本とかいったハワイ出身の選手が続続入って来るようになる。阪急のバルボンのような黒人選手も入ってくる。しかしまだ、現在のような外人選手たちとはどこか、感じが違ったのは事実だ。皮肉に言えば、一種の擬似外人だったわけだが、一般人の海外渡航がまだ解禁されない時代だったことと、これは表裏一体のことに違いない。そういう時代の「異国」を、かれらハワイ出身の二世選手たちは体現していたことになる。外伝が、与那嶺の死を第二のジャッキー・ロビンソンと報じたというが、なるほど、そういう見方もあるのかと、ちょっと感心した。(続く、かもしれない)

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随談第376回 二冊の新書

最近読んだ二冊の新書が面白かった。一冊はPHP新書から出ている、小野俊哉『プロ野球最強のベストテン』、いま一冊が、ちくまプリマー新書の松本尚久『落語の聴き方 楽しみ方』。どちらも昨年末に出て、既に話題にもなっているものだから、紹介という意味は薄いかも知れないが、類書がありそうで、じつはこれまでの類書から抜け出てているという点で、共通する。もっとも、野球と落語、それ以外にこの二冊に重なり合うものがあるわけではない。

『プロ野球最強のベストテン』は、誰それは凄かったでえ、といった口碑による神話伝説のたぐいを一旦捨象した上で、記録の読みに独自のプリンシプルを立てて、ポジションと打順を本位に、昭和11年以降の過去現在を通じてのベストメンバーを選ぶという発想とスタンスが卓抜である。まさに、類書がありそうでない、着眼と方法のユニークさに於いて際立っている。腰巻のキャッチフレーズに、「王貞治を上回る!ミスタータイガース藤村富美男の打点が凄い」とあるが、つまり、四番打者というものはどれだけ打点を稼ぐかの一点に尽きる、という原則から、歴代の強打者の記録をいろいろな角度から比較検討、藤村が史上最高の四番打者であり、王は出塁率と長打率の双方が求められる三番打者として史上最強打者であるということになる。因みに最強の5番はマニエル、6番は張本、というわけで、大下も川上も中西も長嶋も選ばれない。しかし検討の対象として中島治康から始めるという目配りのよさも、なかなかのもので、そこに説得力がある。

ベストナインというからには、当然、打撃・走塁といった攻撃面だけではなく、守備も検討対象になり、一ポジションは原則一人となるから、その面から選ばれないということも生じてくる。どういう結果になっているかは、本書を見てもらうとして、まずは電車内でよむには最適、ときに降りる駅をうっかりしかねない程度の面白さは請合うことができる。遊撃手の選考対象に木塚忠助や平井三郎が出てきたり、強打の捕手として、ベスト五年間の10試合にどれだけ安打を放ったか、という観点から見ると、野村でも田淵でもなく、土井垣武が一位に出てきたりする。読みどころといえば、そういった例が随所に出てくるところだろう。半面、あくまでも記録の読みが本位だから、怪力乱神を語るがごとくあまたの名人上手の神話が語られ、著者がそのつど、腰を抜かさんばかりに感嘆これ久しくして見せるような面白さはないのは、やむを得ないところと言わねばならない。あくまでも記録記録記録、記録をもって語らせるという行き方。だがその間に窺われる見識が、時として覚える一種の味気なさを補うに充分である。

『落語の聴き方 楽しみ方』は、落語論として現代の読者におそらくこれ以上説得力のある方法はないといってもよい。分析力と、目配りと、センスのよさと、落語を愛すれど淫しないスタンスの置き方の絶妙さにおいて、これも類書をはるかに抜いている。滑稽話と人情話を、話し手が現在に身をおいて話すのと、完結した物語を語ることの違いであり、つまり現在時制と過去時勢で語る違いだとし、歌舞伎の世話と時代の構造の違いなどとも重ね合わせる見通しのよさには、なるほど、と少々嫉妬すら覚えつつ、教えられる点も多々ある。これというのも、つねに落語の現在に接し続けながら、過去の名人上手(ばかりでなく)にも(愛をもって)にも目配りを怠らない著者の姿勢が、パースぺクチヴのよい「目」を持つことを可能にしたからに違いない。

歌舞伎でもそうだが、演じる者も、批評をする者も、それぞれの興味からそれぞれの語り口で芸をし、文章を書くわけだが、結局は、少なくともそれがすぐれたものである限り、歌舞伎とは何だ、落語とは何だということを、観客や聞き手や読者に向っておのずと語りかけている、」というのが私の考えである。別に理屈をこねるという意味ではない。客をうっとりさせ、アア私はいま歌舞伎を見ている(落語を聴いている)んだ、そうすることの喜びの中にいるんだ、と思わせることが出来たなら、それはすなわち、歌舞伎とは、落語とは何だ、ということを客に訴えていることになる。それによって、ひとりひとりが、私の歌舞伎、私の落語をもつことになるのだ。ただ残念なことに、評する者、論ずる者は、役者や噺家のよりも理屈っぽくならざるを得ないだけである。

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