随談第253回 昭和歌謡歌仙

はるか前にも書いたことがある筈だが、毎月一回、歌仙を巻く会をかれこれ二〇年来続けている。五七五の長句と七七の短句を交互に連ねて三十六句で巻き上げる、つまり連句である。神田連雀町の甘味屋の二階座敷を借りて、午後三時から閉店時間の八時まで、十人余りいる同人が、その時どきの都合で、三、四人だったり、七、八人も集まったりする。

人数が多いと、つい閑談の方に身が入って句を作るほうが従になったりする。中にはそっちの方が目的で出席するかのような輩もあるが、句を作るのとお喋りがほどよいタイミングで展開してゆく知的な快感は、ちょっと他には求められない。純和風の木造の二階座敷から表の小路を眺め下ろす感じが、『一本刀土俵入』の我孫子屋のお蔦の気分で、いま時分の季節などことに気分がよろしい。

例会は第二土曜日だから、大相撲が東京場所の場合だと、たいがい初日の前日にあたるので、暮れ方ころになると触れ太鼓が回ってくるのが、これまた何ともいえないいい気分である。その店でも祝儀を出すので、必ず一行が立ち寄って、明日の初日の幕の内の取組のいいところを呼び上げていく。そのときは句を巻くのを中断して、階下の店へ降りて聞く。呼出し連中の練り上げた声というのは、間近で聞くと実に見事なものでまさしくプロフェッショナルだ。ふだんなら相撲など関心がなさそうな若い女性客も、興味津々の面持ちで聞いているのが、これまたいい。

毎月の例会で巻くのはごく普通の歌仙だが、二年ごとにまとめて出している雑誌には、例会で巻く作品のほかに、同人相互で適宜誘い合って巻いたものも載せる。こういうのを、むかしは葉書のやりとりで進めたので「文音(ぶんいん)」というが、いつしかFAXになりさらにはメールで巻くのが当然のようになった。こちらは、普通の歌仙ばかりではつまらないので、テーマを決めた変り形の歌仙を巻く。歌舞伎歌仙、落語歌仙、映画歌仙、文芸歌仙、古典歌仙、時代劇歌仙、絵画歌仙、さらには野球歌仙、サッカー歌仙、源氏物語歌仙、百人一首歌仙、グルメ歌仙、酒歌仙、菓子歌仙、宇宙歌仙から手塚治虫歌仙などというオタク風、出来心歌仙、悪食歌仙、泥酔歌仙などというのもある。もしかすると、これはわが会だけのスペシャルかも知れない。

この秋に出す予定の号に向けて、ついこのほど、四人ばかりで『昭和歌謡歌仙』というのを巻き上げた。前号でもやって面白かったからだが、いわゆる歌謡曲から、ジャズ、シャンソンなどのアチラもの、軍歌、童謡、唱歌から、昭和という時代に歌われた歌なら何でも句にしてかまわない。昭和と限定したのは、巻き上がればおのずから「歌で見る昭和史」という趣きを呈するからである。連句というのは「句」によるリレーゲームだから、展開につれて、自分でも忘れていたような曲がひらめいたりする。渡辺はま子の歌った『サンフランシスコのチャイナタウン』から南京言葉という語(中国語のことを昔はよくそう言ったのだ)が思い浮かんだ連想から「南南南南ナンキンさん、南京さんの言葉は南京言葉」という歌が記憶の底から甦った。野口雨情の作詞だ、と早速に一人が調べてくれる。ほかにも『鐘の鳴る丘』だの『おーい中村君』だの、『涙の渡り鳥』だの、おかげで大分、私の中の「記憶の玩具箱」の整理もできたようだ。

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随談第252回 観劇偶談(その117) 今月の一押し 段四郎の玉の井

今月はなんといっても『身替座禅』の奥方の段四郎である。他にも、コクーン歌舞伎での勘太郎のお辰など、めざましい成長を見せたものもあるが、今回は段四郎玉の井にとどめを刺す。いろいろな『身替座禅』を見てきたが、かくあるべき玉の井にはじめて巡りあったという感がする。

よく指摘されることだが、この狂言はとかくサービス過剰のどたばたになりやすい。狂言の方では、極重習いなどといってごく重い演目になっているが、また事実、野村万作のを見てなるほどと思った記憶も忘れがたいが、歌舞伎としては、そのエスプリを掬い取りさえすればいいのであって、やたらに過大に考える必要はない。といって、右京の恐妻ぶりと玉の井の猛妻ぶりを、どういう風に見せるのがいいのか、もうひとつ判りかねるところがあった。

白鸚の幸四郎が、いつか、この役は、ふだん女形など間違ってもしない役者がやって、ヌット出てきただけでおかしいという風な役であって、ことさらに笑わせたりする必要はないのだと言っていたのが、ひとつのヒントとして記憶に残っている。要するに自分のことを言っているわけだが、しかし本質をつかまえている言でもあるだろう。白鸚という人は、仁といい柄といい、また舞台ぶりから察せられる人柄といい、「ますらをぶり」の代表のような人だったから、おのれをよく知る言でもある。

しかし、いまひとつ、解決しきれない点が残った。もともとこの狂言は、六代目菊五郎の右京に七代目三津五郎の玉の井というコンビで当りを取った狂言である。菊五郎の右京にしても、三津五郎の玉の井にしても、どんな風だったのか、見たことのないわれわれには、じつは想像の外と言わざるを得ないところがある。とりわけ、三津五郎の玉の井がよくわからない。少なくとも、白鸚の言うような、ヌッと出て来ただけでおかしい、というようなのとは少し違うのではあるまいか?

白鸚以外では、私の見たかぎりでは、亡くなった宗十郎のがよかった。品があってかわいい妻だった。しかしこの人には、一流のサービス精神が濃厚にあったから、それが、ときとして気にならないと言っては嘘になる、というところがあった。

さて段四郎である。何がいいといって、これぞまさしく玉の井だという玉の井だった。右京にとっては猛妻でも、見る人によっては、なかなかチャーミングな妻でもある、という感じのあるところがまずいい。それと、じつに「女」を感じさせる。白鸚のは、これに比べると、女の「度数」が足りなかった気がする。そこへいくと段四郎は、みごとに女である。しかもなかなかの肉体美である。あれなら、何のかのといいながら、右京も満更でもあるまいかとすら思われてくる。好いてはいても浮気をする、というところが、恐妻というものの本性であって、夫婦の愛はまた別物であって然るべきである。

それに言うまでもないことだが、段四郎は手いっぱい演じてはいても、過剰のドタバタには陥らない節度がある。いまさらながら、そのことが如何に大切かということも、段四郎は教えてくれる。繰り返して言う。段四郎によって、私は『身替座禅』という狂言がはじめてわかった。

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