随談第265回 観劇偶談(その125) 今月の一押し

今月随一の舞台は歌舞伎座秀山祭、吉右衛門の『逆櫓』である。これは圧倒的であり、今後余程の傑作が出ない限り今年度ベストワンであろう。吉右衛門の松右衛門・樋口ともに現代の丸本時代物としてほぼ理想的、ついで歌六の権四郎が樋口とがっぷり四つに渡り合う気概が役と重なって素晴らしい。近年でのよき権四郎として、又五郎の骨法正しき傑作は別格としても、先代権十郎の気骨(奇骨)などと並べても遜色はないであろう。歌六はこの六月には『鮓屋』の弥左衛門を見事にやってのけたばかりである。老け役の中でも屈指の大役ふたつながらでこれだけの成績を示したのだから、何か相当の賞を貰ってしかるべきだ。それから芝雀のお筆がよい。初役だそうだが、芯が通っていて格があって当代のお筆として最上級に数えられる。東蔵のおよしも、はじめは少し老けているようにも思ったが、芝居が進むうちに実力がわかってくる。お筆との対照といい、まさに世話の女房である。加えて富十郎の重忠。「大手の大将範頼公、搦め手の大将義経公」というセリフの言い方を工夫してみます、と自身でも筋書に言っているがまさにその通り、情理備わって凛然と、最後を締めくくる。こういう役をさせたら、この人、大名優である。

それから、いつもは遠見の子役を使う船頭三人を歌昇・錦之助・染五郎でやるのもいい。熊谷と敦盛の「組討」に子供を使うのは、ものの哀れを引き立たせる効果があるが、『逆櫓』の子役にはそれほどの必然がない。またこの三人の気が入っていて、局面転換に機を得ている。(こういう役になると、染五郎より錦之助の方がさすがに年季が入った役者ぶりなのが面白い。歌舞伎役者としてのおつゆがたっぷり沁み込んでいる度合いの問題である。)

次いでは新橋演舞場の『布引滝』海老蔵の二役、とりわけ実盛は海老蔵の丸本物随一の傑作といっていい。文字通りの一押し、つまり、皆さん是非見ておおきなさいよ、という意味でなら、これこそ正に一押しである。問題のセリフの不安定もまず落ち着くべきところに収まっているし、何よりも実盛という役に共感があることが、たとえば太郎吉を見る目に溢れている。海老蔵っていい奴だな、と見ているこちらも嬉しくなるようだ。(七月の、早々と切符が売り切れたと聞く『千本桜』とは雲泥の違いだが、何たることか、初日に見たら空席があるではないか! あれを見るなら何故こっちを見ないのだ、と気を揉みたくなる。)義賢と二役を兼ね、通して出したのもよかった。『布引滝』という狂言に新しい見解を引き出す契機となり得るかもしれない。だがそれも、海老蔵という材質があってのことだ。(手前味噌で恐縮だが、筋書に書いた拙文をお読み願えると有難い。)

時蔵・亀治郎と三人顔合わせの『加賀見山』の岩藤は、芸評としてはもうひとつ褒められない。海老蔵独特の放胆さの裏目が出て、やや芸が粗い。しかし悪女ぶりのチャームを見る上でと限定付きでなら、これも一押しの対象になり得る。「草履打ち」や「仕返し」で、尾上やお初と引き合うように立ち身で決まるところの、姿のよさ風情のよさ。おのずからなるユーモア。このユーモアこそ、立役が加役でつとめる悪女の真髄である。(おつゆがたっぷりあって、ダルビッシュそっくり! いや、冗談ではなく、この発見は海老蔵論なり加役の女形論の材料になり得るに違いない。ついでながら、ダルビッシュの「色気」はプロ野球選手として新庄以来、しかもはるかに上質である。)

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