随談第266回 相撲ばなし

いかなる天魔に魅入られしか、不祥事、それも前代未聞の類いのことばかりこう立て続けに起ってはたまったものではない。いかに一本気の口下手といっても、テレビのニュースに映る限りのあの様子では、誤解や反感を買うのもまあ仕方がなかったろう。現役時代の土俵ぶりを思うと、北の湖のあの憎体(にくてい)ぶりも、あれはあれでなかなか「かわいい」ものだったのだが、いかになんでも、今回一連の事態への対応は無策に過ぎた。無策でないのなら、当節流行語で言う説明責任とやらに対して、配慮がなさ過ぎた。

というわけで、退陣した北の湖に代わって三重ノ海が総理になった。渋みのある、玄人好みのいい相撲取りだった。安芸ノ海に似ているとも言われた。双葉山を70連勝目に破ったという安芸ノ海である。私は安芸ノ海はリアルタイムで見た記憶はないが、往年のフィルムやグラビアで知る限り、風貌・取り口、なるほど一脈相通じる以上のものがある。三重ノ海と同時代に黒姫山という三役常連の好力士がいたが、この人は文楽の人形のお端下(はした)の女中みたいなユーモラスで味のある風貌で、私は三重ノ海と黒姫山の対戦があると、二人の仕切りを見るのが大好きだった。あれほどの風格と人間味(ユーモア)の渾然とした古典美は、文楽や歌舞伎の舞台でもそう滅多に見られるものではない、良きものだった。(両国駅の改札口ホールに大関時代の三重ノ海の優勝額が掛っている。おついでの際ご覧下さい。)

それにしても、大麻汚染などという代物が大相撲に入ってくるとはお釈迦様でも気がつかなかった、と思うのは実はまちがいで、当然、ありうべきことと思わなければいけないのが現代という時代であり、現実というものである。もう決定してしまった以上、いまさら仕方がないが、「解雇」(この言葉、会社と従業員の関係みたいで、どうも大相撲にはふさわしくない。事実上「追放」だろう。そう言った方が、よほどすっきりする)という判決が適切だったかどうか? 城攻めのとき、落城する敵に逃げ道を一筋、残しておいてやるように、処罰は厳しく、しかし一筋、救いの手を残しておいてやるべきではなかったか? 解雇に対する訴訟というのでは、まるで労働争議ではないか?

新理事長のなすべき一番の重要事は、理事会に外部から参画させる問題にどれだけ真剣に応えるかだろうが、北の湖前理事長が時津風問題のときしきりに言っていた、部屋のことは各部屋の親方の責任というのが本当にそうだとすれば、相撲協会というのは幕藩体制か、あるいは連邦共和国と同じ体制だということになる。初日の挨拶で、一連の不祥事はすべて協会の責任と言明したことでようやく軌道修正された形だが、肝心なのは外部からの理事をどういう形で処遇するか。それ次第で、改革の実態が問われることになる。

折から大河ドラマの『篤姫』はいま、幕府が朝廷の命に屈して、幕政人事に外様大名を参画させるという話である。ひょっとして、徳川幕府ならぬ相撲協会が大政奉還という事態に追い込まれまいものでもない・・・などというのは悪い冗談か?

つい先日桐島洋子氏が面白いことを言っていた。外人力士が多すぎるという声がかまびすしいが、これまで外人力士に頼れるだけ頼ってきながら、いまさらごたすた言うのは虫が良すぎる。モンゴル力士たちの日本語のうまさを考えても、いかに彼等が必死に打ち込んでいるかがわかるではないか。メジャーリーグでプレイしている日本人選手で、あれほど英語がうまくなった人が何人いるだろうか、というのだ。まったく同感である。

このエントリーを Google ブックマーク に追加
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です