随談第279回 朝青龍優勝のこと

初場所は大方の予想と期待をよそに朝青龍の優勝に決まった。場所前の朝青龍に対するマスコミの騒ぎ方というのは、単に量的に過剰だというより、まるで今場所に進退をかけるように仕向けるかのようにすら見えた。どこかの民放のワイドショーで、出場に踏み切るべきか否かでワーワーやっていた中で、硬派とおぼしい女性キャスターが、(ナニ、実は相撲音痴にすぎないらしいのだが)、これってそんなに大事な問題なんですか?と、やや憤然とした面持ちで言っていたのが、むしろほほえましかった。

まったくだ。朝青龍が休場したのは七月の名古屋場所からの三場所に過ぎない。近くは晩年の貴乃花もそうだったし、大鵬などは丸一年も休場したことが一度ならずあったはずだ。もちろん、それが許されるだけの功績があったればこそだが、朝青龍のこれまでの功績を思えばもう二、三場所休場したって、すこしもおかしな話ではない。長期休場していた朝青龍に優勝をさらわれたら恥だとか、白鵬は鼎の軽重を問われるといった議論も、喝を入れるという意味で言うのならもっともだが、じつはこういうことはこれまでだってままあったことだ。よく似た例として思い出すのは、柏戸が肩を痛めてかなり長期の休場明けの場所に、千秋楽に大鵬に勝って全勝優勝をしてしまったことがある。当時は人気作家だったいまの石原都知事が、あれは八百長だと広言して大騒ぎになったのだったっけ。

もし朝青龍がいなかったら、この数年来の大相撲がどういう状態になっていたか、すこし落ち着いて考えれば明らかなことである。貴乃花が衰えて白鵬が台頭するまで、かなりの期間、低レベルの状態が続いていたことになる。外国人力士の問題は、既に半世紀も前、高見山の入門を認めたときから、覚悟しているべきことだった筈である。ほどほどに強ければ受け容れるが、度を越して強くなると反発するというのでは、島国根性丸出しの身勝手と言わざるを得ないだろう。曙が貴乃花と拮抗、もしくはやや上回ってしていたころ、二人が優勝を争そった千秋楽、曙が優勝をさらったときの表彰式の惨状を、私はいまなお忘れるわけにはいかない。貴乃花びいきの観客が表彰式そっちのけで帰ってしまい、桟敷席の大半が空っぽになってしまったのだ。日本人としてあれほどみっともない姿はない。

よく問題になる朝青龍の言動にしても、このことを抜きにしては正当な判断は出来ないに違いない。朝青龍が一筋縄ではいかない人間であることも確かだろうが、事の少なくとも半ばは、報道陣との関係がどこかでねじれてしまったことにあるのだろうと、私は思っている。何度もこのブログにも書いたが、私は、いちど失いかけた相撲への興味を朝青龍を見たことから甦らせた者である。幼いとき、羽黒山・照国の時代に相撲を知り初め、栃錦・若乃花の時代に最も熱心に見た人間である。(歌舞伎歴よりもじつは古いのだ。)はじめて生で朝青龍を見たとき、瞬時に、若乃花に似ていると思った。異能といわれた相撲っぷり、荒ぶる根性、力士としての格に於いてである。はみ出し型の人間であることは事実だろう。だがそれにはるかにまさって、相撲を取るために生まれてきたナイスガイのように、私には見える。相撲の神は、日本国籍の人間だけに宿るのではない。優勝力士インタビュウで「私は日本の横綱です」と語った言やよしである。

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