随談第282回 珍品先代萩

珍品といっても決して悪口ではない。朝丘雪路の政岡、林与一の八汐という『先代萩』を見た。「日本伝統芸能振興会」の企画・製作で、「第三回・歌舞伎ルネサンス公演」と銘打った、れっきとした公演である。各地を回るらしいが、私の見たのは浅草公会堂だった。

朝丘雪路の顔というのは、近ごろますます凄艶さを帯びて、当節稀な役者顔になった。いまの歌舞伎にはなくなった顔である。昔の三代目梅玉とか、三代目時蔵とか、写真でしか見られない昔の女形の顔を思わせる。宝塚をやめてジャズ歌手として売り出した若いころも、瓜実顔でジャズを歌うアンバランスに一種の魅力があったが、それはまあ、もって生まれた生地の話。その後、いろいろ人生の辛酸もなめ年功も積み、いい顔になった。女役者である。素晴らしい、とかねがね思っている。

林与一にしても、もしずっと歌舞伎を続けていたら、いい和事師になっていたに違いない。年配からいっても、上方歌舞伎での序列の上で坂田藤十郎の次、仁左衛門より上になるのではないかしらん。ま、そこらはよくわからないが、いまごろ人間国宝になっていたっておかしくないに違いない。そこらもまた、人生いろいろという他はないが、ともあれ、雪路の政岡に与一の八汐で『先代萩』というのは、アイデアを考えた知恵者こそ殊勲第一の妙案であることは間違いない。

題して『萬夜一夜先代萩』。二幕仕立てで、第一幕が『伽羅先代萩』の「御殿」を、ほぼそのままやる。二幕目はその後日談という設定で、所謂『老後の政岡』を「伊達館奥殿の場」として見せる。前幕の約三十年後、いまや藩主伊達綱村となっているかつての鶴千代に、白髪の老女となった政岡が隠居の暇乞いを願い出、往時を偲び、犠牲となった千松を思い、飯炊き唄を歌い、綱村が政岡を抱きしめる、という芝居である。外記の倅の民部が今では家老職となり、沖の井の娘の沖舟と松島の娘の初島がかつての母の職にいる。

いわゆる小芝居種で、「本行」の『伽羅先代萩』があっての芝居であるという意味では、『仮名手本』の二段目があっての「本蔵下屋敷」であるのと同巧といえるが、しかし、若君と乳母というふたりの人生の時の時を描くという趣向には、なかなか秀逸なものがある。前に澤村鉄之助がやったときも面白かったが、今度の、その「老後」の政岡と、その若き日である「先代萩御殿」の政岡を、二幕仕立ての合わせ鏡のように見せるというアイデアは、単に小芝居に伝えられた一種の「名作」を見せるという企画から一歩も二歩も進めた、端倪すべらざるものといえる。「回顧」や「保存」、「紹介」だけでは、遺産を積極的に生かすことにはつながらない。

雪路の政岡は、鶴千代をかばって立つところで、坂田藤十郎がやったように、栄御前と上手下手入れ替わって若君を上手の部屋に入れて柱にすがってキマル、という型を見せ、与一の八汐は、千松に懐剣を突き立てながら、かつて延若がやったように手鏡を出して写してみせる。栄御前と沖の井・松島は西川鯉之祐ら舞踊家がつとめるのでサマになっているが、綱村は何と江藤潤で、出演した意欲と勇気をこそ、むしろ認めるべきであろう。腰元にもひとり男優がいたようだが、こちらの方がまだしも無難だったようだ。歌舞伎というものは、ただ立っているだけでそれらしく見える、ということがいかに難しいか、改めて知らされる。

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