随談第287回 ブログ再開の弁

3月1日以来、まるまる一ヶ月、更新なしを続けてしまいました。今日、3週間ぶりに開いてみたら、その間なんと延べ3000を越えるアクセスがあったのを知って、つくづく有難いと思いました。改めて、この場を借りて感謝の言葉を申し上げる次第です。

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じつは、おとといまで20日間、入院していました。3月12日の午前1時過ぎ、救急で入院、8日間は点滴だけという有様。救急車や入院はまだしも、点滴すら処女体験というのはいまどき極めて少数派に違いない。病名は十二指腸潰瘍。二十年余り前にも一度経験し、そのときは二ヶ月通院してすんだのだが、今度はあと1ミリで穴が開いていたとのこと。穴が開いていたら腹膜炎か何かで大ごとになるところだった。昭和30年の11月、先代の勘三郎が楽屋から即入院、手術して半年の余休演したのが腹膜炎だった筈と思い出した。いまの勘三郎がまだ生後半年ぐらいの時の話である。

しかしまあ、こんなことにも初体験には初体験の面白さというものはやはりあって、六人の相部屋だったが、20日もいるとつぎつぎといろいろな患者の出入りがある。退院のときは、一番古株だった人と同時だったので、つまり20日で総入れ替えになったわけだが、どなたも、胃なり腸なりが痛いからそこにいるわけで、みんなカーテンを閉め切って孤独に時を過ごしている。交流というものはほとんどない。それでも、看護婦さんとの会話を漏れ聞いていると、つくづく、世の中にはいろいろな人がいるものだと、悪いがなかなか面白い。一日だけの検査入院のつもりだった人が、何泊もする羽目になったり、まさしく人生いろいろである。

こういう時とばかり、古い『演劇界』を表紙から目次から投書欄・雑報までみっちり、1年分とちょいと読んだ。実に面白い。時を距てたが故の面白さもあるが、分量・内容、ともあれ読みでがたっぷりある。普段だと、必要に迫られた部分しか読まない、読んでいる暇がないのをかねがね残念に思っていたので、20日間をそう長いとも思わずに過ごしてしまった。

テレビも挿入カードを買えばもちろん見られるのだが、敢えて見なかったので、WBCも春場所も一切見ていない。もっとも小型のラジオで春場所は聞いていた。音波の具合で、日によってAMよりもTVの音声の方が綺麗に聞こえる時もあるので、いきおい、どちらも聴くことになったが、ラジオの方がはるかに面白い。テレビの相撲放送がいらいらすることは、確か前にも書いたと思うが、ラジオに比べ、画面に頼って報道よりもつまらぬ話題作りにばかり気を回して、伝えるべきことを伝えていないことが如実にわかる。たとえばその日の話題の一番というのを決めて、何番も前からその話題を持ち出して、いま土俵上のことをきちんと伝えようとしない。解説の北の富士が、何度もおなじような質問を蒸し返されるのにもうんざりしたらしく、それ、さっき言ったじゃないの、とやり返したのには思わず笑った。

もうひとつ思ったのは、NHKの女性アナというのは、テレビで見ると女教師みたいであまり面白みがないが、ラジオで聞くとじつに素晴らしい。つまりは、読む・話すということについての基本がしっかり身についているからだろう。アナではないが、天気予報士も、テレビに出る女性たちより、ラジオで声だけ聞いている方がはるかに大人の女性としてのチャームを感じさせるのは何故だろう?

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