随談第290回 劇団若獅子の『王将』

結成二十二年を迎えた劇団若獅子が、北条秀司作の『王将』を上演した。一昨年の二十周年の折の『国定忠治』に続き、新国劇の流れを汲む劇団としては極め付の演目を出したことになる。東京での公演は二日間だけだが、二回とも場所は国立劇場という大舞台である。しかし初日の3月28日から4月18日の楽日まで、実質十一日間に十五ステージ、劇場も大阪新歌舞伎座から各地を転々として、最期の二日間四ステージが国立劇場という公演日程を見るだけでも、この公演の実現が容易でないことが窺われるだろう。終演後の挨拶での、新喜劇から客演の高田次郎の証言によれば、幕間の舞台裏では出演者全員が大道具から何から大童になっての働きをしているのだという。そういう劇団なんですよ、という高田の言葉には真実味があった。

『国定忠治』もそうだったが、今度の『王将』も、この劇団の現在持てる力をすべてふりしぼっての舞台だった。立派だったといってよい。ダメ出し風の注文や不満を言い出せば幾らもある。しかしそういう欠点を云々するよりも、全体に漲るスタッフキャスト総員の思いの丈が、「立派」という一言で評することが他のどんな評語よりもふさわしいと思わせる舞台を実現させたのだと考えたい。

劇団を率いる笠原章は、もう還暦を迎えたというが、そういえば若々しい風貌にうまく見合う形で、頭に白いものが混じっている。新国劇が解散した二十二年前には、まだ四十前で、中堅というより世間的にはむしろ若手という印象の方が強かった。さぞ悪戦苦闘の連続であったろうと想像されるが、いまここまで来て見ると、その悪戦苦闘はむしろ勲章であったと考えた方がふさわしい。正直に言って、もう少し陣容に厚みが出来ればと思いもするが、森田優一等のような、劇団結成後に育てた、つまり新国劇を体験していない者も、しっかりした中堅俳優として育って来つつある。何かの賞を貰ってもいい筈だと思うが、気になるのは、こういう舞台を、いわゆる批評家やマスコミ関係者がどれだけ見に来ているのだろうということである。

笠原の坂田三吉は、各幕とも、芝居が進んで演じ込んでゆくに従って、辰巳柳太郎の三吉そっくりになってくるのが面白い。歌舞伎のように、造形として師の形を遵守する方法を取っているからでもあるが、もうひとつ考えられるのは、笠原という役者が、歌舞伎でいうところの「仁」の上で、辰巳よりも島田正吾の方に近い人ではないかと思われるからでもある。つまり、三たび歌舞伎になぞらえるなら、本来白く塗る方の仁なのだ。第一幕冒頭、三吉がまだ一介の素人天狗として破天荒な暮らしをしている場面など、どうも板についていない。(正直、ここだけ見たときは、こりゃまずいかな、と心配になりかけたほどだ。)つまり、こういう場面のこういう姿の三吉には、少し距離のある仁なのである。

それやこれやで思ったのは、思い切って今度は島田の当り役の代表として『霧の音』に取り組んで見てはどうかということだった。相手役に誰か適任者の助演を得れば、不可能ではないだろう。劇団としての若獅子がどうしても時代劇が中心になるのはわかるが、同時に、そのときどきの「現代」を演じてきたのも新国劇精神であった筈である。

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