随談第304回 シネマ歌舞伎『牡丹亭』

試写会には時間の都合がつかなかったので、二千円の入場料を払って見た甲斐があった。玉三郎の業績の中に、意義ある見事な仕事がひとつ加わったといえる。

この三月、中国の蘇州で玉三郎が昆劇『牡丹亭』現地の俳優たちと共に演じた、その舞台公演と、稽古や講演活動など、現地での公演のための準備に励む様子を追ったドキュメンタリーと、二部構成になっているが、どちらも、それぞれに素晴らしい。感動的でさえある。

第一部は十河壮吉監督のドキュメンタリーで、45分を少しも飽かせない。二月の歌舞伎座公演の終わった28日、蘇州の空港に到着したところから始まる。日本人と同じような顔をした人たちの中に紛れ込むことの出来る外国、と中国のことを玉三郎は言う。特別な外国なのだと言う。蘇州の街も、すっかり近代化して交通が激しい。小止みなく車の通る街路を、縫うようにして玉三郎が横断する。見ているこちらもひやひやする。

昆劇の保存につとめる学院のようなところへ出向いて、公演の準備が始まる。現地の俳優は、みな若くて学生のようだ。稽古をする玉三郎の様子から並々ならぬものが伝わってくる。南京大学の学生たちに講演をする場面もいい。学生たちの真剣な眼差しが凄い。日本の学生には滅多に見られそうにない、率直直裁な迫力がある。

玉三郎が、日本の(歌舞伎の)女の立つ姿勢をして見せ、その姿勢から足を半歩動かすと中国の(昆劇の)女の姿勢に変る。すぐれた俳優が芸談のさなかに立って仕草をして見せるときに、よくあることには違いないが、ほんのわずかな身のこなしで見事に、日本の女性が中国の女性に変ってしまうのを見たときの、学生たちの反応の鋭さ。喜び様の純粋さ。現地の女優にこなしを教え、アドヴァイスをする。その時の女優の眼差しの美しさ。

蘇州の、『蘇州夜曲』という戦前の映画で長谷川一夫と李香蘭がラヴシーンを演じる場面で知られる、有名な観光地のショット。(この映画はついこの間、日本映画チャンネルで放映されたのをダビングしておいたっけ。)短い滞在期間を、玉三郎は精力的に過ごす。

引き続いての第二部は、昆劇の古典『牡丹亭』を、現地の舞台で玉三郎が主演した公演の舞台そのもの。ドキュメンタリーの中で、何度か稽古中のショットがあったのが、ここで見事に効果を表す。単によくわかるというだけでない、内容への集中が促され、誘い込まれる。ドキュメンタリーのなかで、玉三郎がひと言、「哲学的」と言った言葉が思い出される。一見単純に見える愛の物語の中に、愛を、恋をめぐる思弁が見る者を作品の奥へと誘い込む。なるほど、名作である。

玉三郎を、日本の梅蘭芳と紹介する場面がある。梅蘭芳が大正時代にはじめて日本に来た時、玉三郎には祖父と父に当る十三代目と十四代目の勘弥が舞台を共にしている。若き十四代目が、梅蘭芳から贈られた中国服を着た写真を、以前『演劇界』のグラビアで見たことがある。玉三郎は当然、そのことも知っている。梅蘭芳になぞらえられたのは、決して、単なる社交や友好のための美辞ではなかったらしい。現在の昆劇には女形がいない。玉三郎が高いレベルで昆劇の古典中の古典を演じたことは、中国の側にも深い意味をもたらしたらしい。昆劇の約束や演技について何らの知識のないわれわれにも、玉三郎の演じたそれが、相当のレベルに達していたことは容易に察しられる。ドキュメンタリーの素顔も、『牡丹香』を演じる舞台の顔も、玉三郎は実に美しかった。

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