随談第306回 幸四郎に弥太五郎源七を

六月の歌舞伎座は、と今ごろになって言い出すのは既に旧聞のようだが、黙阿弥狂言が同じ夜の部に二つ続いて出たり、その他も何とはなしに献立がちぐはぐで、一品料理としてはそれぞれ悪くないのだが、フルコースとしてはお腹の納まり具合がよくなかった。仁左衛門ファンは見納めの与兵衛に堪能しただろうし、高麗屋贔屓は金太郎君の四歳とも思えぬ毛振りに涙腺を刺激されただろうし、そうした話題性には欠けたとしても播磨屋党は長兵衛の見事な風格と、達師と呼ばれる身の哀しみまで余すところなく聴かせるセリフの妙に酔っただろうし、一つ一つ見る分には、なかなかの好舞台が並んでいたのだが。

私は敢えて、新聞評のトップに『双蝶々』の「相撲場」を掲げた。評判物を横目に見るというへそ曲り気分もないではなかったが、しかし何と言っても、幸四郎と吉右衛門が濡髪と放駒になるという顔合せを立派に満足させてくれた、これぞ大歌舞伎ならではの贅沢というものである。幸四郎という人は、この濡髪のように、大づかみに役を掴んで太い線描でぐいと描いて見せたとき、いい芝居を見せる。かれこれ二十年の余になるが、毛剃をやったとき、アッと思うような出来映えだった。また見たいと思うのだが、何故かやらないのは惜しいものだ。濡髪はもちろん敵役ではないが、この「相撲場」では、ちょっと悪が利いているぐらいの方が、放駒との対照が面白い。

対する吉右衛門も、久しぶりに大人の芸で見せる放駒を見せてくれた。この役はもちろん、若くて直情で少し生意気なアンチャンだから、いつか海老蔵が博多座でやったのがドンピシャリのような面白さだったが(海老蔵十傑の内に入れていいと思っている)、とかく、まあひと通りというところで終ることになりがちだ。いつか十三代目の仁左衛門が与五郎と二役変って見せたときに面白かったのがいまも目に残る。吉右衛門はもちろんそれとは違うが、大人の芸で見せる面白さという意味ではそれ以来かもしれない。おまけに、吉之丞と歌江が仲居の役で顔を見せる。ただ舞台を通り過ぎるだけのようなものだが、彼女!たちがいなくなってしまったら、おそらく永遠に見られなくなるという代物である。これぞ文字通りの意味の無形文化財だ。

ところで、この月好調の幸四郎がもうひと役、夜の部に髪結新三をやっている。二度目だけのことはあって前回よりもずいぶんこなれがよくなっていて、周囲も手ぞろいなお陰もあって面白く見られたが、幸四郎がやると新三が何だかエライ人みたいだという批評があるのは尤もではある。弥太五郎の歌六が演技としては申し分ないのに、幸四郎とのバランスがよくないのもそのためだが、もっともそれをいうなら昔の松緑の新三だって、江戸っ子ぶりはいまも目に鮮やかでも、どこかの大親分みたいな貫録だった。幸四郎としては、濡髪との対照で、新三のような小手の利いたところをやってみせたかったのかも知れない。

ところで、と先にこの話を切り出したのには、じつは訳があって、まあ新三も悪くないが、じつは私は、前から、幸四郎の弥太五郎源七というのを見たいと思っているのである。弥太五郎という役は、いまの『髪結新三』の立て方では、新三役者との対照上、相当の役者の勤める役ではあるものの、役としては新三の言うように箍の緩んだおじさんのまま終ってしまうが、『梅雨小袖昔八丈』全編としてみると、閻魔堂橋で新三が死んでしまった後は、即ち劇の後半の主役である。演じようによっては、なかなか演じ甲斐のある役だと思う。いちど幸四郎の弥太五郎で『梅雨小袖』全編を通し上演してみたら、さぞかしいいのではあるまいか。そおらく幸四郎十傑に入る傑作になる可能性があると思うのだが。

よしまた通し上演でなく、いつもの『髪結新三』ででもいいから、深刻すぎてちょっと役をはみ出してしまう懼れもあるが、いちど幸四郎の弥太五郎をみたいものだ。言うまでもないが、この役、かつては初代吉右衛門のやった役である。むかしの奥役よろしく、こう勧めてみようか。いかがです、お祖父さんの当たり役、やってご覧になる気はありませんか?

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