随談第320回 今月の舞台から

芝居の話が大分ご無沙汰になってしまった。ちょいと駆け足気味だが、月末になってもまだ記憶の篩にかかって残っている話題から、二、三拾ってみることにしよう。

坂田藤十郎の『河庄』、当代菊吉の『千本桜』と並ぶと今さら劇評でもあるまいという感じにもなるが、吉右衛門の知盛が岩組みの上に立った時の歌舞伎座の大舞台にピタリとはまる量感とか、『吉野山』で紫の衣裳の菊五郎の忠信がせり上がってきたときの何ともいえない寸法のよさ、などといったものは、いま彼等がそれぞれに、役者としての完熟の時節にいることを改めて思わないわけには行かない。やはり、彼等の「いま」を見ておくべきなのである。だが、かつてのわが身を振り返ってもそうなのだが、人間というものは、実はいまその時、その只中にいながら、案外それとも気づかずに過ごしてしまうものだ。だがその「いま」は容赦なく過ぎ去って、永遠に戻ってこないのだ。

坂田藤十郎が、いまなお、すこしのたゆみもない治兵衛を演じていることにも、改めて感服する。取り分け凄いのは、終局、いったん帰りかけた治兵衛が花道に座り込んで、せめてもう一度、小春にひと言、言ってやりたいと言い出すところである。あそこは、藤十郎のある意味での「新劇」であると私は考える。たとえば先代の鴈治郎だったら、ああも鋭く、治兵衛の、いや人間の痴愚の姿を描き出しはしない。和事の芸の内にくるんだ愛すべき治兵衛として、そこにいるという感じだった。だが藤十郎だと、治兵衛というひとりの男を突き抜けて、痴愚の中に陥った一人の人間を舞台の上に実存させる、という趣きになる。それは見ようによっては、歌舞伎の芸を突き抜けてしまったともいえる。しかし凄いと思うのは、その「新劇」を、藤十郎があくまでも、その身体に叩き込んだ「和事」の芸でくるめて少しの違和感をも感じさせないことである。

ただそうであればあるほど、段四郎の孫右衛門が、役をよく理解して適切に演じているにも拘らず、上方人の体臭がその身体になく、そのセリフに大阪弁の一種の泥臭さがないことが、痛感させられてしまう。これは決して段四郎を責めて言うのではない。東京人段四郎としては如何ともし難いことである。「もう一遍、小春にひと言言うたらいけませんやろうか」と治兵衛が言うと、「そりゃちょっと具合が悪いなあ」と孫右衛門が応じる。深刻なことを、まるで漫才みたいな軽い言葉でやりとりする。その落差が、見ているこちらを慄然とさせる。そのあたりの、何とも言われニュアンスとでも言おうか。

だが誤解しないでいただきたい。私は、この狂言は上方の狂言だから上方の役者でないとやるべきでないなどと言っているのではない。あくまでも、坂田藤十郎の治兵衛に対する段四郎のことを言っているのであって、それ以外ではない。むしろ私は、紙治にせよ『封印切』にせよ、あまり上方上方と言いすぎる最近の傾向には、意義を唱えたいと思っている。わたしが実際に見て知っている範囲でも、以前は、たとえば先代の勘三郎が『河庄』の治兵衛をしたりすることが、もっとたびたびあったように思う。いまの菊五郎や勘三郎も、若い頃には『封印切』をやっている。あたら名狂言を、融通の利かないローカリズムの中に押し込めるのは愚かであり、もったいないことだ。

最後に、今月のひとつのトピックとして、国立劇場の例の乱歩歌舞伎での意外な功労者たちのことを書いておこう。あまりほめられない乱歩歌舞伎の中で、意外なところにヒットがあった。たとえば松本錦成の丁稚長吉である。先輩格の錦弥の番頭とつるんで出て、こまっしゃくれた丁稚ぶりを見せるのが寸法にはまり、堂に入っていて、目を奪われる。つぎに中村梅丸の人形花がたみである。人形の無機的な不気味さを見事に演じている。もしかしたら彼等は、人間豹の落としていった置き土産だったかもしれない。

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