随談第332回 相撲騒動 その1・品格って何だ?

朝青龍の引退はたしかに衝撃的だったが、一言で言えば、本人も相撲協会も、ぎりぎりのところで正常な判断が出来たということだろう。朝青龍の引退記者会見はなかなか立派だったと思う。わずか数時間の間に事態が大転回して、そのほとんど直後にあれだけの会見が出来るということは、頭脳と胆力の優秀さを物語っている。会見という建前を語る場ではあっても、語るべき自分はちゃんと前に出している。自分を客観的に捕える目も理性も持っている。運命という言葉をたしか使っていたが、達観する目を持っている人間なのだ。そこがいい。(それにしても、この日一日の急転直下ぶりは、松の廊下の刃傷の日の浅野内匠頭なみといっていい。)

引退はきわめて残念だが、今度のことは対一般人、つまり社会に対する問題だから、やむを得ない。品格とか何とかいうよりもっと直截的な、弁解の仕様のない問題である。(それにしても、ふた言目には示談示談と繰り返すばかりの高砂の対応は、ちと醜態だったといわざるを得ない。)しかし毎度のことだが、テレビのニュース解説者やワイドショーのゲスト発言者のしたり顔ともっともらしい言い種には、いい加減いらいらさせられた。相撲のことをよく知らないなら知らないで仕方がないが、それにしても半可通がよくもああ聞いた風なことを言えたものだ。わけても聞き捨てならないのは、朝青龍で相撲を知ったファンは相撲の本質を知らないといった論をなす向きである。それなら、若貴兄弟で相撲を知った者は相撲の本質を知っているのだろうか? ちゃんちゃらおかしい、と私は思う。

前に何度も書いたが、私は横綱二場所目の朝青龍の姿を本場所で見て、しばらく眠りかけていた相撲への興味を回復した人間である。これは、この頃しきりに言われる、品格という問題と絡まりあっている。私は、ちかごろしきりに言われる「品格」という物言いに、ちょっと疑問を持っている。

相撲取りに、とりわけ横綱に品格を期待するのは、もちろん間違っていない。相撲が単なる格闘技ではないことも、むしろ私は人一倍主張したい人間である。しかしこのところ、マスコミ(とそれに引きずられる社会一般人)の言い立てる品格なるものは、随分と硬直して画一的でお題目化しているように、私には見える。

横綱の品格ということが、ことさらのように言われるようになったのは、私の見るに、小錦の横綱昇進問題と絡めてのことだったと思う。このときは、外人力士が横綱になってしまいそうだという未曾有(みぞうゆう?)の事態に、昇進に否定的な向きから言い出されたのではなかったか? むしろ世論は、品格をうるさく言い立てることに懐疑的だったのである。外人横綱は、この後、曙がなり武蔵丸がなって平常化したが、品格というテーマは翻って貴乃花という、仮面をつけたかのような態度を貫き通す横綱を生むことになる。(サイボーグ、とマスコミは当時批判したのだったっけ。)つまりこの頃から、「品格」は必要以上にご大層なものになったのだ。相撲が「文化」だとか「伝統」だとか、やたらに言うようになったのも、このことと無縁ではない。それは一面、相撲に対する認識のあり方が変わってきたことの反映でもあるから、一概に否定はできないが(だからこの問題は厄介なのだ)、それがまた、事を必要以上にご大層なものにしてしまう。

朝青龍は、綺麗ごとに傾いていた大相撲に、荒ぶる魂を回復させた存在として、私は評価する。もちろん、物議を醸した土俵上のさまざまな振舞いを、そのまますべて容認するわけではない。しかし、はじめて目の当たりにした当時横綱二場所目の朝青龍に、私が連想したのは初代若乃花だった。その荒々しいすまい(相撲)ぶり、その不敵な土俵態度。栃若といわれた初代若乃花より、私は栃錦の方が好きだったが、(だって、栃錦は何と言ったってお江戸の相撲だったもの)、しかし異能力士と呼ばれた若乃花の、伝統という名の正統からやや逸脱しかねない危うさをはらんだ、荒ぶる魂が顕現したような、それでいてどこかトッポイような、投げやりなものを潜ませているような、放胆な感覚は、当時の角界にあって屹立する魅力を放っていた。その意味で、同時代のもうひとりの異能スポーツ人(アスリートなどという言葉は、当時、誰も知らなかった)として、野球の金田正一にも、どこか似ていた。それは一面で、戦後(アプレゲール)という時代の空気を反映するものでもあった。(続く)

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