随談第334回 相撲騒動(その3)

朝青龍騒動を伝える一連のテレビ報道の中で、女性記者に品格とはと訊かれた朝青龍が、ウームと少し考え込んでから、イヤよくわかんないんですよと答えている映像があった。今度の事件後ではなく、しばらく前のものであるらしく、食事をしながらの朝青龍の態度には、相手との信頼関係がある程度保たれている雰囲気が感じられ、それだけに朝青龍の神妙な顔つきが印象的な映像だった。(前にも書いたが、一連の朝青龍問題のかなりの要素は、報道関係とのねじれがしこりになっていたに違いないと私は見ている。少なくともそれが、世人の朝青龍批判を増幅していたことは間違いない。(それにしても、報道陣に対する朝青龍の態度や応答ぶりを見ていると、かの小沢一郎氏と共通するものをかなり発見するが(いや、逆か?)、人物観察の上から、これはなかなか興味深いテーマである。)

朝青龍でなくとも、(われわれだって)品格とは何ですかと訊かれてすらすら答えられないのは当然である。答えられたところで、そんな想定問答集の模範回答例みたいな答は屁にもなるまい。昔、西鉄ライオンズ全盛のころ、稲尾だ大下だ中西だといった猛者たちが、大酒に酔って海に飛び込んだり、大暴れをした翌日の試合にちゃんと勝ってしまったという話がある。すげえなあ、と誰しも微笑したくなるだろう。つまり、泥酔して翌日の勝負に勝つことは、ある条件さえ満たしていれば、非難の対象どころか、英雄伝説になるのである。ある条件とは、笑って許し、許されるだけの雅量と愛を、世人と当人と、双方がもつことができるかどうかだ。

野球の選手にしてその通り、いわんや天下の相撲取りに於いておや。お相撲さん、といういい言葉がある。お野球さんともおサッカーさんとも言わない。(最近は、力士さん、などという妙な言葉ができているらしいが。)常人とは違う、桁外れに大いなる者への愛と親しみ、そしてユーモア。国技とは何か、品格とは何かなどと御託を並べる隙に、思うべきはそれではないのか? 朝青龍にも、間違いなく、そうした愛すべきお相撲さんとしての要素はあったはずだ。相撲が国技というなら、野見宿禰や手力男の命以来の、日本人にとっての愛すべき英雄伝説をよしとするこころが、時を変え形をかえても、現代のわれわれの胸の奥に生きて棲み続けているからこその国技なのであって、後から作った格式や儀礼やなにやかやより、まずそのおおらかさこそが先にあるべきものだろう。

手力男の命といえば、『日本誕生』という映画に、当時の横綱の朝汐が手力男の役で特別出演したことがあったっけ。もちろん、朝青龍の親方のあの朝汐ではなく、そのもうひとつ前の、栃若と覇を争った、つまりほんとの朝汐である。その朝汐が、まさしく手力男の命の再来のような雄大なガカイに太い眉、堂々たる男ぶりにテンガロンハットだか何だかをかぶって街を行くのを、進駐軍の米兵が唖然として見上げているのを見て、ザマアミヤガレと溜飲を下げたと書いていたのは、野坂昭如だったか小沢昭一だったか。これぞ国技大相撲ではないか?

懸賞金の受取り方がどうのという非難があった。手刀を切るという仕種は、戦後しばらく中断されていた懸賞が復活したとき、忘れていたり、そもそも知らない戦後派力士が多かった中で、名寄岩という昔かたぎの力士が範を示して見せたのが、まもなく始まったテレビ中継を通じて知られるようになったのだった。しかしたとえば横綱の柏戸などは、厚さ十センチもあるような束をむんずと鷲掴みにしていたと思う。

千秋楽に是より三役となって、小結に叶う勝ち名乗りを上げる力士が弓の矢を受ける。栃錦だったか、正式のやり方を親方(当時の春日野親方、つまり、大正時代の名横綱栃木山である)に教わったのだが、間違うとみっともないからよしちゃった、と言っていたっけ。つまり、正式の作法というものがあるにせよ、それをきちんと知っていて、実行している者は、ごくわずかな一部の者なのだ。それでも、いいのである。

手刀の切り方の範を垂れた名寄岩という力士は、双葉山・羽黒山と立浪三羽烏と呼ばれた戦前派で、若いころ「怒り金時」という仇名があった。金太郎が顔を真っ赤にして怒っているような、真っ正直な頑固者だったのでついた仇名だった。れっきとした関取になってから、あるとき門限に遅れそのまま朝まで門外に立ち尽して開門を待ったという逸話の持主で、大関から数度陥落して平幕に落ちても四〇歳近くまで取り続けた一徹者として人気があった力士だが、見習うべきだと言ったってこんな人物は滅多にいるものではない。当時まだ劇作家だった池波正太郎が一代記を芝居に書いて、新国劇で上演したことがあった。つまり芝居になるほど、お相撲さんの中のお相撲さんだったのだ。(まだ続く)

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