随談第340回 もう一度のさよなら

今月も、もう一回、歌舞伎座の三階席に座ってみた。今回は中央の一番奥、一幕見の席を除いては一番高い、一番舞台から遠いところである。歌舞伎座場内のパノラマの全貌を眺め渡すにはこの場所に如くはない。

また同じことを言うようだが、歌舞伎座の三階席から眺める量感というものは独特のものである。あの容量、あの距離感、他の劇場には決して求められないものだ。天井から壁面の色合い、それが醸し出す空気の色、そう、歌舞伎座には空気にも色がある。その色合いも、三階席から眺め下ろす時、いちばん濃密に感じ取ることが出来る。思うにこれは距離感のなせるわざで、登山をして山の空気を一番感じるのは、曲がり角の絶壁の上に立って、眼下に開けたパノラマを見渡すときであるのと同断である。これは山の空気が新鮮でおいしいとか何とかいう話ではない。もう一度言うが、空気の色である。同じことを建築家に言わせれば、照明がどうのこうのという話になるのだろうが、私が言うのはそれだけではない。

見おろすと、定式幕がわずかにそよいでいる。定式幕の色も、歌舞伎座だけが独特の落ち着きを持っている。国立劇場のがいつまでも時間の垢がつかず鮮やかな色のままなのが落ち着かなくて、あの劇場にかかる芝居が何かコクのない、しっとりしない感じがするのと見合っている。歌舞伎座が、いつだったか舞台の床を張り替えて桧舞台が妙にキレイになってしまったとき、先代の勘三郎が、はやく汚れろよごれろと芝居をしながら呟いたという話を聞いたことがあるが、さすがは勘三郎である。また、とりわけこの話が勘三郎であるところに、言われぬ妙趣がある。勘三郎もきっと、歌舞伎座の空気の色を知っていたに違いない。

もうひとつ、歌舞伎座の三階席で、(実は一階席でも二階席でも同じだが)私が好きなのは、椅子があまり大き過ぎず、勾配の角度が程よいことである。もっともこれは、当節は賛同者が得にくいことであろう。歌舞伎座改築の噂が広まると同時に上ったのは、椅子をもっと大きく、安楽にしろと言う声だった。歌舞伎座がなくなるのは惜しいですね、と言う人も、椅子が小さくて座席の幅が広くなるのはいいことです、とおっしゃる。それがおそらく、大多数の声だろうから、新しい歌舞伎座の座席はきっとそういう声に応えたものになるに違いない。しかし私は、芝居などというものは、安楽に座って見るものではなく、突っかけて見るものだと思う。それが熱気を呼び、興奮を招くのだ。

どうせ賛同者も少ないと思うからもう少し言うと、野球場でも私は昔の後楽園球場のスタンドが好きだった。もともと狭い敷地に建てたせいもあるのだろうが、勾配がやや急で、それこそせせこましかったが、あれでこそ熱狂があるのだ。いま私が一番好きな球場は、学生時代から見慣れたせいもあって神宮球場だが、ひとつだけ物足りないのは、外野席の勾配が浅いことで、下の方の席だと外野のグラウンドがよく見えない。

さらについでに言えば、これこそ賛同者はゼロに違いないが、私が子供のころの野球場の座席は、いまのような一人ひとりべつの椅子ではなく、木のベンチつまり長椅子だったから、新聞紙を尻の下に敷いて、それが一人分の座席を確保することを意味していた。つまり入れ込みだから、詰め込めばいくらでも詰め込めた。しかしあれでこそ、赤バットの川上だの青バットの大下だの物干し竿の藤村だのの熱狂があり得たのだという気もする。

そういえば中学生時代、場所中の日曜日ごとに通った蔵前国技館の大衆席は、わずかに傾斜がついていて、それに薄べりが強いてあったから、段々入れ込んでくるに従い、いつの間にか畳の目に沿って前の方へ滑り降りるようになっていた。つまり定員などというものはあってなきがごとしで、いくらでも詰め込めたわけだ。そういう席で、朝の一番相撲からすべての取組を見た思いでは終生忘れる事はないに違いない。大横綱羽黒山の最後の一番もそうやって見た。玉の海の外掛けで、大きなものが崩れ落ちるように背中から重ね餅になって倒れたのだった。(この言葉、この頃の相撲放送のアナウンサーは使わないが、もっともそういう相撲が少ないせいもあるだろう。)

・・・というような回想が次から次と巡るうちに、場内に人が詰め掛けてきた。席を立たなければならない。もうこれが、最後の最後の三階席である。

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