随談第349回 大相撲問題―琴光喜は角界追放に値するか?

あーあ、とうとうNHKに名古屋場所の放送を中止にされてしまった。むかしの松山惠子の歌ではないが、だから言ったじゃないの、である。相撲協会は何を焦って名古屋場所開催にこだわったのだ? せっかくの外部理事連中も、何故開催に踏み切らせてしまったのだ? あれを許してしまったのでは、外部理事が入った意味はほぼ九割方、無に帰したようなものだ。理事長代行がNHK会長に放送実施を「お願い」している姿をニュースで見て、目を覆いたくなった。木乃伊取りが木乃伊になったとはこのことではないか?

名古屋場所開催を決めた時点で、相撲協会は重大な岐路を踏み違えたのだ。そもそも、あれですべてが見えてしまった。事の重大さをどの程度にしか認識していないのか、透視鏡で見るように、見通されてしまったのだ。いくら頭を下げたり、膿を出し切るだのと言ったところで、頭を下げて嵐が通り過ぎるのを待っているだけで、何も変える気はないことが、誰の目にも見通されてしまった。盲千人とはいうものの、人間のそういう直感というものは恐ろしいほど的確なものだ。即ち、世人に腹の底を読まれてしまったことが、名古屋場所開催にこだわった失態の第一である。

第二の失態は、もし名古屋場所中止に踏み切っていたら、世間の見方や世論がどう変わっていたか、読めなかったことである。いや、そもそも読もうとすらしなかったのではあるまいか? 外部理事による当事者の処分を受け入れることと引き換えに場所開催を認めさせたかのように取れるタイミングといい、協会幹部の頭には目前に迫った名古屋場所開催のことしかなかったかのように見える。名古屋場所を中止にしていたら、協会もかなりの覚悟を固めたものと、世人に示すことが出来た筈だ。よし開催に踏み切ったにしても、せめて自ら放送辞退をNHKに申し出ていたなら、幾分なりと失地回復はできただろう。だがNHKから先に中止を言い渡されてしまったことで、態勢挽回の第二のチャンスも失ってしまった。すべてが後手に回るという、実にまずい相撲を取ったことになる。(現役時代の三重の海は前捌きのうまい速攻の巧者で、渋味があって、私は贔屓だったのだが。)

外部委員による関係者の処罰も腑に落ちない。大嶽親方はともかくとして、琴光喜をやめさせる必要はあっただろうか? 軽率と認識不足の代償として、大関まで昇った力士の土俵生命をああいう形で終らせるだけの罪を犯したのだろうか? 何場所かの出場停止ぐらいで充分ではないのか? 事体が発覚して以降、協会の調べに対して嘘をついていたからというが、力士間で公然の秘密として囁かれていたのは明らかである以上、協会はそれを知らない訳はなく、自訴すれば厳重注意で済まそうという当初の方針を取れなくさせた張本人ということと、疑惑力士中最大の大物という意味から、いわば生贄にされたといっていい。しかもそれを、協会側が言うのならまだしも、外部委員である伊藤委員長までが、琴光喜は嘘をついていたから厳罰は免れないと発言していたのは、理解に苦しむ。四十年前の、プロ野球界で起こった事件とは問題がまったく違うのだ。そもそも、膿を出し切るなどと言って、野球賭博以外の、仲間内で花札をやっていたようなのまであげつらう必要などまったくなかったのだ。そこらのサラリーマンだって賭け麻雀や賭けゴルフを仲間内でやっているのは誰だって知っていることではないか。

それにしても、例によって民放のワイドショウのキャスターやらゲストやらの、正義の士ぶった発言のアホラシさもさることながら、何故やいのやいの、それほどに言われなければならないのかを、協会は考えなければならない。つまるところは、非営利団体で免税措置を受けているからというその一点に尽きる。NHKの放送中止の次に待っているのは、この問題以外にはない。昭和三十二年前後、相撲茶屋制度の問題その他が国会で取り上げられたとき以来の問題が、いままた、真剣に考えなければならない問題として迫ってきたのだ。なまじ国技だの何だのと大上段にふりかざすから、言われなくてもいいことまで言われるのであって、ふつうの興行会社として営業すれば余計な反感を買わなくてすむのだ。松竹の歌舞伎だって営利会社としてやっているのと同じである。営利会社になって相撲興行をするからといって、野見宿禰以来の神話伝説を持ち、江戸の勧進相撲から日本最古のプロスポーツとして愛されてきた伝統を、誰も疑いはしない。相撲がただのスポーツとは違う特殊性を抜きがたく持っていることも、多くの者は疑いはしない。

近年、地方巡業の回数が極端に減っているようだが、以前は、殊に夏は、東北から北海道をひと月以上も巡業して回って、それを「夏稼業」と称してその間にどれだけ稽古に励むかがその力士の今後を占うものとされていた。その間、力士たちは民宿をした。ナントカ山が家に泊まったぞ、ということが地元の人たちの名誉にも自慢にもなった。そうやって、相撲は、文字通り草の根から育ち、支持されてきたのだ。だがその陰には、土地土地の有力者・地回りといった人々との関係も生じたに違いない。われわれの子供のころの日常生活には、当然のごとく蚊やハエが飛び交い、腹の中に回虫の二匹や三匹、養っていない者はなかった。ハエはハエ叩きで殺し、蚊はパチンと手で叩き潰していた。便所(トイレではない)には汲み取りが来た。どんなお嬢様だって、ゴキブリが一匹這い出したからといってキャアキャア騒いだりしなかった。その代わり、農薬がどうの殺虫剤がどうのといった問題もなかった。それと同じことではないのだろうか?

このエントリーを Google ブックマーク に追加
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です