随談第356回 ささやかな収穫(続):再会『笛吹童子』

前回書き切れなかった話題をもうちょっと続ける。

『とび助漫遊記』も『三太と千代の山』もそうだったが、同じ神保町シアターの特集「昭和の子どもたち」の中に、『笛吹童子』三部作が入っていた。録画したビデオは持っているが、映画はやはり映画館のスクリーンに映写してこそ醍醐味がある。この機会を逃してはいつまた再会できるやら、幸い日程の折り合いがついたので見に行った。映画館で見るのは、リアルタイムのとき以来五十六年ぶりの再会である。もっともリアルタイムといっても、封切館ではなく、東上線の北池袋駅の線路際にあった北映座という三番館で三本立ての一本として見たのだった。

三番館というのは、封切館で一週間、二番館で一週間上映した後、つまり二週遅れで見せる館のことで、この北映座は二週遅れの東映作品の他に、松竹と東宝のやはり二、三週遅れの作と三本立てでお安い料金で見せるという館だった。『笛吹童子』はもともと二本立て用の添え物で、一回が四、五〇分の短尺物の三部作だったから、三週間続けて見に行くことになる。商魂逞しいジャリ向け作品、と当時の映画ジャーナリズムから嘲笑されたものだった。ジャリとは、小人料金で見る小中学生のことである。いわば薄利多売のこの商法は東映が先鞭をつけたもので、『里見八犬伝』が五部作、『紅孔雀』も五部作だった。つまり、ジャリどもは30円だったかの小人料金を三週間なり五週間なり、払い続けてくれるわけだ。錦之助・千代之介というのは、つまりそういう作品用のスターとして売り出したのである。

さて、五十六年ぶりに見る『笛吹童子』は素晴らしかった。もちろん、映画としての作りはチャチなものである。原作は毎日十五分づつ、一年間連続したラジオドラマ(当時は放送劇という言い方の方が普通だった。当時は当然のこととして生放送、声優たちはそのつど、マイクの前で演じたのだ)で、さらに作者がそれを小説に書き直したものを基にしているので、その記憶がまだ新しかった当時は、ストーリイからいうと映画は何だか簡略版みたいな気がして実はちょっと味気ない気もしないでもなかったものだが、半世紀の余も距てた今は、むしろ映画として独立して見ることが出来る。チャチな中にも、今の世に希薄になってしまった浪漫な味が結構あって、それが、そこはかとない感動をそそる。原作者の北村寿夫は放送作家として鳴らした人だが、元は小山内薫門下のドラマチストであり、子供向けの作なればこそ自身の内なる浪漫の夢を前面に押し出すことができたのだ。監督の萩原遼は、元は例の鳴滝組のメンバーで、リーダーの山中貞雄が死んだ時に追悼作品を撮ったという経歴をもっている。チャチなジャリ向けの作品にも、随所に捨てがたい味わいを見せる。それに、あの福田蘭童作曲のあまりにも有名な主題歌。これはやはり名曲に違いない。だがこうしたことは、当時の「良心的な」大人の映画ジャーナリズムは一笑に付してろくすっぽ見ようともしなかったのだ。

それにしても、床下の落とし穴だの、肉付きの面だの、蔓草を編んだ吊り橋だの、蜘蛛の糸の妖術だの、名笛の威力で荒れ海が治まるといった、怪奇ロマンの古典的な手法がふんだんに盛り込まれているのを見るだけでも価値がある。前回書いた『エノケンの飛助冒険旅行』でも、一ツ家の鬼女だのお化けきのこなどの手法がふんだんに盛り込まれていた。まさしくこういうことは、学校では教えてくれない貴重な、民間伝承ともいえる知識なのだ。そういえば、第二部第三部の冒頭に前回までの粗筋を説明するナレーションの、「今を去ること五百年のむかし」とか「そのとき一天俄かに掻き曇り」といった常套的フレーズも、私はじつはこの映画で覚えたのだった。(学校の作文の授業ではこういう言葉は教えてくれない。)

役者もいい。錦之助はデビュウ二年目だが、こういう秀麗な美しさを具えた役者は以後決して現われなかったばかりか、錦之助自身からも、『宮本武蔵』あたりを最後にして見られなくなってしまった稀有なものであったことが、改めてわかる。大友柳太朗も、このころはまだ暗い翳があって、霧の小次郎という足利将軍の落し胤にして妖術使いという役にふさわしいし、高千穂ひづるも田代百合子も、その一番いいものがここに表われている。松浦築枝という老女役の女優は東映のトップ監督だった松田定次夫人だが、品のある長い顔は、いまはもう歌舞伎界にも、吉之丞を例外として見られなくなってしまったような、古典的ないい顔をしている。

三部作を一気に上映してほぼ二時間半。往年のジャリファンが六十代・七十代となってほぼ満席の客席から、終了とともに拍手が起こった。拍手をしなかった人も、思わず共感の微笑をうかべている。

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