随談第361回 九月の訃報欄から

小林桂樹に谷啓、そして最後の日の夕刊に池内淳子の訃報が載ったと思ったら、翌日の朝刊にトニー・カーチスの死を知らせるちっぽけな記事が載って、へーえと思った。外電だから、これも九月の訃報の内だろう。池内淳子はちょっと別だが、いずれもに共通するのは、それなりの遇され方はしても、その本当のところを伝える人、語る人が、もう既にいないのだ、ということである。

私とても、これらの人たちに格別の思いを寄せていたわけではない。しかしそれぞれの時代の記憶を背負っている人たちという意味で、私の中にある、ある思いをそそられる人たちではある。無関心ではいられない。

小林桂樹が、昭和十七年という戦中にデビュウしていたことは知らなかった。常に「戦後」という時代とともにあった人、というのが、決定的なイメージとしてまずある。その意味では、おそらく誰よりも、この人は「戦後の顔」であったのだと言えるかもしれない。『ホープさん』だの何だのといった昭和20年代の戦後サラリーマンの風俗を描いた作品を原点に、三十年代以降は例の森繁社長の部下として少しずつ出世してゆき、その後も年齢と共に相応の風格と貫録を備えるようになってゆく。これほど、戦後日本人の平均値を、自身の俳優としての成長・成熟とぴったり重ね合わせた俳優は他にはいない。つまりEVERYMANを終生演じ続けた俳優ということになる。かなり骨っぽいところも持ち合わせていたが、そういう一面は、昭和二十六年の『めし』の最後の方で登場して、上原謙と原節子の夫婦に手厳しい忠告をする役などに既に萌芽があって、それが、晩年の携帯電話のCMという傑作に至って、日本的ユーモアを湛えた老人像として結実することになる。(その間には、結構、歴史上の偉人の役などもやっているが、それも、この延長線上にあるものだろう。)しかしいまとなって一番懐かしいのは、昭和三十年前後の東宝作品に出てくるサラリーマン役で、新劇女優になる前の河内桃子が相手役として、その後の誰よりも一番ふさわしかったと思う。(森繁社長に於ける司葉子よりも!)

谷啓は、というより、クレイジー・キャッツは、何といっても『おとなの漫画』の記憶が最も鮮烈である。たまたま昭和三十四年というのはわが家にテレビが来た年で(といっても、この年四月の皇太子ご成婚のときにはまだなかったから、私の母などは親戚の叔母の家にわざわざ大塚から幡ヶ谷まで電車に乗って見に行ったものだった)、この年フジテレビが開局して、昼の12時55分から5分間だけやる『おとなの漫画』は、ちょうど受験浪人中で毎日家にいたせいもあって、いやでも見ることになる。当時のテレビの生放送というのは、何ともいえないチャチな感じで、それにもかかわらず、というか、それ故にこそ、というべきか、何とも不思議な味があって、それがクレージー・キャッツと不思議な波長が合っていた。つまり、それまでの日本の喜劇俳優というものと全然違うものが、そこにあった。あの一種のいかがわしさを、偉くなったからも終生持ち続けていたところに、谷啓だけでなく、クレージーの面々のよさがあるような気がする。あのいかがわしさは、いまにして思えば、まさしく昭和三十年代という時代の持っていた、独特のいかがわしさのシンボルであったともいえる。

女優としての池内淳子については、もちろんそれなりの思いはあるが、とくにここに書いておきたいというような思い入れはない。それよりも、彼女のいかにも東京の人間らしいたたずまいやら、物の言い様やらが、私にとっては、他にはない好もしいものだった。しかしそれは、もしかすると、女優としては、もう一倍の大成を阻むものであったかも知れない。彼女に限らず、東京人というのは、役者としては、ある種の限界を持っているのかも知れないという気が、私はしている。小林桂樹における東宝のサラリーマン映画、谷啓における『おとなの漫画』に相当するものを池内について挙げるなら、まだテレビに転進して大当りを取る以前、新東宝の女優として撮った『新妻鏡』で、文金島田に角隠しをした花嫁衣装で黒眼鏡(サングラスではない!)をかけた姿だろうか。

トニー・カーチスの死亡記事のいかにも小さいのには、多少なりと昔を知る者としては、感慨なきを得ない。好きでも何でもなかった俳優だが、ポマードをてかてかつけたリーゼントスタイルで、妙にテラテラした感じの典型的なヤンキーの安っぽいハンサムぶりが、これもいかにも五十年代の匂いをぷんぷんさせていたのが、いまとなっては妙に懐かしい。それにしても、かつてはあれだけの人気スターだったのだ、誰か、せめて三百字程度でもいいから、彼について薀蓄を傾けられる映画批評家は、もういないのだろうか?

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