随談第371回 久しぶり相撲談義

先場所の白鵬連勝ならずの一件については、ついに書かず仕舞いだったので、その辺りのことも含めつつ、相撲談義ということにしよう。

白鵬は、稀勢の里に敗れた二番、とりわけ今場所の一番は、仕切りのときから、妙に間合いを長く長く取って、塩を取りに行くのも、仕切りの動作に入るのも、相手よりひどく遅れるのが気になった。まさか白鵬ともあろうものが、故意のじらし戦法でもあるまいから、何か捉われるものがあったのだろう。立ち上がってからも体の動きからして固かったが、兆しは仕切りの内から見えていた。(それにしても、稀勢の里はこれでようやく地が固まったようにも見える。とにかくこれまでは、工夫がなさ過ぎたのだ。千秋楽の放送で解説の舞ノ海氏が、これからはもっと頭を使って大人の相撲を取るようにすべきだといっていたが、全くその通りである。これからの三場所が肝心、大化けして大関になってしまわなければ鮮度が落ちてしまう。)

それにしても、連勝というのは、確かに過去の記録に照らしても超特級の力士しか達成していないことを見ても、大したものであることは間違いないが、一面、覇を争うような伯仲した相手が不在のときに出来る記録であることも、また間違いない。大鵬が何度も連勝を記録しているのは、柏戸が怪我がちで長期の休場が度々あったことと無縁ではないし、双葉山の場合も、玉錦との新旧交替ということの他に、男女ノ川、武蔵山という同時期の横綱が凋落の時期にあったことも無関係ではないだろう。栃若にはこれといった連勝記録はない。

連勝というと思い出すのは、三遊亭円生が、『阿武松』のような相撲の噺をするときによく、マクラで、太刀山という横綱が四十三連勝していたある日、ワタクシ(というのは円生自身のことである)が拝見しておりますと、太刀山関と西ノ海関(上村註・西ノ海はいずれも横綱で三代あるが、この場合は二代目のことであろう)の取組みで、両者四つに組んで、太刀山関がじりじり下ると、後ろを向いて大きく俵の外に足を踏み出して、それで負けになった。どういうことなのだろうと不思議に思いましたが、その翌日からまた連勝をはじめて、栃木山関に負けるまで、五十六連勝をした。あの西ノ海関との一番がなければじつに九十九連勝になっていたというわけで、ワタクシが実際に拝見したお相撲さんで、一番強いなと思ったのがこの太刀山関、その次が双葉山関でした、というようなことを言っていたのを覚えている。(そういえば、ナントカ関、という言い方をあまり耳にしなくなったような気がする。辛うじて白鵬の談話の中で、昭和の大横綱大鵬関、といった言い方で耳にするのが、せいぜいだ。ところで、それにつけてのついでの話だが、「巨人大鵬玉子焼き」というのは、本来、ほめことばではないだろう。あれはつまり「お子さま向き」であって、オトナは三原監督率いる大洋ホエールズとか柏戸とか、マアそういったものをヒイキにするものだ、というのが、本来の意味だった筈である。柏戸は、さっきも言ったように怪我は多いは取りこぼしは多いはで、優勝の回数は大鵬にはるかに及ばないにも関わらず、二人の対戦成績はほぼ五分だった。なんともステキではあるまいか。)

豊ノ島が、中日まで一勝七敗だったのを七連勝して勝ち越したのはよかった。小結にもまだならない当時の栃錦が、七連敗から八連勝して勝ち越したという先例を、豊ノ島本人は知っていて目指したらしいが、記録がどうとかという意味ではなく、こういうのは実にいい話である。当節数少ない「芸」をもった相撲取りとして、豊ノ島は、安美錦と並んでかねてから私の贔屓力士である。あの腰の低さと反身を使った取り口は、なかなか味があって、風貌といい、イマドキの相撲取りらしくないところが頼もしい。

芸といえば、解説の北の富士氏が、廻しを切るということをいまの力士はしなくなった、と指摘して、昔は琴ケ浜関みたいな上手な人がいたものだと言っていたが、つけ加えるなら、琴ケ浜は廻しを切るだけでなく、廻しを取らせない名人でもあって、相手が上手から手を伸ばして取りに来るのを嫌って腰を振って取らせない。つい相手が焦って半歩足を踏み出す一瞬、内掛け一閃で仕留めるのが名人芸だった。密林の枝の上から獲物を狙う黒豹に譬えられたものだった。琴ケ浜は別格としても、いまの相撲は相手が廻しを取りに来るのを「嫌う」ということをせず、簡単に取らせてしまう。だから攻防にコクがない。

もうひとつ、今場所は何番か、吊り出しで決まった勝負があったが、見ていると、吊られた側がろくに抵抗もせずに大人しく吊り出されている。嘉風のような相当の相撲巧者でさえ、そうだったが、昔は、吊られると足をバタバタさせて抵抗したものだったと思う。必然、相手は吊り切れなくなって下に降ろすことになる。アナウンサーも、単に「攻防があったからよかったですねー」などと決まり文句を繰り返していないで、もう少し、技の中身まで踏み込んでもらいたい。

もうひとつ。かつて朝青龍が勝ち誇ったポーズを取るのを大分非難されたものだったが、それをいうなら、近頃、負けた力士がまだ礼を済ませない内にいかにも未練げな態度を露骨に見せるケースをかなり見かけるが、そのことについての指摘があまりないのは不思議である。「勝って奢らず」の対句は「負けてこだわらず」ではなかったか。○○あたり、目に余ることがしばしばある。

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