随談第377回 与那嶺追悼

与那嶺が死んだ。王貞治氏が、小学生のときはじめてサインをもらったスター選手が与那嶺だったと語っているように、われわれの年代の者にとっては、一種独特のなつかしさを持っている選手である。川上や藤村だとちょっと畏れ多すぎる。長嶋以降の時代の選手だと、こちらがもう大きくなってしまっているから(向こうの方が年上ではあるのだけれど)、どうしても批評的な目で見ることになるから、有難味が薄くなる。やはり小学生、せいぜい中学生までの目で見た大人でないと、こちらがどんなに齢をとっても永遠に保たれる、英雄としての純粋性?を持ち得ないのはやむをえない。

(私はどうも、同世代だから、という理由で、われらの誰それ、と持て囃す意識が薄いらしい。役者だろうと映画スターだろうと、野球選手や相撲取りだろうと、同年・同世代の人というのは、何だかタイシタコトナイような気になってしまう癖(へき)があるらしく、よく、同世代だから応援します、というようなことを言う人がいるが、フシギで仕方がない。もちろん同世代にも、いいと思う役者や選手や力士はいるが、それは同世代だからいいと思うわけではない。私が同年・同世代の人たちに親しみを抱くとすれば、同年代故におのずから見えてしまう弱みや弱点を共有していることから、同病相憐れむが故である。)

ところで、与那嶺だが、戦前の野球には直接接した記憶を持たず、一リーグ時代のプロ野球と同時代の六大学野球から、私にとっての神話伝説の時代が始まる(それこそ私のような世代の)人間にとっては、突如ハワイからやってきて片言の日本語をあやつる与那嶺のような選手は、一種のガイジンであって、異国情緒を伴って見えるのが魅力だった。専門的に言えば、どなたも言うように、初出場の試合でいきなりセーフティバントを決めたり、アグレッシヴな走塁をしたり、というような(いまさら私などが聞いた風な口をはさむ必要もない)それまでの日本野球になかったハイレベルのプレーの数々ということになるわけだが、縁なし眼鏡をかけレフトへ流し打ちをする打法といい、走塁のときの、当時の日本人選手にはない加速のついたような走り方といい、小学生の目から見ても、それまで見たことのない、当世風にいうところのオーラが漂っていた。

戦後のプロ野球にも、若林のような、ハワイ出身の、やはり普通の日本人選手とは違うスマートさをもった選手はいたが、われわれから見れば、若林は監督を兼任するような戦前派の大選手で、親しみを覚えるという対象ではなかった。初物、というフレッシュさを、与那嶺に感じたのだと思う。千葉、青田、川上と続く巨人の上位打線に、与那嶺が入り込む。巨人のレフトは、一リーグ時代には、塀際の魔術師といわれ外野のフェンスから手を突っ込んでホームランをレフトフライにしてしまうのが得意の平山が5番打者だったが、2リーグに分かれたとき大洋ホエールズに行ってしまったので、レフトがちょっと手薄だった。小松原というまん丸眼鏡をかけた、ちょっともっさりした感じの選手がいて、それなりの働きはしていたが、正直、あまり面白くなかったのだ。そこへ、縁なし眼鏡の与那嶺が入って来て、異国情緒を漂わせながら素晴らしいプレーをする。あの新鮮な驚きは、その後いろいろな外人選手が入って来て見せたものとは一味もふた味も違う、与那嶺だけが見せたものだったような気がする。

縁なし眼鏡というのは野球選手に限らず、当時の一般の日本人にはあまり馴染みのないものだった。(あるとすれば、『金色夜叉』の富山のような、キザでイヤミな人物をあらわす扮装で見るもので、大映映画の『金色夜叉』で、山本富士子のお宮、根上淳の貫一に、船越英二が富山をやったのが金縁眼鏡のイメージどおりだったっけ。)そのころの眼鏡をかけた野球選手といえば、野口二郎とか阪神の御園生とか戦前派の大投手もいたが、アンダースロウの南海の武末とか、火の玉投手荒巻とか、みんなまん丸眼鏡でどうもあまりスマートとはいえないし、大体、眼鏡など掛けていると弱っちく見える。要するに、眼鏡を掛けて格好良く見えた最初の選手が与那嶺だったといっていい。

与那嶺が切り拓いた道はたちまち開けて、以後、キャッチャーの広田とか投手の西田とか、やや遅れて三塁手の柏枝とか(宇野光雄のあと、長嶋登場までの巨人の三塁手の名前をスラスラ言える人はそう多くはいない筈だ)エンディ宮本とかいったハワイ出身の選手が続続入って来るようになる。阪急のバルボンのような黒人選手も入ってくる。しかしまだ、現在のような外人選手たちとはどこか、感じが違ったのは事実だ。皮肉に言えば、一種の擬似外人だったわけだが、一般人の海外渡航がまだ解禁されない時代だったことと、これは表裏一体のことに違いない。そういう時代の「異国」を、かれらハワイ出身の二世選手たちは体現していたことになる。外伝が、与那嶺の死を第二のジャッキー・ロビンソンと報じたというが、なるほど、そういう見方もあるのかと、ちょっと感心した。(続く、かもしれない)

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