随談第379回 震災をめぐるよしなしごと(その2)

地震・津波という天災に加えて、原発の被災という、多分に人災の要素も加わって、10日も経つのにますます事態は混迷。むしろ戦時を思わせるような雰囲気になってきた。

爆発して天井が吹っ飛んだところに水を入れて温度を下げるというので、ヘリコプターがバケツで空から水を撒こうという光景を見た時は、天井から目薬という言葉を思い出した。もうあんな手しかないのだとすれば、誰だってこれはマズイと思ったに違いない。かつて、B29が撒き散らす焼夷弾をバケツリレーで消そうとしたのを、戦後になってから識者がせせら笑ったが、実は六十年たったいまも笑えないことになる。まして、空中に停止して真下へ目がけて投下するのならまだしも、それは被爆の危険があるからできないのだという。してみるとあのヘリを操縦する自衛隊員は、昔の爆弾三勇士みたいなものではないか。爆弾三勇士は身を犠牲にして敵陣を破り「軍神」となったが、まさか現代の自衛隊員にそんなことを求めるわけには行かない。

さすがに、あれではムリだと上層部も思ったのだろう。今度は消防の力を借りて、海水を吹っ飛んだ天井越しに注ぎ込むという作戦に変った。これはかなりうまく行ったようで、任務を終えた隊長のような人が、記者団に作戦の一部始終を詳しく説明している光景をテレビで見て、私はこの隊長さんにほとほと感服した。大変な任務を終了して心身綿のごとくであろうのに、幾枚もの資料を使って面倒な手間隙をいとわず、言語は明晰言葉は丁寧態度は真摯にして淡々、アーともウーとも全く言わずに、訥々としながらも淀みなく、われわれ素人にも手に取るように明確に説明する。こんな見事な記者会見を私は見たことがない。この人は消防の人らしいが、自衛隊でも警察でも、こういう人がいるのだなあと、改めて思わないわけには行かなかった。(われわれのような自由業には、こういう人はついぞ見ることがないから、なおのこと印象的だったのかもしれないが。)戦後になってから、軍人の中にも立派な人はいた、という言い方をすると、進歩派を以て任じるような向きから批判が来る、ということがよくあったものだが、要するに、世のため人のために身を捧げることを職とするプロフェッショナルとしての見事さ、というものであろう。

と、ここまで書いてきて、最前から頭の中で鳴り出した音楽がある。子供のころにレコードで聞いた、「肩を並べて兄さんと、今日も学校へ行けるのは、兵隊さんのお蔭です。お国のために、お国のために戦った、兵隊さんのお蔭です」という、ある年配以上の人なら誰でも知っている有名な唄である。まったく、今こうしている時にも、その人が自衛隊であろうと警察や消防であろうと、東電や関連会社の社員であろうと、原発の事故現場で悪戦苦闘の作業をしている人たちのお蔭で、今日もガソリンやトイレットペーパーやインスタントラーメンの買占めにいそしんでいられるのだ。そうして、その買占めに走っている当のその本人なりその夫なり恋人なり何なりは、先日の地震発生当日の夜、帰宅難民となって、大渋滞のなかでもクラクションひとつ鳴らさず、海外のジャーナリストを驚嘆させたのと、同じ人達なのだ!

まったく、人間というものは悪魔にも天使にも瞬時にしてなるのであって、被災地の人達の惨状をテレビで見て涙する人が、その足でスーパーへ行って買占めをする。その人だって、現地へ行ったらまさか略奪行為はしないだろう。もしする奴がいたら、非国民と罵るだろう。にもかかわらず、自分の住む地元のスーパー買占めをすることが、間接的に略奪行為に等しくなるとは、思わないのだ、ね?

原発から半径20キロだか30キロだかの円の中に家があって、でも逃げるに逃げられずにいる人の家に、アメリカなら半径80キロで避難するのですよ、というFAXを匿名でピコピコ送りつけた人があるという。こういうのは、善意なのだろうか、それとも・・・。

セ・リーグは、開幕戦をナイターで予定の日程でやると決めたら、非難を轟々と浴びた。会議を開き直して、ほんの数日だけ開幕を遅らせ、ナイターもほんの数日だけ、やらないことにした。なるほど、パ・リーグのロッテ球場や西武球場は計画停電の対象範囲内だが、東京ドームも神宮球場も、セ・リーグの球場は停電の対象外だものね。人間、一度決め(てしまっ)た予定や日程というものは、なかなか変えられない(変えたくない)モノなのです。他人事ではない。あなた(わたし)だって、わが家がぐらぐら揺れる中でさえ、あしたの予定はどうしよう、と考えなかった人はたぶんいないだろう。しかしそれにしても、セ・リーグは・・・。阪神大震災のときは、二か月余の時間があった。開幕のとき、すでに現地は復興にかかっていた。だがいまは、まだ現地は修羅場なのだ。いま試合をやって、現地の被災者の誰がそれを見て励まされるのだろう?

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