随談第394回 菊之助チャリティ舞踊公演

梅雨明け早々のこの十二日、菊之助が主催する「東日本大震災復興に向けて・祈り」と題したチャリティ舞踊公演が、浅草公会堂で催された。昼夜二回、尾上右近の『子守』に菊之助が『うかれ坊主』と『藤娘』を踊るというメニューである。

震災後、多方面から支援・応援・激励等々の声が上がった。とりわけ、歌手やタレント、スポーツ人(いうところのアスリート、である。この言葉も、使われ出したかと思うとあっという間に広まり、認知された。ま、格好よく響くわけだが、この言葉が、各ジャンルの「運動選手」に、それまでになかったある種の「意識」を持たせた効果というものは、馬鹿にならないものがあるに違いない)といった人々の声は、メディアに乗りやすいためもあって、最も轟々たるものがあった。楽天イーグルスの島捕手の言った「見せましょう、底力を」という宣誓は、各地で始まった夏の高校野球の地区予選の選手宣誓に、その影響力をあきらかに見せている。一方では、辟易するような口を利く者も少なくなかったが、ともあれ、そうした中で、歌舞伎界から聞こえる声というものは、極めて少なく、また小さかった。

それが何故か、というようなことは、ここでは問うまい。歌舞伎界というものが、小回りの利きにくい体制だということが、ひとつあることは、確かだろう。ともあれここに一人、声を上げた若い歌舞伎俳優があった。ブレーンとして誰かが智恵を貸したり、というようなことは当然あったろうが、菊之助が敢然と声を上げたことは紛れもない事実である。

基本の姿勢ははっきりしている。「歌舞伎役者は、どんなときも、芝居をし、踊りを踊ります」と挨拶の言葉に自ら述べている。漁夫が魚を獲り、農夫が田畑を耕すように、役者は芝居をし、踊りを踊る。東北の被災地には、だが魚を獲ることも出来ず、田畑を耕すことも出来なくなった人々がいる。その人たちに向かって、頑張れ、などとは言わない。日本は強い国、復興を信じてる、などとも言わない。「いっとき心を遊ばせていただければ幸せ」と菊之助は言う。菊之助の踊りを見ていっとき心を遊ばせるのは、現地の被災者ではない。菊之助の挙に何らかの意味で心を動かして、彼の踊りを見に来た人々である。入場料収入と、ロビーに置いて呼びかけをする募金箱への募金とを、義捐金として全額寄付し、菊之助と右近は出演料を受取らない。そういうスタンスを明確にしたこともよかった。

演目の舞踊三本は、いずれも、曽祖父六代目菊五郎、祖父七代目梅幸の当り芸、尾上家ゆかりのものばかりであり、小品だが、彼らにとってはおろそかにできない大切な演目である。当り前のことのようだが、しっかりした目的意識があっての演目選択であることが窺える。

果して、よい舞台だった。実はその日は少々遠い土地に夕方まで仕事があって、遅刻を覚悟で駆けつけたような具合だったので、右近の『子守』はひと足違いで見はぐった。菊之助のふたつの踊り、とりわけ『うかれ坊主』に感服した。『藤娘』も結構だったが、こちらはある程度の成果は予測できるから、驚きといっては少ないが、花形の女方である菊之助が、ほとんど全裸の願人坊主の姿になるのは、本人にとっても冒険であったろう。しかしこれには、実はミソがあって、かつて現菊五郎がNHKの大河ドラマ『源義経』に主演して第一回目から大ブレイク、翌二月の東横ホールの公演は、今の東急渋谷店の九階にあったホールから、当日売りを買う人々の行列が階段を幾曲りして下の階まで延々と出来たという、大騒ぎをした公演のとき(私もその行列の中にいた)、この二つの踊りを当時の菊之助が踊った、そのひそみに倣ったのに違いない。つまりこれは、女方だけの枠にははまらないぞ、という菊五郎の将来へ向けての宣言であったわけだ。いま菊之助が、親のかつての姿に倣って、いま他ならぬこういう機会に、抜け目なく将来の自分の道を宣言する。やるじゃあねえか、というわけだ。

踊りにかけては、菊之助は既に親を抜いている。が、それにしても、この『うかれ坊主』には敬服した。もちろん、もし劇評をするのが目的だったなら、必ずしも非を打つ余地がないわけではない。菊之助の体には、先代当代二代の勘三郎や、亡くなった富十郎のような、近年この踊りを得意にし、われわれの眼にもまだ残像が残っている名手たちのような、おのずからなる愛嬌がない。だから、洒脱な味というものはない。だがそんなことは、最初から知れていることだ。菊之助は、おめず臆せず、規矩正しく正攻法で踊る。伸びるべき手は充分に伸び、腰は見事に割れ、足は見事に拍子を踏む。腿から脛へ、浮かび上がる筋肉はそれこそ100メートルのスプリンターのようだ。リズムは正しく拍子を刻む。だが、この踊りが素晴らしいのは、正確だからではない。規矩正しくありながら、なんという伸びやかさであろう。この、あくまでも素直な暢達さこそ、菊之助の生命であり、天分であるに相違ない。私は陶然としている自分に気づき、そのことに心地よく酔った。

時計を気にしながら電車を乗り継いで、ようやく会場に駆けつけたとき、実は私の心はややざらついていた。だが『浮かれ坊主』と『藤娘』と、ふたつの小品に快く酔って帰路につくとき、それはきれいに拭い去られ、豊かな思いだけがそこに残っていた。疲れはすっかり取れていた。

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