随談第403回 新漫才・おもだかやおめでたや

八五郎:イヤ驚いたの何の。沢瀉屋四代というべきか一族再会というべきか、アッとおどろく襲名発表。市川中車なんて名前まで出てこようとは、お釈迦様でも気がつかなかったでしょうね。この前の中車さんて、アッとおどろくタメゴロー、なんて言葉が流行ってた頃に亡くなった人ですよ。大受けだった頃の大橋巨泉が流行らせたギャグだけど、いまの團十郎さんが海老蔵襲名のときの『助六』で、股くぐりの通人がやりましたっけ。

家主: それもさることながらだ、あたしなんかに言わせりゃあ、それを報道するマスコミや世間の反応ほど、なさけないものはないね。これほど、現代の社会一般と歌舞伎の関係を、酷いまで如実に露呈したものはないだろう。一代の風雲児猿之助、当代の歌舞伎でマスコミを通じての知名度の高さは屈指のひとりであるはずの俊英亀治郎も、「かの人物」の前に色褪せてしまった。新猿之助についての話など、カメともジロとも仰せがないのだからな。

八:まあ、そう悲観したものでもないでしょうが、社会部的発想からすればそういうことになるんでしょう。来年六月の襲名興行は大入りでしょうね。そこで今度は、香川照之氏の歌舞伎俳優としての可能性、ということが週刊誌やワイドショーの格好のテーマになるわけですが、どうですか?

家:常識的に言って古典はまず無理として、幸いあそこの家にはスーパー歌舞伎というものがあるから、もっぱらそれと新作ばかりやっていれば、何とかなるだろうよ。青果物までこなせたら立派なものだが、萬屋錦之介のような、成人するまで歌舞伎の世界にいた人でも、舞台では『瞼の母』のようなものとか、せいぜい真山青果までしかしようとしなかった。

八:特に名を秘しますが○○なんてヒトを見ていると、ひょっとして香川クンだってあれぐらいならナントカナルんじゃないかという気がしないでもなかったりして。

家:ずいぶん回りくどい言い方だな。それにしても、香川照之の名と九代目中車の名を使い分けるというが、専念とまで言わずとも、歌舞伎にどれだけの時間と精力を掛けるつもりなのかね。団子になる坊やのためだとも聞くが、そこら辺りが釈然とせんね。

八:今度のことは二つのストーリーが考えられると思うのです。ひとつは、猿之助さんが、自分の目の黒い内に、猿之助という名前について、四代目になる亀治郎の次ぎの猿之助を孫につがせるためのレールを敷いておきたかったのでは、ということ。でもそれなら、政明君というあの坊やを養子にすればすむことで、香川氏がみずから歌舞伎界の人になる必然性はありませんよね。するとどうしても、アナザー・ストーリーとして香川照之という人の歌舞伎への思いの強さというものを考えないわけには行かなくなってくる。

家:あたしはあの一家の複雑な内情についてはよく知らないが、彼のような生い立ち、育ちを考えれば、むしろ、猿之助氏やひいては歌舞伎、歌舞伎界というものに反発したって不思議はない、むしろその方が普通ではないかと思うのだがね。

八:その辺に、香川という人の独特の発想法と、思いの程があるのでしょうね。「この船に乗らないわけにはいかない」と記者会見で四度も繰り返したそうですが、とにかく、アッと驚かせることを大真面目でやってのけるという点では、いかにもオモダカヤの人らしいと言えるかも。

家:しばらく前に亀治郎が、墓参りのとき偶然に香川氏と行き合わせたのが初対面だった、と言っていたと覚えているが、それだって、こうなってみると、香川氏の方で事前に亀治郎の墓参りを知り、偶然を装って、図ってしたことのようにも思えないでもない。

八:ハハハ。回りくどい言い方が感染しましたね。はじめは気乗り薄だったクセに、結構、身を乗り出してきたじゃありませんか。

家:年寄をからかってはいけない。ところで市川中車という名跡は、本来屋号は立花屋、八代目がたまたま名人中車といわれた七代目の養子になったまでであって、決して沢瀉屋のものではなかった筈だが。その点は團十郎家と了解がついて沢瀉屋の名前になったのだそうだからいいとして、やはり我々世代の者には、中車という名前にはそれ相応の重みがあるからなあ。はっきり言って、白鸚さんと一緒に東宝に移ったものの腕の揮いどころを得られなかったために、晩年、損をした人だったね。それまでは勘弥さんなどより上の扱いを受けていたと思うのだが、逆転してしまったね。国立では勘弥の与三郎に蝙蝠安だったっけ。中村芝鶴と二人、東宝行きで損をした口だった。マ、昔話をしても仕様がないか。

八:四十年間、空位でしたからね。いまやもう、イメージを持っている人の方が少数派なのですよ。名優として後世に名が残るためには、よい後継者がいて追善興行を何年かごとにやってくれると、新しい世代の観客も覚えてくれるけど、それがないと、だんだん語り部が減って行くばかりですからね。その意味からも、今度のことは泉下の八代目中車さんにとってもいいことかもしれませんよ。

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