随談第408回 今月の訃報―北杜夫の死―(修正版)

芝翫のことは、もちろん別にして、心の底に波紋を広げた訃報といえば、この月では、といってもぎりぎりになってしまったが、やはり北杜夫の死ということになる。もう久しく、読んでいなかった。十年ほど前に父の斎藤茂吉を描いた四部作を書いたときも、久しぶりに読んで見ようかと気を引かれつつ、目先の多忙にかまけてしまった。こういうものは、やはり読まなければいけない。そういう本の読み方を、まったくというわけではないにせよ、いつの間にかしなくなってしまったことを、恥ずかしくも、ちょっと情けなくも思う。本というものは、何かの目的だの、目論みだのがあって読むのは、やはり本当は下の下なのであって、興味とか関心とかいうものは、本来、無目的、無償のものであった筈なのだ。

北杜夫は、新しい作品が本になるとすぐに、リアルタイムで読んだ幾人かの作家のひとりという意味で、ある特別の懐かしさがある。といっても、おそらくかなりの数がいるであろう北杜夫愛好者に比べれば、さほどたくさん読んでいるわけではない。まして、『どくとるマンボウ』シリーズを全部追いかけて読んだ、などという人には、足元にも及ぶまい。つまり、若き日に愛読した作家の一人とはいえても、マニアになるような意味での熱愛はしなかったことになる。しかし懐かしいという意味では格別な思いがあるのは、敢えて紋切り型の常套句を使っていうなら、私にとっての青春の書の一冊だったからという他はない。

懐かしさということからいえば、『どくとるマンボウ』のいちばんはじめの『航海記』が何といっても懐かしい。北杜夫のユーモアということは誰もが言うことだが、書いてある内容と、文章のテンポとかリズムとか間合いとかいうものが、天然自然、その人となりとひとつになっているという意味で、HUMOURとは、つまり文は人なりということなのだということを、私はこの本によって知ったのだという気がする。阪神が(タイガースである)四番バッターの田宮をトレードに出したのを、寄港地で読んだ日本の古新聞で知って、阪神は何故田宮を手放した! と絶叫したり、というような、結構、ワザトラシイ冗句も多いのだが、それすらも、文は人なり、の中に納まっているところに、天然自然のHUMOURたる所以があるに違いない。

『青春記』については、あまりにも語る人が多いだろうし、じつは私はこの本に関しては、後出しジャンケンならぬ後追いの気味でもあったので、あまり聞いた風のことを書くのは面映い。それよりも、何といっても一番愛読みもし、懐かしくもあるのは『楡家の人びと』だ。これこそ、この作者でなければ書けない作品であり、この作者の最も資質に適った作品に違いないが、いま、こういう小説はどのぐらいの人たちに読まれているのだろう? 日本の市民小説を確立した、などと新聞も紹介しているように、文学としての評価は確立していはするのだが、それとはちょっと別に、少し気になる。

「戦前」と呼ばれている、昭和のある時期までの東京の市民が、といってもある限られた一定の階層には違いないが、確実に持っていた生活を、これほど瑞々しく描き出したものはない。それこそ、森本薫が『女の一生』に描き出したのも、いうなら『堤家の人びと』であり、三島由紀夫が推奨した、少年だった作者たちが夏休みに登山鉄道に乗って箱根へ避暑に行く光景の瑞々しさも、やはり根をひとつにするものだろう。戦後になって、人口の98パーセントだかが「中流」の意識を持つようになったり、それがバブル=泡沫と消えた現在にあっても、人々が思い描いている「良き生活」とは、端的にいうなら、『楡家の人びと』に描き出されている「戦前」という時代にある階層の人々が手中にしたような「生活」の当世流のバージョンでることは間違いない。それは、テレビのCMを数時間も眺めていれば明らかである。

「躁」だの「鬱」だのと、しきりに吹聴するようになり、やがてそれが文字通り病膏肓に入って、奇人伝中の人になってしまってからは、私にはあまり面白いとは思えなかった。茂吉四部作は、これからでも是非読みたいと思っているが、私にとっての北杜夫は、やはり遠い思い出の中にだけ生きていたのだった。

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