随談第409回 劇団「若獅子」の『王将』

春秋年二回、活動を続けている劇団「若獅子」が、この秋は新国劇の流れを汲む劇団としては本命ともいえる『王将』を、三越劇場で出した。九日間、計十三公演、そのほかに奥州市と前橋市で二公演があるのみという規模で、これは今回に限ったことではない。まったく、主催者の笠原章の志と、それに賛同する少数の座員・座友に、応援の幾人かの協力で成り立っているといっても過言ではない。プロフェッショナルの劇団としては、敢えて言うなら「零細」劇団である。しかしこの「零細」の二文字には、「名誉ある」という形容辞をつけて差支えない。

『王将』は、二年前に初めて試みてかなりのレベルを示し、今度が再演である。笠原は亡き師辰巳柳太郎の坂田三吉を、たとえば当代勘三郎が父十七代目の髪結新三をよく写し、写しながら次第に自分のものにして行ったように、まずよくなぞり、よく写し、ようやく自分のものにしつつある。初演のときは、序幕のまだ路地裏暮らしのくだりは何だか借り着みたいだったのが、芝居が進むにつれ辰巳が乗り移ったような迫真力を見せたのが、驚きつつも面白かったが、今度はもう借り着でなくなっている。まだ改善の余地はあるといっても、既に立派な坂田三吉であることは間違いない。笠原だけではない。初演以来、女房の小春と、年齢が行ってからの娘の玉江の二役をつとめる神野美伽にしても、本来が歌手だという先入観で見たら大間違いであろうし、座員・座友が各々二役・三役をつとめるその他の役役も、かなりの水準でよく整っている。上演脚本は、本来三部作として別々に上演されたこの大作を、三幕物として再編成したものだが、よくまとめ、構成してあって、今後この作が今日の上演形態に適切な形で永らえて行く上で、ひとつのふさわしいものといえる。

だが実は、私がいまここにこの『王将』を取り上げたのは、劇評を書こうとてのことではない。私の見たのは二日目、祭日を前にしてのウィークデイのことだったが、あの小さな三越劇場の客席にはまだまだ空席がいくつもあった。裏返せば、客席の大多数は馴染みの常連客でなければ、何らかの意味での関係者であろうかと推察される。日によって多少の相違はあるにしても、大勢は変るまい。つまり、端的に言えば、この名誉ある零細劇団にとっての最大の泣き所は、新しい観客を獲得することがいまだ充分に出来ないでいることなのだ。

たしかに、しばらく前までの「若獅子」の舞台には、新国劇の「残党」が、何とか灯を絶やすまいと細々と頑張っている、といった趣きが強かった。笠井章もまだ発展途上俳優として、自身を成長させなければならず、演じるものも、そのための「勉強」という面が大きかった。つまりまだ、親しい人たち以外には、よかったら来て下さい、というような言い方しか出来なかったと言ってもいい。しかし、少なくともここ三、四年来(といっていいだろうか)の若獅子は違う。笠原も、役者としての「腕」も「役者ぶり」も飛躍的に上った。実りの時期を迎えたのである。もう、よかったら見に来て下さい、ではなく、れっきとした「商業演劇」の劇団として堂々と胸を張って「興行」をしていいのである。そのためには、新国劇の灯を守るという姿勢だけでなく、灯を育てつつ現代の第一線へと一歩を踏み出さなければならない。観客も、新国劇を愛し懐かしむ人たちだけでなく、新しい観客をも獲得しなければならない。一方また、三越劇場をはじめ各劇場も、若獅子を晴れの舞台に招いてやって然るべきである。

約めていうなら、これだけの芝居を、もっともっと大勢の人が見ないのは、実にもったいないということである。

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