随談第411回 いま、菊之助について考えよう

今月の『娘道成寺』は本当に素晴らしかった。快打一番、打球は見事な放物線を描いて虚空へ消え去った感じである。スラッガータイプとは裏腹の華奢なやさおとこが、肩の力が抜けた美しいフォームで一振すると、思いもかけぬ大ホームランとなったというわけだ。

いや、冗談ではない。この『道成寺』は並の『道成寺』ではない。若手役者のお手柄、などというレベルの代物とは天から違う。前代以来のすぐれた『道成寺』たちの高峰群に優に並ぶ。技術的にどうこうと言うのではない。これは、ひとつの時代を切り開いた『道成寺』であるという意味でなら、前代のどの大家の『道成寺』にも優っているといっても、過言ではない。

ひとつの時代を背負っていた、という意味では、歌右衛門のがそうだった。それは、歌右衛門がひとつの時代を背負う役者であったから、可能であったことだ。ひとつのすぐれた『道成寺』という意味でなら、昭和五十八年の五月と十一月に踊った芝翫のは、一人高く屹立する『道成寺』だったが、しかしそれは、時代を背負うものではなかった。誠に気の毒なことだが、芝翫という人が、ひとつの時代を背負っている人ではなかったからだ。菊之助が、現実にこれからの歌舞伎を背負って行く存在になるかどうかは、神ならぬ私には予言することは出来ない。しかし今度の『道成寺』が、菊之助がいま現に生き、これからも生きて行くであろうひとつの「時代」の扉を、菊之助自身の手で開くものであったとは、確実に言っていいであろう。

菊之助はこれからも何度も『道成寺』を踊るであろうが、きっと後になって、俺、菊之助の『道成寺』見たよ、という者があれば、お前の見たのはいつ、どこで踊った『道成寺』であったのかが問われることになるに違いない。あの時のはああだった、この時のはこうだった、という風に。そしてそれを語り、論じることが、菊之助を、ひいてはその折々の歌舞伎を語ることになるに違いない。

思えば12年前の浅草歌舞伎ではじめて踊ったときも、実にしなやかなよきものであったのだが、その折は海老蔵の初役の『勧進帳』の弁慶が大ブレークしたので、話題をすっかりさらわれてしまったのだった。そしてそれからしばらく、菊之助には惑いの日々があったように、私は思っている。これも海老蔵の光源氏が話題を独占した『源氏物語』では菊之助の役は葵の上だったが、この葵の上は、まるで男のように緋の袴でドスドスという風に歩いていたので私は唖然とし、同時に少し不安を覚えたりした。現代劇に出演して、若き日のゴッホの役を演じたりもした。女方であることに、女方として生きていくことに疑問を抱いているかのように、私には思われた。

もちろん、もう今の菊之助には、そんな惑いやら、青臭い反発などは影も残していない。去年の12月、日生歌舞伎で演じた『合邦』の玉手は、花形だの何だのということを超越した、素晴らしいものだった。つまりこの正味一年間に、菊之助は『合邦』と『道成寺』という、ふたつの飛びぬけた傑作を見せたのだ。もちろん、同じ今月の『魚屋宗五郎』のおなぎのように、どこかまだ固さの残った、若手らしい熟し切らない一面を見せることは今なおある。先月の国立劇場の楠の遺子の姫の場合は、その固さが、両性具有のようなチャームとなって生きたとも言える。これらは多分、いまこのときの菊之助の在り様と関わることであるに違いない。『道成寺』で見せた、あれだけのたおやかさ、匂い立つような若女形ぶりにさえ、獅子奮迅ともいえる激しさ、鋭さを秘めていることとも、それは関わりあっている筈である。そうしてそこに、これからの菊之助を考える上で、抜き差しならない大事な急所があるのだろうと、私は思っている。

今月、『道成寺』を踊ったすぐ後に、『髪結新三』では勝奴を演じてこれがまた傑作だった。大ホームランの次の打席で、今度は右中間を大きく破る二塁打を放ったという趣きである。どこが面白かったと言って、この勝奴は、弥太五郎源七やら家主やらを相手に新三のすることを後ろでよく見て(観察して)いて、腹の中で新三を批評しているという男だった。俺ならああはしないがなあ、などと呟きながら。(そんな男だから、お熊を押し籠めてある押入れの鍵を新三に渡す筈がないのだ、ということがよくわかる。)この男は、新三の後を取って、やがていっぱしの顔役になるつもりでいる。いや他ならぬ菊之助自身が、将来の新三役者としての己れを、視野の内に納めているのに違いない。

ところで来月の平成中村座では、菊之助は『菅原』の半通しで『賀の祝』では桜丸を演じ、『寺子屋』では何と武部源蔵役だという。(夜の部では『関の扉』では墨染だが『松浦の太鼓』では大高源吾である。が、これはまあいい。)桜丸は当然、演じるべき、演じなければならない役だが、武部源蔵にはちょいと驚かないわけには行かない。これは、勝奴とは訳が違う。私が実際に見た限りでだが、源蔵をやり女方も演じた役者といえば、三代目左団次に先代当代の勘三郎ぐらいしか、いま俄かには思い当たらない。それとて、この人たちの演じた女方とは、要するに(若い修業時代は知らず)立役から出る加役としての女方である。しかし一方、かつて戸浪とご法度の不義密通を犯したという過去をもつ男としての源蔵を、『筆法伝授』でなく『寺子屋』で、どう演じるのかという興味も抱かせる。(そんなことを考えさせる源蔵というのも、これまでいなかった。)

七月のチャリティー公演では『藤娘』と同時に『うかれ坊主』を踊ってこれも面白かったが、決して二兎を追う愚は犯さないであろうとはいえ、菊之助の立役志向(試行?)は、当分、はらはらしながら見守って行くしかないのだろう。

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