随談第422回 ひさしぶり相撲話

今場所はひさしぶりに二度、国技館へ足を運んだ。それも、芝居なら天井桟敷の二階椅子席Cの一枚3600円也。こういう席で相撲を見るのは本当に久しぶりだが、野球場の外野席とも一脈通い合う、桝席やネット裏などとはまた違う独特のよさがある。『演劇界』の今月号に中野翠さんが、小沢昭一氏と対談したとき「昔の寄席にはトロンとした雰囲気がありましたな。今でも相撲見物にはそんなところが少しは残っています」と語っていたと書いているが、まあそんなところだ。それを味わうには、桝席よりむしろ天井桟敷の方がふさわしいともいえる。ちとやるせないところがまたよかったりして、ね。

隣りのおじさんは、幕下から結びまで四時間余、一度も席を立たず飲み食いもしなかった。後ろの数席に陣取った宝塚から来たというご婦人方は、素足だった行司がやがて足袋を履き、更に草履を履くのがいつからかとか、結び前の二番、東方に負けが続いたので負け残りが出来、片肌脱ぎの幕下力士が横綱に水をつけたりするのを、ひとりが何故と問い、一人が(必ずしも正確でない)知識を伝授したりしている。(こういう光景は歌舞伎座の三階席などでもかつてよく見かけましたね。「ホラ、あれがエビゾウよ。キクゴロウの息子!」なんていうのが、『イジワルばあさん』にもあったっけ。)

昔の寄席だって、名人上手が目白押ししていたわけでは決してない。平均点からいったら今の噺家(などと卑下する必要はない。堂々と落語家というべきだ、というのが、かの「談志大師匠」の主張だったはずだが)の方がはるかに偏差値は高い筈で、本職のくせに何だってこんなに拙いんだろうというような下手糞な噺家が混じったりしたのが、昔の寄席の「トロンとした雰囲気」を醸成するのにひと役買っていたのではないかしらん。客席もがらんとしていて、けだるいムードが漂っていたりする。しかし高座が深まるにつれいつの間にか席が埋まってきて、文楽だの何だのが出てくる頃になると、同じトロンでも美味い酒に酔ったようなトロンになっている。

相撲も、決して好取組の熱戦ばかり続くのではない。今回は、五日目は、明治座と日生劇場の間の時間を利用するとちょうど幕内の取組が見られると気がついて、急に思い立っての見物だったが、十三日目は、一時には体があいたのでちょうど「これより幕下」というところから見たから、まさに「トロン」の雰囲気を充分に味わうことが出来た。退屈と背中合わせのように取組が続く中(とは言ったが、なかなかいい取組みが多くて目が離せない)オッというような相撲を取る奴がいると、ちゃんと見ている客から歓声が上る。木村勘九郎とか、式守玉三郎などという若い行司が出てくると、こういう名前は誰がつけたんだろう、などと考える。勘太夫とか玉光とかのお弟子なのだろうが、相次ぐように登場するところを見ると同じ頃の入門なのだろうから、当時そういう趣味の命名者がいたのかもしれない。などと、余計なことを考えたりするのも、トロンとした相撲鑑賞の内なのである。永いこと幕内で取っていた垣添が幕下に落ちてなお頑張っていて、みごと勝ちを収めると大きな歓声が上る。こういうのもまた、トロンの内である。

今場所の初日、白鵬が場所入りするのに地下の駐車場に乗り付けずに、一般の入口で車を降りて支度部屋まで歩いて行ったというが、そこに気がついて実行した白鵬は大したものだ。中学時代、大塚駅前から厩橋まで、つまり都電16番線の始発から終点まで、日曜日になると始発電車に乗って、当時はまだ完成前なので仮設国技館といっていた蔵前国技館へよく見に行った。大衆席といっていた、板敷に薄べりを敷いただけの文字通りの天井桟敷で前相撲から打出しまで見たものだが、当時は場所入りや帰りがけの力士の姿に親しく接することが出来た。立掛けの売店が館外に並んでいて、そうした一軒の暖簾を分けて、ついさっき取組みをすませたばかりの横綱千代の山が談笑しながらぬっと現れたり、大型のハイヤーを待たせているので人だかりがしているところへ、横綱の鏡里が巨体をゆすって乗り込んだ途端、ゆさゆさっ、と大型車が揺れてどよめきが上ったり。その日、千代の山や鏡里がどんな相撲を取ったかはもう遠い記憶に霞がかかっているが、こういう光景は今も鮮やかに思い出すことが出来る。サイン会だ何だと殊更なことをするよりも、こうした何でもないことの方がはるかにファンにとっての心の糧になるのだということを、協会はもっと認識するべきだ。(野球場でも、神宮球場はグラウンド内を観衆の見る前を歩いて選手が入場し、退場するのが楽しいが、なまじ施設が機能的になると、こういう素朴な喜びがなくなってしまうのだ。)

十三日目は幕下から見たお蔭で、入門以来負けなしだった佐久間山が初の一敗を喫するのを見たり(もし評判通り将来大物になったら歴史的一番を見たことになるわけだが、勝った千昇というモンゴル力士は実に白鵬と同期入門だという。未練を見せてしばらく起き上がってこない佐久間山を、二字口に立って両手を腰に相手を見おろす背中は小兵だが引き締まって、気概が漲って見えた)、白鵬が連敗して把瑠都が初優勝を決めるという、今場所の帰趨を決する一番を見る巡り合せになった。それにしても、把瑠都の強さは大変なものだ。琴奨菊が充分の体勢になりながら引き付けられると浮き上がってしまった。出てきた頃は、妙なガイジンが現れたものだと思ったりしたものだが、これでもっと力任せでなく、体を生かす取り口を身につけたら白鵬もかなわなくなるかもしれない。

が、それもさることながら、肝心なのはやはり、どちらが勝とうと一番一番が面白いということであり、そうした目で見ると、一番コクがあるのは幕内上位から三役辺りの、まさにプロフェッショナルというべき名手たちの取組である。一に安美錦、二に豊ノ島というのが私の贔屓相撲だが、仮に負けた相撲でも、さすがというところを見ることが出来たので満足している。鶴竜が昔で言えば鶴ヶ嶺、安美錦が信夫山というところか。(信夫山といえば、久保田万太郎がその引退を哀しんで「初場所や忘れはおかじ信夫山」という句を作っている。以て、いかにいい相撲取りであったかが知れるであろう。)チェコ出身の話題の隆の山がもっと上等な力士になって上位で取るほどになれば、体躯からいって鳴門海ということになるのだが、さて・・・。

去年の騒動で幕内の下位から十両、幕下にかけて大きな流動があったが、高安とか妙義龍とか、はじめて見る若手にいい力士がいるのを目の当たりにしたのも収穫だった。やはりテレビで見るだけでは、こういう実感はなかなか持ちにくい。

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