随談第431回 空定めなき花曇-花形忠臣蔵のこと-(その3)

亀治郎が勘平ひと役で、おかるが福助だと聞いた時は、正直、何だろうこの配役はと思ったものだ。前にも言ったが、菊之助と二人でおかると勘平を日替わりで勤めでもしたなら、どんなにワッと沸かせることだろうに、と。

福助のおかる自体がいけないわけではもちろんない。現に今回改めて見ても、当然ながら、一日の長とはこういうことをいうのだという舞台ぶりである。前々回に書いた昭和57年の、当時としては花形第二陣の『仮名手本』の通しのとき、当時まだ児太郎で当時の勘九郎を相手につとめたのを手始めに、翌年には菊五郎の勘平の相手をつとめたが、その時のおかるはいまもよく覚えている。もう行きますぞえ、行きますぞえ、とタイミングを計り、かる待ちゃ、アイ、と宙を飛んで勘平の胸の中に飛び込んだときは唖然としたものだ。間一髪、二塁ベースにスライディングして盗塁をきめた走者を連想したくなるような運動神経だった。七段目でも吉右衛門の平右衛門の抜打ちをかいくぐって花道へ逃げる俊敏さ。とにもかくにも目に鮮やかと言ったら、その後あれほどのおかるはいまだに見ていないのではあるまいか。要するに、この人のおかるは、夙に三十年前に菊五郎の勘平や吉右衛門の平右衛門を相手につとめたというものであって、現在の福助がこの顔ぶれの中に出るのなら、八・九段目を出して戸無瀬をつとめて然るべきである。

しかしそれも、今度の勘平が上方流でやるのだと聞いて、ああ、そうかと思った。少なくとも亀治郎は、上方流の勘平にトライす亀治郎が勘平ひと役で、おかるが福助だと聞いた時は、正直、何だろうこの配役はと思ったものだ。前にも言ったが、菊之助と二人でおかると勘平を日替わりで勤めでもしたなら、どんなにワッと沸かせることだろうに、と。

福助のおかる自体がいけないわけではもちろんない。現に今回改めて見ても、当然ながら、一日の長とはこういうことをいうのだという舞台ぶりである。前々回に書いた昭和57年の、当時としては花形第二陣の『仮名手本』の通しのとき、当時まだ児太郎で当時の勘九郎を相手につとめたのを手始めに、翌年には菊五郎の勘平の相手をつとめたが、その時のおかるはいまもよく覚えている。もう行きますぞえ、行きますぞえ、とタイミングを計り、かる待ちゃ、アイ、と宙を飛んで勘平の胸の中に飛び込んだときは唖然としたものだ。間一髪、二塁ベースにスライディングして盗塁をきめた走者を連想したくなるような運動神経だった。七段目でも吉右衛門の平右衛門の抜打ちをかいくぐって花道へ逃げる俊敏さ。とにもかくにも目に鮮やかと言ったら、その後あれほどのおかるはいまだに見ていないのではあるまいか。要するに、この人のおかるは、夙に三十年前に菊五郎の勘平や吉右衛門の平右衛門を相手につとめたというものであって、現在の福助がこの顔ぶれの中に出るのなら、八・九段目を出して戸無瀬をつとめて然るべきである。

しかしそれも、今度の勘平が上方流でやるのだと聞いて、ああ、そうかと思った。少なくとも亀治郎は、上方流の勘平にトライするについて、万事心得て受けてくれるおかるがいれば心丈夫に違いない。とさて、これからは亀治郎のお話。

上方流の勘平をと考えた亀治郎の狙いは、いい。音羽屋流の勘平の候補者は他に何人もいる、というだけでなく、亀治郎が自分の柄や芸質を考えた場合、正解というべきであろう。そもそも音羽屋流の勘平というのは、二枚目の色男であることを大前提に作られたもので、純粋の二枚目とはいいかねる亀治郎にとっては必ずしもふさわしいものではない。亀治郎は、勘平に留まらず、おかるでも判官でも若狭助でも、大星だって将来やってのけるであろうし、およそ『仮名手本』で出来ない役はないといっていい。勘平だって、将来音羽屋型でもやるかもしれない。しかしそれはどれも、腕でやってのける勘平でありおかるであり判官であり由良之助であるだろう。そこに、役者亀治郎の面白さもあればブラックホールもあるわけだ。

もっとも、理解できるのは今回のその狙いであって、現実の舞台はとなると、必ずしももろ手を上げて賛成というわけにはいかない。演技の良し悪しより前に気になったのは、まるで入れ歯か差し歯でも落ちそうになるのを気にしているかのように、口の捌きというか、開閉が不自然で、口の形が横長の長方形のようになるのが、まず非常に気になる。多分これは何かの事情があってのことで、だから演技以前の問題だろうが、それにしても、ということがある。いかに上方流の勘平は色男を強調しないとはいっても、白塗りであることに変りはないのだから、印象の上で大きな損と言わざるを得ない。それかあらぬか、熱演また力演で、勘平が悪戦苦闘しているのだか亀治郎が悪戦苦闘しているのだか判然としないところがある。試演の域に留まるといったら口が過ぎるかもしれないが、これが亀治郎の実力とは思わないという意味でなら、そう言っても叱られないだろう。

それと、上方流でやるなら、「道行」でなく三段目の「裏門」を出すべきだ。「旅路の花聟」の勘平は義太夫を清元にもどいて色男ぶりを拡大強調した江戸好みの勘平であって、上方流勘平とは反りが合わない。仮に入れ歯や差し歯の心配がなくとも、心が早や五段目・六段目に行っている亀治郎は、見るからにやりにくそうだった。因みに、東京でも何度か勘平を演じている延若は、通しの場合は必ず「裏門」から出していたと思う。

延若といえば、亀治郎は今度は坂田藤十郎に教わったというが、私は最初、もう十何年か前だが、市川右近が延若のやり方を研究して、当時毎夏開いていた「右近の会」でやったことがあり、なかなかの成績だったので、ついそちらの方を考え、右近に教わったのかと思ってしまった。まあ考えてみれば、亀治郎としては山城屋のおじさんに教わろうと考えたのは、ごく自然のことだったろう。

とはいえ私は、延若の勘平というのが忘れ難い。家に上がる時、盥で足をすすぐのでなく、下駄をはいて下手奥の小川でじゃぶじゃぶ足を洗ったりするのは、抹消写実というよりローカルカラーの面白さがあるし、二人侍を出迎えに身仕舞いを調えようと戸棚からたとうに包んだ紋服を取り出すと、おかるの矢絣の着物が出てくる。藤十郎のは、ただ何枚か重ねてある中に覗いて見えているだけだが、延若のは、自分の紋服を取るとそのすぐ下がおかるの矢絣で観客にもはっきりわかるからホーッと溜息のジワが来る。と、勘平が思わず、おかるの着物を手にとってハッと抱きしめるのだ。という風に、随所に藤十郎のと違いがある。延若は、東京でも何度か勘平をつとめ、東西忠臣蔵のときの中座でもやっているから、私も何回か見ている。今回はこれでいいとして、又の機会には、是非試みることを勧めたい。

おかやに竹三郎が出ていて、この人の昔を思えば信じられないような配役だが、ここ数年来見せてきたこの人の貴重さを改めて証明するものだった。とはいえ、これは決して非難の意味で言うのではないが、こういう役をすると、やはり根からの脇の人ではないことがわかるのは面白い。亀鶴が、予定されていた笑三郎に代ってお才をやっている。この人思えば、三段目では薬師寺、討入りでは小林平八郎をつとめる「兼ねる役者」ぶりである。

染五郎の大星が、四段目より七段目の方が似合うのは、前回述べたことのひとつの証しといえる。松緑の平右衛門が、はじめの、「しばらくしばらく」という陰の声からして声の調子が整わないので、実際以上に安定しない印象を与えて損をしている。祖父にしても亡父にしても声の呂律は整った人だったと思うが、これは何とかしないと将来の大成に関わらないとも限らない。仁としては、元気のいい奴さんぶりといい、兄貴分の頼もしさといい、これは祖父譲りのいいところを受け継いでいる。この人最大の長所であろう。

いいかと思った獅童の定九郎が、思ったほどでない。若狭助には型があるが、定九郎のは手順は定まっているが型というのとは少し意味が違う。獅童がいま一番心掛けるべきは、徹底的に体をいじめて歌舞伎役者としての身体を鍛え上げることだろう。

さて、話が大分長くなった。ここらでお仕舞いとしよう。るについて、万事心得て受けてくれるおかるがいれば心丈夫に違いない。とさて、これからは亀治郎のお話。

上方流の勘平をと考えた亀治郎の狙いは、いい。音羽屋流の勘平の候補者は他に何人もいる、というだけでなく、亀治郎が自分の柄や芸質を考えた場合、正解というべきであろう。そもそも音羽屋流の勘平というのは、二枚目の色男であることを大前提に作られたもので、純粋の二枚目とはいいかねる亀治郎にとっては必ずしもふさわしいものではない。亀治郎は、勘平に留まらず、おかるでも判官でも若狭助でも、大星だって将来やってのけるであろうし、およそ『仮名手本』で出来ない役はないといっていい。勘平だって、将来音羽屋型でもやるかもしれない。しかしそれはどれも、腕でやってのける勘平でありおかるであり判官であり由良之助であるだろう。そこに、役者亀治郎の面白さもあればブラックホールもあるわけだ。

もっとも、理解できるのは今回のその狙いであって、現実の舞台はとなると、必ずしももろ手を上げて賛成というわけにはいかない。演技の良し悪しより前に気になったのは、まるで入れ歯か差し歯でも落ちそうになるのを気にしているかのように、口の捌きというか、開閉が不自然で、口の形が横長の長方形のようになるのが、まず非常に気になる。多分これは何かの事情があってのことで、だから演技以前の問題だろうが、それにしても、ということがある。いかに上方流の勘平は色男を強調しないとはいっても、白塗りであることに変りはないのだから、印象の上で大きな損と言わざるを得ない。それかあらぬか、熱演また力演で、勘平が悪戦苦闘しているのだか亀治郎が悪戦苦闘しているのだか判然としないところがある。試演の域に留まるといったら口が過ぎるかもしれないが、これが亀治郎の実力とは思わないという意味でなら、そう言っても叱られないだろう。

それと、上方流でやるなら、「道行」でなく三段目の「裏門」を出すべきだ。「旅路の花聟」の勘平は義太夫を清元にもどいて色男ぶりを拡大強調した江戸好みの勘平であって、上方流勘平とは反りが合わない。仮に入れ歯や差し歯の心配がなくとも、心が早や五段目・六段目に行っている亀治郎は、見るからにやりにくそうだった。因みに、東京でも何度か勘平を演じている延若は、通しの場合は必ず「裏門」から出していたと思う。

延若といえば、亀治郎は今度は坂田藤十郎に教わったというが、私は最初、もう十何年か前だが、市川右近が延若のやり方を研究して、当時毎夏開いていた「右近の会」でやったことがあり、なかなかの成績だったので、ついそちらの方を考え、右近に教わったのかと思ってしまった。まあ考えてみれば、亀治郎としては山城屋のおじさんに教わろうと考えたのは、ごく自然のことだったろう。

とはいえ私は、延若の勘平というのが忘れ難い。家に上がる時、盥で足をすすぐのでなく、下駄をはいて下手奥の小川でじゃぶじゃぶ足を洗ったりするのは、抹消写実というよりローカルカラーの面白さがあるし、二人侍を出迎えに身仕舞いを調えようと戸棚からたとうに包んだ紋服を取り出すと、おかるの矢絣の着物が出てくる。藤十郎のは、ただ何枚か重ねてある中に覗いて見えているだけだが、延若のは、自分の紋服を取るとそのすぐ下がおかるの矢絣で観客にもはっきりわかるからホーッと溜息のジワが来る。と、勘平が思わず、おかるの着物を手にとってハッと抱きしめるのだ。という風に、随所に藤十郎のと違いがある。延若は、東京でも何度か勘平をつとめ、東西忠臣蔵のときの中座でもやっているから、私も何回か見ている。今回はこれでいいとして、又の機会には、是非試みることを勧めたい。

おかやに竹三郎が出ていて、この人の昔を思えば信じられないような配役だが、ここ数年来見せてきたこの人の貴重さを改めて証明するものだった。とはいえ、これは決して非難の意味で言うのではないが、こういう役をすると、やはり根からの脇の人ではないことがわかるのは面白い。亀鶴が、予定されていた笑三郎に代ってお才をやっている。この人思えば、三段目では薬師寺、討入りでは小林平八郎をつとめる「兼ねる役者」ぶりである。

染五郎の大星が、四段目より七段目の方が似合うのは、前回述べたことのひとつの証しといえる。松緑の平右衛門が、はじめの、「しばらくしばらく」という陰の声からして声の調子が整わないので、実際以上に安定しない印象を与えて損をしている。祖父にしても亡父にしても声の呂律は整った人だったと思うが、これは何とかしないと将来の大成に関わらないとも限らない。仁としては、元気のいい奴さんぶりといい、兄貴分の頼もしさといい、これは祖父譲りのいいところを受け継いでいる。この人最大の長所であろう。

いいかと思った獅童の定九郎が、思ったほどでない。若狭助には型があるが、定九郎のは手順は定まっているが型というのとは少し意味が違う。獅童がいま一番心掛けるべきは、徹底的に体をいじめて歌舞伎役者としての身体を鍛え上げることだろう。

さて、話が大分長くなった。ここらでお仕舞いとしよう。

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