随談第437回 新漫才・おもだかやおめでたや(PARTⅡ) その2

八五郎:それにしても新猿之助の口上はさすが秀才亀ちゃんという趣でしたね。なにしろニーチェの「運命愛」まで登場するんですから。それもただのニーチェじゃない。フリードリッヒ・ウィルヘルム・ニーチェと来ちゃうんですから、○○○(特に名を秘す)なんかには逆立ちしたって出来ませんよね。猿之助になれるとも思わずなるつもりもなかった亀治郎が猿之助になり、22歳の折訪ねて行った猿翁さんから親でもない子でもないと宣告されたという香川照之氏が親子の名乗りをあげて中車になるというのですから、大家さんならずとも、運命というものを思わずにはいられませんよね。

大家:去年の襲名発表のときにも言ったが、新中車のあの生い立ちあの育ちなら、歌舞伎なんか糞くらえと思うようになったって不思議はない、むしろその方が普通であるかもしれないのに、あそこまで親を慕い歌舞伎に思い入れをするというのは、われわれの想像の外と言うしかない。その思いの深さというものは、尋常ではないね。

八:『ヤマトタケル』では、猿之助のタケルに中車の父帝という配役ですが、もし可能だったなら、中車がタケルをやって猿翁さんが帝になったら、実人生とどんぴしゃり重なり合ったわけですよね。こんなことを言ったら不謹慎かなあ。ところで中車の帝は如何ですか?

家:忌憚のないところ、可もなし不可もなしというところだろう。そもそもこの役には、年配年功からいっても仁からいっても、中車はふさわしいとはいえない。猿翁が無理なら段四郎がやるのが順当なところだろうが、いろいろな事情からこうなったのだろう。初演の延若は別として、過去にも島田正吾・金田龍之介・安井昌二などなど、他ジャンルの大ベテランが勤めてきたように、動きがなくセリフがしっかりしていればいいのだから、無難ではあるのだが、そうなると風格とか含蓄とかいったことがものを言うことになり、それだと中車はちと若すぎる。順位をつければ歴代最下位かもしれない。といって落第というわけではない。劇評常套句を使うなら「無難」「無事」というところだろう。しかし『小栗栖の長兵衛』が初舞台の激励の意味も籠めてやや甘の「優」、帝が「可」なら、まずは上々の船出といってしかるべきだろうよ。

八:やや甘の「優」と「可」で上々ですか?

家:上々だろう? 中車については、きっちりと忌憚のない評価をすることが、何より肝要なことだと思うね。その中から、可能な道を探っていくことだ。

八:来月は『将軍江戸を去る』で團十郎の慶喜に山岡をやりますが、早速の試練というところでしょうか。これまで錚々たる人たちが演じ、観客にもさまざまな山岡像が出来上がっていますから。

家:真山青果というのが、まず、中車の取り組むべ勝負所だろうね。そこには、青果劇に新しい可能性を開く期待を抱かせる一面もある。もし青果劇で従来にないものを打ち出すことに成功すれば、それだけで、歌舞伎俳優市川中車になった意義は十分あるというものだ。

八:古典の役はいりませんか?

家:少なくとも今の今、求める必要はないね。将来、本人がどうしてもやりたいと言い出せばどうか知らないが。もしかすると『俊寛』をやりたいと言い出すかもしれないね。古典の中では狙い目だろう。

八:初代・二代の猿翁が演じ、丸本物としては澤瀉屋の家の演目ですしね。

家:歌舞伎俳優中車ということを考えるときに思い当るのは、萬屋錦之介が晩年に言っていたという言葉だね。熊谷でも盛綱でも、やれと言われたら明日にでもやってみせる、と錦之介は言っていたそうだね。セリフから動きから、寸法も全部知っている、と。但し、というんだ。但し残念ながら、もう今の自分には歌舞伎の匂いがなくなってしまったんだ、と。しばらく前の『演劇界』で中村歌六が言っているのを読んだのだが、何とも、面白くて哀しくて、含蓄のある味な言葉だと思って強く印象に残っている。つまり錦之介は、知識も技術も完全に持っていたんだ。だがもう、身体に歌舞伎の味がなくなってしまったという。

八:歌舞伎の家に生まれ育ち、名子役として鳴らし、成人して歌舞伎から離れて他ジャンルで大をなした。中車とは対照的な人生行路ですね。

家:錦之介は映画で大成してからもしばしば舞台を踏み、大衆劇にはさまって青果や長谷川伸は演じているが、最晩年に歌舞伎座の本興行で父の三代目時蔵の追善に『番隨長兵衛』をやった以外は、新歌舞伎までで留めている。己れを知ると同時に、歌舞伎の怖さを知っていたのだろう。中車はそれと正反対の道を進んできて、いま、現象としては錦之介と一面相通じる地点に立っているとも言える。

八:今の人はそういう時「真逆」っていうんですよ。

家:あれは「まさか」と読むんじゃなかったのかね。

(つづく。なおPART Ⅰは昨年10月10日付です。)

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