随談第451回 だます方もだます方、だまされる方もだまされる方(訂正版)

日本シリーズは、私にとっては残念な結果に終わったが、吉川と武田勝という投手の二枚看板の投げた4試合を全部落としたのだから、かくなり果つるも理の当然といえば、それに違いない。もっとも、第4戦の、零対零で延長の末、決勝打で勝負が決するという、およそ野球というゲームの決着のつき方の中でも最も味な決まり方をしたゲームもあったり、トータルに見ればまずまずのシリーズであったとは言えるだろう。(それにしても、原の勝利監督インタビューは、運動会の最後の校長先生のお話みたいだね。)

あの決勝打を打った飯山は、10何年もプロに居てホームランを一本しか打ったことがないという選手だったというのも、実にいい。つまりプロ野球というのは、草野球からはじまって全国のアマチュア選手の中から上澄みを掬いに掬った果てにいる、天才集団であるわけだが、そうして入った多くは、飯山のように、33歳(ということを、選手名鑑などひも解いて今度知った)まで一本しかホームランを打ったことがないという戦績に甘んじているわけだが、じつは天与の「天才」は自分の中に隠し持っているのであって、天の時地の利にめぐまれれば、あゝした「椿事」を巻起こすこともあり得るわけだ。

ただ決勝打で決まったからいいのではない。それまでの経過の末だからであって、あの試合はハムの中村、巨人の宮国という、どちらも高校出でプロに入ったばかりの若手の好投があり、(それにしても、あの埼玉のダルビッシュが本物のダルビッシュによく似ているのには驚く。その後にいろいろ出てきたどこそこのダルビッシュとはワケが違うわけだ)、九回の裏表に両軍とも二死満塁のチャンスを逸したり、という果てのことであったからだが、ところがこういう経過を、後で見たどの局のスポーツニュースも、きちんと伝えていないのは、何としたことであろう。普段でも、さっき球場で見てきた試合をニュースで見ると、限られた時間内にまとめるとはいえ、何だってあんなまとめ方をするんだろうと思うことはあるものだ。そこに、各局の担当者の見識が顕われるともいえるが、と同時に、業界人独特の、ある一定の固定観念というものもあるような気がする。終了後に誰が表彰されるか、選考の仕方などにも、同じようなことを感じることがある。(今度のシリーズの表彰には別に問題は感じなかったが。)

まあ、試合の山場とか勝敗を分けた急所をどこに見るか、ということには各人各様の見方があるわけだが、ところでその伝でいうなら、今度のシリーズの趨勢を分けたのは第五戦の、危険球退場の判定だったといっても、日ハムびいきの贔屓の引き倒しということにはならないだろう。2勝2敗のタイになっての第5戦の、反撃にかかろうとしていた矢先の場面というところに、皮肉がある。それにしても多田野の投球がバットに当たった一瞬に、打者の加藤も捕手の鶴岡も主審の柳田も三人とも目をつぶっていたというのも可笑しいが、ああいうショットが撮れるというのこそ、テレビカメラならではで、あの写真は、今度の判定が茶番であったことを示す上で、技能賞ものだといっていい。いや、技能賞は痛くもないのにひっくり返って痛がって見せた巨人の加藤か。(それもその一瞬だけのことではない。栗山監督の抗議も長く続いたのだから、すぐにケロッとするわけにもいくまいから、その後も演技は続いたわけだ。)

しかし一番の殊勲は、「だます方もだます方、だまされる方もだまされる方」としめくくった投手の多田野で、こういう言を咄嗟に吐けるというのは、誰にでもできることではない。平素から、超スローボールを投げて見たり、人を食ったピッチングをする多田野ならではのところがいい。プロ選手もめったに出なくなってからの立教出で、誰に注目されたわけでもないのにひとりでアメリカ野球で投げてきたという経歴から見ても、よほど胆力があるのだろう。日ハムに入ってからだって、いちどクビになってから、また這い上がってきたのではなかったかしらん。(エースでありながら二度とも立ち上がりに打ち込まれた吉川など、いかにも胆力のなさそうな顔をしているが、多田野の爪の垢を少し分けてもらうといいかもしれない。)

ところでこの「だます方もだます方、だまされる方もだまされる方」という一言は、いまの日本の社会、いろいろなところに使えるところがシャ-プでいい。経歴詐称でIPS手術をやったという医師もどきの男(あのおじさん、テレビのタレント文化人に転職するらしいが、はじめの記者会見の折のもっともらしさといい、タレント的才能はちょっとしたものがあるに違いない)、連続変死事件の容疑者の女の写真を間違って掲載した新聞各紙なんてのはまさにドンピシャリだが、例の大阪市長をめぐる「週刊朝日」の一件だって、読者というか、世間からみれば、だまされたようなものだろう。連載といっていながら一回だけで取りやめてしまうというのは、注文した料理が運ばれて来て一箸つけたところで、「アッすいません、まちがってました」とか言って下げられてしまったようなものだ。喧嘩は出鼻をくじいた方が勝ち、相撲で言えば、立会い一瞬の蹴たぐりが鮮やかに決まって、大朝日(といえばマスコミ中の大横綱のはずだが)がばったり四つん這いになったようなものだが、先に仕掛けたのは『週刊朝日』の方なのだから、橋下氏の方は「後の先」を取ったわけで、双葉山並みの(ただし相撲ではなく、喧嘩の)名人だということになる。

年内には、と言っていたのが、両投手、じゃなかった両党首会談で、近い内に、と言い換えたのを真に受けて(受けたフリをして)騒いでいるのも、だます方もだます方、だまされる方もだまされる方、の部類だろう。

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